kengpong
ワタクシkengpongの創作小説たち。短編とショートショート。
kengpongの創作小説のうち、短編を集めました。
三つテーマを設定して、それを基に小説を書きました
kengpong作のショートショート小説を集めました。
神社に着くと、既に村の多くが集まって列をなしていた。おらたちもその列について順番を待つ。一緒に並ぶ母ちゃんと兄ちゃんを見ると、何となく緊張している感じがした。列は続々と長くなっていく。 と、母ちゃんがおらの方を向いた。 「三太、怖がることはねえからな。心細いかもしれねえけど、今日一日だけの我慢だから」そう言って母ちゃんはおらの頭を撫でた。 「大丈夫だよ。おら、もう十だ」 すると兄ちゃんが笑いながら、バカにするみたいに言った。 「へへっ、強がるない。怖がったら母ちゃんと一
しこたま呑んですっかり酔っぱらってしまった。実にいい気分だ。 ちょいと足元がおぼつかないし、頭はぐらぐらしているけど、どうにか電車に乗って帰って来られた。どうせ明日は土曜だからな。多少ハメを外したっていいのだ。いや外さんでやってられるかってんだ。 それにしても暑い夜だ。水が飲みたくて仕方がない。もう家まで大した距離でもないのに、我慢できなくなってしまった。酔っ払いの堪え性のなさは万国共通なのである。しからば近所の公園の水飲み場にでも行くか? いやいや、水飲み場の水なんて
時間貸の駐車場に停めた営業車に辿り着き、白以秀介は嘆息した。 営業車の窓ガラスに写るのは、吊るしの背広にくたびれたワイシャツと緩めたネクタイ、そしてそれらに包まれた冴えない中年男。いつもの張り付いたような愛想笑いは影も形もなく、ただでさえ貧相な見てくれが余計に貧相さを増している。 そんな自分を見た瞬間、むくむくと咽喉の奥から黒いものが湧き上がってきた。 「どうしてこっちが尻拭いしなくちゃならねえんだッ!」 大声で吐き出し、拳を高々と上げて営業車の屋根に振り下ろす。拳を
急に風が吹き始めた。黄櫨色の砂塵が舞い、徐々に量を増している。砂嵐の前触れだ。 「まずいな……」 男は額の前に下がったシュマーグの裾を持ち上げ、サングラス越しに空を見上げた。さっきまで透き通っていた青空は黄ばみを帯び、太陽の回りにはうっすらと暈がかかっている。既にシャツにもズボンにも砂が積もり始めていた。見えないが、シュマーグを抑えるイカールにも、背嚢にも、水筒にも積りつつあるだろう。 砂を払いながら、左右を見渡す。辺りは礫混じりの砂が堆積し、そこに枯れた草木が半分埋も
目を覚ますと、篠を突く音。 マリーはベッドから下り、寝間着の上からカーディガンを羽織ると、ゆっくりとした足取りで寝室を出た。 居間の暖炉の上の写真立てに目をやると、若かった頃のトマが、同じく若かった頃のマリーの肩を抱いて微笑んでいる。 ――おはよう、トマ。こっちは今日も雨よ。 居間を横切り、庭に面する掃き出し窓まで歩を進めた。どんよりとした暗灰色の雲から絶え間なく雨粒が降り注ぎ、窓ガラスを叩いている。 掃き出し窓の外はテラスになっており、トマが作った木のベンチ
行きつけの喫茶オーカワで涼んでいるところにベースケがやってきた。 ――いーまーはーあーなたーしかーあーいーせなーいー ドアが開いた僅かな時間に、どっかの店が流している歌謡曲が聞こえた。テレサ何とかという売れっ子歌手の歌だ。テレビやラジオでもちょくちょく耳にする。 「おう、タケシ、いたか」 ベースケはそう言いながらスタスタと店内を進み、俺の前に座った。 「今日は大学行った?」俺は首を横に振る。夏休みも明けたというのに残暑は容赦なく俺を責め苛むのだ、講義になんて出てら
僕は君と、同じ場所で同じ月を見ていた。 月はいっぱいに満ち、沈んでしまった夕日を追いかけて静かに滑る。 海岸を囲うように長く伸びるコンクリートの防波堤のちょうどよく出っ張った胸壁に、僕は肘を乗せてもたれ、君は両手を突いて、共に月を眺めていた。 僕が月から目を離して君の顔を見ると、君も僕の方に顔を向けて、はにかんだような笑顔を見せた。そこから一瞬の間を置いて涙が目から溢れ、頬を伝って落ちた。 僕はたまらず君の手に僕の手を重ね合わせた――いや、正確には重ね合わせようとし
あれは、随分昔、私が少年の頃の事です。 郷里の村に千畝川と呼ばれる小川が流れておりました。とても涼やかで澄んだ水がさらさらと淀みなく流れ、何だかとてもやさしい印象を受ける川でした。 私はその千畝川沿いに歩くのが、なぜかとても好きだったのです。幼い頃はそれほど長くは歩けませんでしたが、長じるにつれて次第に沢山歩けるようになってきましたので、川を遡るように上流へ上流へと歩いたものです。上流に行けば何があるのか、この川はどこから湧いているのか、興味が尽きませんでした。 その
