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[短編小説] 今日もあなたと

 あなたは枕元に置いたスマートフォンの通知音で目を覚ます。
 ぼんやりとベッドの上から天井を見上げると、何か違和感を覚えてならない。しかし、あなたにはその正体が分からない。
 かつて長らく見上げていたボロ天井とはまるで違う綺麗な天井。まだ慣れないのかな……あなたはそんな風に思いながらベッドを下りる。
 都心近くの2DKの単身者向けマンション。寮と称するボロアパートから引越しして来てどれくらいになるだろうか。もちろん家賃はそれなりの値段だけど、収入が上がった今なら何の問題もなく支払える。
 手にしたスマートフォンを見ると、もう午後になっていた。昨晩は少しばかり飲み過ぎてしまったかもしれない。
 と、スマートフォンの画面の隅に通知があるのに気付いた。さっき自分を起こしたのはこれかと、あなたは通知アイコンをタップする。
 莉里香りりかからのメッセージが届いていた。

 ――まもたん おはよ😘️ 今日いっしょにお店に行きたいナ💓️ むかえにきて🌟️

 それを見てあなたはほくそ笑み、慣れた手付きで返信した。

 ――わかったよ、りりか 3時ころ行くわ

 すぐさま返事が帰ってきた。

 ――ありがと まもたん 待ってるね😍️ エッチな下着買っちゃったから見てほしいんだ〜💕️

 あなたは舌打ちする。莉里香の家に行けば、そのエッチな下着とやらを披露された後にセックスを求められるのが目に見えているからだ。
「けっ、メス豚が。まあちゃちゃっと済ませりゃいいか」
 あなたはそうつぶやきながら、間逆のメッセージを送る。

 ――マジで? エッチなりりかめっちゃ見たい やばいたのしみだわ

 そこであなたはスマートフォンを置くと、トイレに向かった。便器に放尿すると甘ったるい匂いが漂う。昨日はやはり飲みすぎた。まあその分稼ぎが多くなったから構わないのだけれども。
 次は洗面台。洗顔料を泡立てて、擦らないように注意して顔を洗う。油断するとすぐニキビができてしまうから毎日の洗顔は欠かせない。顔は商売道具。念入りにケアしなくてはならない。
 顔をすすぎ、タオルを取ろうとして、うっかり肘を洗顔料の容器に当ててしまった。容器はそのまま床に転がる。舌打ちをして容器を拾ったその瞬間、あなたは、これをするのは初めてではない……という思いに捉われた。いわゆる既視感デジャ・ビュというやつだろうか。
 でもそういう経験ならこれまでにも何度もあるし、それが気のせいだという事も分かっている。それでも何だか不思議な気持ちがして、そんな自分が面白く感じ、あなたはにやりと笑みを浮かべてしまうのだ。
 洗面所から出ると、まず電気ポットに水を足しスイッチを入れた。次にテーブルの前に座って、化粧水や美容液などを順に顔に塗っていく。肌のケアはもはやルーティンだ。それが終わると、戸棚からカップラーメンを取り出して蓋を開け、電気ポットが沸かした湯を注ぎ入れる。
 スマートフォンを見ると、また莉里香からのメッセージが届いているようだが、あなたはそれを開かずに、SNSアプリで三分ほど時間を潰す。
 出来上がったカップラーメンを一気にすすって、胃の中に流し込むように食べ、スープを飲み干してしまうと、空容器をゴミ箱に放り込み、口を拭いながら立ち上がった。
 簡単に歯磨きを済ませ、クローゼットを開けると中にはブランド物のスーツが幾つも並んでいる。あなたはそれを見る度に満ち足りた気持ちになる。ほんの数年前には考えられないほどに成り上がったのだ。
 今日の気分に合うスーツとシャツ、それにネクタイを選ぶ。何だか、この組み合わせは前にも選んだ気がする。まあいいさ、少なくとも昨日とは違うんだから。
 服を着替えたら、テーブルに鏡を置き、小物入れを取り出す。中には化粧道具が収納されており、それでメイクアップをするのだ。
 以前は男が化粧なんて……と思っていたのだが、この商売は美容も大事なのだと、尊敬する売上ナンバーワンのセンパイに教えられ、始めてみると思った以上に効果があったので、すっかりハマってしまった。自分で言うのもなんだけれど、イケメンが引き立つのだ、そう冗談めかして言う事もあるけど、案外本気でそう思っている。
 メイクが終わる頃にはちょうど良い時間になっていた。莉里香の家に迎えに行くとするか。築年数がどれくらいかも分からない古臭いワンルームマンションだ。今日は幾ら使ってもらおうか。どうせ風俗で稼いでいるんだから遠慮はいらない。豚女とのセックスはダルいが、その分カネでお返ししてもらえる。チョロいもんだぜ――そう思うと自然に口の端が歪み、あまつさえ「くくっ」と声が漏れる。おっといけない、これは豚――じゃない、莉里香の前では出さないようにしなければな。
 大通りに出てタクシーを拾い、二十分ほど走ったところにある寂れた街の
片隅に佇む薄汚いマンションへ。あなたは牛革の長財布からお札を取り出して運転手に渡し、釣りはいらないとそのまま外に出た。
 ここは莉里香の住むマンション。外観はこんなだが、莉里香の部屋は精一杯飾り付けてある。
 あなたはスマートフォンを取り出して、莉里香にメッセージを送った。

