あたしの殺意。あなたの好奇心。

 腐ってるからー。

 寝ている孝作の頭をショックレスハンマーで叩いた。
 一瞬眼を見開いた。
 もう一度叩いた。
 完全に眼を開いたが、口をパクパクしている。手足をピンと伸ばしてマネキンみたいになっている。
 そしてトドメの一発ー。
「さよなら…」
あたしは孝作の身体が固まらない内にシェーのポーズを取らした。

 朝御飯は目玉焼きとハムを焼いて、トーストとコーヒーで済ませた。
 ショックレスハンマーは軽くて威力もあるから女性でも使いやすい、寝ている男の頭を叩くのにお勧めの商品である。

 愛は食物と同じで、時間が経つと腐ってくるの、防腐剤を塗らないと長持ちしないから日頃の手入れが大切なの、栄養を与えたり水をあげたり太陽の光が必要ー。
 でも、それぞれの好みがあるからやっぱり観察が一番大事かな…。

 あたしは中央線の振動が好き…。見ていて何も感じない住宅街の景色、これに憧れて此処にいるのが、なんだか恥ずかしい。
 分厚い雲が空を覆って、雷がゴロゴロいいながらピカッと光る空が好き…。
 何か起こりそうでワクワクしちゃう。明るい時間なのに薄暗くて雨が降りそうになってる不安定な感じで、自分の選択を問われる。生きてる実感がする。走って帰るか、傘を買うか、タクシーに乗るか、諦めて濡れて帰るか、喫茶店で時間を潰すか…。

 寂しいから探す。
 めんどくさいから捨てる。

 自分の熱と他人の熱を重ねると愛し合っているって思える。
 でも、錯覚ー。

 あたしの選択はたまに行くバーでお酒を飲みながら新たな選択を選ぶことにした。

 マスターはいらっしゃいすら言わないけど、誰が何を飲むのかを把握していて注文してないのにジンライムが出てくる。
 一番奥に座っている男があたしを見た。
 そのまま席を立ってお金をマスターに払って店を出ていった。
 男は直ぐに戻ってきた。
「雨降ってきたからもう一杯呑んでいく…」
男は一番奥にふたたび座った。
「強い?」
マスターは聞きながら男にウィスキーを出している。
「強いよ」
男はウィスキーに口をつけながら答えた。
 その情報であたしも、もう一杯飲むことにした。
「お姉さんも傘が無いのかい?」
「濡れて帰ってもいいんだけど…お酒が呑みたい気分だったの」
「嫌なことでもあったのかい?」
「無様な男を殺して…気分が落ちてるの」
「ほう…俺は会社の部下を穴に埋めたんだけど、この雨ででできちゃうかも知れないから心配だよ」
「埋めるときは血抜きして内蔵出しておいた方がガスが溜まらないですよ」
「えぐいな」
「見つかってもいいんだけど…過程が大事でしょ?」
「過程と結果だね」
「貴方も殺されてみる?」
男はニヤニヤしながら隣へきた。
「じゃんけんしてお姉さんが勝ったら俺を殺して良いよ…負けたらここの勘定を払ってくれよ」
「良いよ」

 あたしは負けたー。
 男は笑っていた。
「また、酒が飲みたくなったときに会いましょう」
男は店を出ていった。
 マスターはあたしをみてウィンクした。

 一度掘った穴は雨が降ると土が締まって窪みが出来る。水捌けが悪いと沼のようになってしまう…。
 深く掘って竹や栗の枝を一緒に埋めると良いかもねー。

 あたしはバックホーの免許が欲しい。深く埋めるのが楽だから、三人位埋めたけど、穴を掘るのが凄く大変なの…。
 バラバラにするのもコツがいる。出刃包丁と鳥庖丁とハンマーとか金鋸とか細かい道具を使うから面倒なの…。
 崖から落とすのも狙った所にいなかいで途中で引っ掛かるし…。