啓蟄間近の、うららかな陽の射す午後。 とある商店街の、表通りから一本入った筋の呑み屋横丁に、小さな店たちの間に埋もれるように『スナックあづま』はあった。 正式な屋号は『軽食喫茶 スナックあづま』で、店先に掲げられた看板には屋号の他に『営業時間 十一時半~、アルコール五時半~』と記されている。 呑み屋横丁の店の大多数の例に漏れず『スナックあづま』はカウンターだけの小ぢんまりとした店だ。常連客はそれなりに付いてはいるものの、それほど流行っているという訳でもく、有り体に言っ
あなたは枕元に置いたスマートフォンの通知音で目を覚ます。 ぼんやりとベッドの上から天井を見上げると、何か違和感を覚えてならない。しかし、あなたにはその正体が分からない。 かつて長らく見上げていたボロ天井とはまるで違う綺麗な天井。まだ慣れないのかな……あなたはそんな風に思いながらベッドを下りる。 都心近くの2DKの単身者向けマンション。寮と称するボロアパートから引越しして来てどれくらいになるだろうか。もちろん家賃はそれなりの値段だけど、収入が上がった今なら何の問題もなく
「発車します。ご注意ください」 自動アナウンスと共に、○沢駅行きバスは△台駅のロータリーを出た。 その朝はいつになく乗客が多く、立たざるを得なかった。最初は吊革に捕まったが、どうも腕を上げているのが煩わしく感じ、すぐに目の前のポールに持ち替える。 目的の停留所までは少しばかり時間があるので僕はポケットからスマートフォンを取り出した。 通勤時に限らず、手持ち無沙汰になるとついスマートフォンを手にしてしまう――すっかりそんな癖がついてしまった。僕はその癖の命ずるまま、半ば
ザクリッ、ザクリッ。 犁の歯が硬く乾いた田圃の土を起こしていく。 ブルルルッ! 渾身の力で犁を引く老馬の鼻息が、春先の空気を震わせた。 「ようし、アオ、いい子だな。もう少しだぞ」 老馬に付き従うように犁を抑え田起こしを進める男が老馬に声をかけると、老馬はまるでそれに答えるようにまた鼻を鳴らす。 まだ少し冷たさの残る気候だが、男は汗だくだ。きれいに剃髪が成された頭も、鉢巻代わりに巻かれた手拭も、身に纏った野良着も等しく汗と土埃にまみれている。見たところ老年に差し掛か
何もかも上手くいかない。 それは、あの麻耶総一郎のせいだ。スクールカーストのリーダー格だったあいつが俺をイジメのターゲットにした。 そうなれば付和雷同、俺はクラス全員から爪はじきさ。先生に訴えても両親に訴えても駄目だった。それでも必死に頑張ったんだ、でも最後は心が壊れて中学校に行けなくなってしまった。 中学校は形だけ卒業という事にはなったが、高校になんか当然行けないし、家の外どころか部屋の外にだって出られやしない。それでもお袋にギャーギャー言われて働こうとはしたんだ。
ディオニスは激怒した。自らを邪智暴虐の王と言い、加えて自らを除く決意をしたと言い放つ者が王城に現れたと聞き激怒した。 聞けば田舎の村の牧人風情、政治など分からぬくせに、そのあまりにも大それた物言いにディオニスの怒りと人間不信は一瞬にして沸騰した。 ところが、警吏によって連れてこられたその愚か者 ――名をメロスという―― の姿を見た瞬間、ディオニスの心臓は大きく鼓動したのだ。こんな事は久しく無い。 メロスは整った顔貌の持ち主であった。普段から羊を連れて野山を歩き回ってお
今日はまた、さらに気温が上がった。『災害級の暑さ』なんて言い方があったが、これは完全に災害だ。今がピークと思いたいところだがさにあらず、この先どんどん上がっていくと偉い人が言っていた。 そんな暑さの中、私は麦わら帽子を頭に乗せて表に出たのだった。 特に目的がある訳でもなかったのだが、閉じこもっていては気が詰まる一方だ。暑さにやられるリスクはあれども身体を動かしたい気持ちが勝った。 アロハシャツに短パン、ビーチサンダル。格好だけはバカンスだ。せめて気分だけでもリゾート地
使用人の声で僕は目を覚ます。 何も言わなくても毎朝起こしてくれる、何とも気の効く使用人たちだ。それはつまり僕が冒険者として敬意を払われているという事を意味する。そう思うと何とも誇らしい気持ちでいっぱいになる。 しかし、どうしてかこの宿屋には慣れない。目を開けると真っ先に天井が目に入る訳だが、どこか他人行儀な気持ちが湧いてくる。半身を起こしてベッドの上から室内を見渡しても実に殺風景だ。しかし仕方ない事だな、と思い直す。なにしろここはダンジョンの中にある宿屋なのだから。