 ――今りりかのマンションに着いた これから行くよ

 ――うん 待ってるね😇️

 毎度毎度こんなやりとりをしているせいか、また既視感を覚えたもののすぐに忘れ、あなたはオートロックも無い開けっ広げのエントランスホールに入り、迷わずエレベーターに向かう。何度も来ていてすっかり慣れっこだ。
 莉里香の部屋のインターフォンの呼び出しボタンを押すと「入ってきて」の声。いつもの莉里香ならすぐにドアを開けるのだが……そんな風に思いながらドアノブを捻ると苦もなく開く。中は薄暗いが、奥に莉里香らしき人影がある。そういえば下着を買ったとか言ってたな。焦らしてるつもりか? もったいぶってんじゃねえよ、メンヘラビッチが。
「よう、莉里香? エッチな下着、恥ずかしいのか? 見せてみろよ」
 そう言いながら靴を脱ぎ、中に入っていくと、突然後頭部を硬いもので殴られた。
 あまりの衝撃によろめき、膝を突く。そこへ間髪を入れずに二度三度と打撃を受け、たまらずあなたは床に転がり、そこへ何者かがし掛かって細い縄らしきものであなたの手足を縛り上げた。その上何か硬い物に括り付けられて全く身動きがとれない。
 声を出そうとした瞬間、口いっぱいに何やら布状の物を詰め込まれて声も出せなくなってしまった。
 静かに玄関のドアが閉められて、真っ暗な中、鍵が掛けられた音。途端にパッと灯りが点いた。
 そこにあなたが見たのは、全裸で椅子に縛り付けられ、猿ぐつわを咬まされている莉里香だった。化粧は剥がれ、涙でマスカラが流れて顔から乳房の辺りまで二筋の黒い模様を描いている。
 床に横たわって動けないあなたの視線の先に出てきた誰かが、莉里香にゆっくりと歩み寄る。途中で何かを投げ捨て、それは鈍い音を立てて床にぶつかり、跳ねて転がった。ゴテゴテにデコってある、莉里香のスマートフォンだ。
 そのまま莉里香の縛り付けられている椅子の後ろに回って振り返った、その誰かが、実は私だと気付いてあなたは目を見開いた。笑顔を浮かべた私は言う。
「ごめんね、まもたん。でも全部終わるまでは大きな声を出されちゃ困るのよ。邪魔されたくないの。あ、お口に入ってるのは莉里香のパンツよ。ちょうど良かったから使わせてもらったわ。でもこいつのパンツ、布が少ないのばっかりだから、かなりの枚数がお口に入っていると思うよ」
 あなたは私の言葉を聞いて、何か言おうとした。けれども、口いっぱいに詰め込まれたパンツのせいでモゴモゴという音にしかならない。
「私、あなたの事本気で愛してるのよ? あなた最高にかっこいいし、男らしいもの。
 もうすぐナンバーワンになれるから助けてほしいっていうからさ、いっぱいお店で注文してるんだよ? ツケが溜まったからあなたが言う通り仕事やめて風俗で働いて立ちんぼまでしてるんだよ? それもこれもあなたの愛に応えるためだよ?
 だから、こんな莉里香みたいなブスのメンヘラを相手にするのが許せないの。もちろんカネヅルとしか思ってないのは知ってるわ。本当に愛してるのは私だけなんだもんね?