 やはり雨の日にバーに行ったら、あの男がいた。上機嫌に酔っている。
「おぉ!待ってたよ!人殺しのお姉さん」
「餌食のお兄さん、今日はご機嫌だね」
「今日はお姉さんを抱きたいから、身の上話からスタートしない?」
「あたしとセックスしたいの?」
「そう!でも、そこまでの過程が…いや、ドラマを作りたいじゃない…だから、身の上話から初めて、その次に酒を呑んで酔っぱらった勢いでやっちゃおうかと…思ってね」
「そんなに酔っててできるの?」
「う~ん、自信無いね…」
「酔って寝て、殺されるかも知れないよ」
「う~ん、それでもいいんだけど…俺を殺すとしたらどんな殺しかたをする?」
「手足を縛って浴槽に沈めようかな…」
「うわ!マジか水って相当キツそうだね」
「椅子に固定して、お腹を裂いていくのも良いかもね」
「お…他人に切腹させられるのか…そしたら俺の内蔵を食べてくれる?」
「やだ…食べるのは嫌だ!あたしは菜食主義だもん…いや、そこまで肉が好きなわけじゃないだけ」
「もっとロマンチックに殺されたいな…」
「だめ!微かな希望から絶望になって死ぬ様が見たいの、ラップを顔に巻くのもいいかな…それじゃ顔が見れないか…」
「俺は十字架に打ち付けられたい」
「あたし、そんな力無いよ」
「初めて殺したのは誰?」
「隣に住んでたお兄ちゃんの自殺を手伝ったの…バラして犬にあげちゃった」
「今まで何人殺したの?」
「数えてない」
「殺すのは人間だけ?」
「うん。あたしは動物は好きだから殺さないよ」
「なぜ殺すの?」
「道具を見ると想像しちゃうの…D2とドイトが好き」
「ホームセンター?」
「うん」
「殺すために産まれてきたのかな?」
あたしは笑った。
 男の酔いが覚めていっているのが解った。
 あたしはドラマなんて求めない。死んだら皆同じ腐敗臭に包まれていくだけ…そこにロマンチックなんて無い、肉塊が転がるだけ…。あたしもいつかそうなる。
「お兄さんは死をロマンチックに考えてるけど…あたしは行為の結果としかみてない」
「殺したやつの名前は覚えてる?」
「だいたいは覚えてる」
「大森信吾って覚えてる?」
「…」
あたしは白州のボトルを握って男に殴りかかった。
 男はグラスをあたしに投げてきた。
 あたしはびちゃびちゃになった。
 男は右腕を押さえながら距離を取った。
 狭いカウンターバーで男と睨み合っている。
 マスターがナイフを二本あたしにくれた。あたしは二刀流で構えた。ドアはあたしの後ろ…この男は逃がさない。
 男は懐からピストルを取り出した。
「銃!」
マスターが叫んだ。
 男が撃った。
 あたしの額をかすった。
 マスターがアイスピックを持って男に飛び掛かった。覆い被さるように倒れていく最中、発射音が二回響いた。
 薄暗い中、マスターの頭が撃ち抜かれてるのが解った。
 あたしは直ぐにマスターの死体越しに男に跨がって何回も男の左胸周辺にナイフを突き立てた。男は力任せにマスターとあたしを振り払った。
「大森信吾は…俺の弟で、俺は警察官だ」
息を切らせながら男は左胸を押さえてピストルを倒れたあたしに向けながら言った。
「大森信吾なんて覚えてないよ…お兄さんは敵討ち?」
あたしはマスターの死体をどかして立ち上がった。
「俺は苦しませたりしないから安心しろよ…頭を撃ち抜いてやるよ」
男は少しふらつきながら両手でピストルを構えた。
 あたしは咄嗟にナイフを投げた。
 男の腹部にナイフが刺さったが、ピストルも火を吹いた…。

あ!

 首に衝撃が走った。
 自分の血が吹き出ている。水撒きみたいだ。
 あたしは首を押さえて椅子に座った。

 男も腹を押さえながら隣に座った。

 吹き出てくる首をギュッと押さえながら男を見た。
 男もあたしを見ている。
「弟は…裸にエプロンしてガッツポーズで死んでたよ…」

 あ、覚えてる…裸にエプロンであたしにご飯を作ってと頼んできた柔道部の顧問してた男だ…。
 最近のあたしのスタイルは殺したやつにポーズをさせるの…。
「裸にエプロン…男の夢…でも…自分じゃなくて…お姉さんに…求めてたんだよ」

 知ってるよ…。

 男はピストルの銃口をあたしの頭に当てて撃った。

 男は残りの一発で自分の頭を撃ち抜いた。

 酔いつぶれてカウンターで寝てしまったように二人は死んだー。
 足元にマスターの亡骸が雑に転がっている。

 丁度、飽きてたの…。
 あたしの最期は力いっぱい闘った。でも、ピストルはズルいよ…。

 危なく惚れそうになっちまった。
 本当に殺されても良いかなって思っちまった。
 弟の敵討ちというよりも弟を殺したやつがどんな奴だったのか見たかった…。
 まさか、こんなイイ女だったとは…。

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