 でもさ、もう我慢できなくなっちゃったの。あなたを私の物にするって決めたの。それも、永遠にね。
 あら? 泣いてるの? 嬉し泣きかな? そうだよね、だってあんなに私の事愛してるって言ってくれたもんね」
 あなたは身動きのできないまま、ガタガタと震えている。しかし、どういう訳か喋り続ける私から目を離す事ができない。
 私は莉梨花の裸の肩をポンポンと叩いて続ける。
「こいつには、これからあなたを永遠にする儀式の生贄になってもらうの。正確には新鮮な心臓が欲しいって事なんだけど。あら莉里香、あなたもそんなに泣く事ないのよ。だって、まもたんが永遠の存在になるための一助となるんだから。喜ぶべき事よ」
 そう言うなり私は莉里香の首に掛けていたロープを一気に締め上げた。莉里香の首はまるでヒョウタンのように真ん中でくびれた。こめかみに血管が浮き、血走った両目がまるで飛び出しそうなくらいに見開かれ、顔中が鬱血して青黒い色を帯びた。小刻みに震えながら、声にならぬ声が漏れた。さらに体重を掛けて引き絞ると、窒息に加えて首の骨が折れ、あえなく莉里香は絶命した。
「さ、心臓を取り出すよ。きちんと古式に則ってやらなければならないの」
 莉梨花の右の乳房の下にナイフを刺し入れて横一文字に切り裂いた。血液が噴出し、血飛沫しぶきがあなたに降りかかる。
 続けて喉元のどもとから下腹部までを一気に切り開いた。そして十字になった切り口を蜜柑を剥くように開きながら手を突っ込み、あばら骨を掴み折ると、そこへナイフを入れて心臓をえぐりだした。
「さあ、ここまでは順調ね」そう言いながら目の前に差し出された莉里香の心臓をあなたは見る。全身が硬直して目を背けることもできない。
 床に置いた莉里香の心臓の周りに数本の蝋燭ろうそくを環状に並べ、呪砂じゅさで床に模様を描く様子をあなたはじっと見る。
 模様を描くのが終わると、全ての蝋燭に火が点けられた。そして魔界に捧げる祈りをあなたは聞く。
 何度か祈りの言葉を繰り返すと、突然莉里香の心臓が青白い炎を発するのを見てあなたばビクリと身体を動かす。莉里香の心臓から上がった炎は、部屋中を青白く輝かせながらどんどん勢いを増していき、やがてあなたの目の前で私を飲み込んだ。
 これで、あなたは永遠になるの。永遠に今日という日を繰り返すのよ。これは、私を差し置いてあんな女にうつつを抜かしたあなたへの罰。そして私はこの呪いの代償として永遠にあなたを見守るの。でも構わない、だってあなたを愛してるんだから。
 あなたは永遠に私のもの――。

 ――あなたは枕元に置いたスマートフォンの通知音で目を覚ます。
 ぼんやりとベッドの上から天井を見上げると、何か違和感を覚えてならない。しかし、あなたにはその正体が分からない。

<了>

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