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我々は変化を極度に恐れ衰退する道を選択してきた

自らに便益があって支持していたならわかる。

地方の土建業は仕事をくれるから支持し、旅館も同じように政治家がパーティーをしてくれるから支持する。大規模農家も同じだ。

株式を大量保有していた資産家も支持するのはわかる。アベノミクスは金融市場に莫大な金を突っ込んで無理やり株高を演出していた。相当な恩恵を受けてきた。

大企業の経営者やそれに準ずる人たちも支持するのはわかる。法人税を軽減してその代わりに消費税を導入した。大企業への税制優遇をしてきたから支持するのは当然だ。

じゃあ他の人たちはどうだろう、7年間で何か利益があっただろうか?具体的に仕事が増え、サラリーが増え、子育て環境が改善され、生活が良くなった人はいるだろうか。

自分には何も利益がなかったにも関わらず、安倍政権を支持してきた国民は何を支持してきたのかわからない。政治は国民から集めた金を再分配するのが仕事なので、利益がないにも関わらず支持する理由はどこにも見当たらない。

だが現実にそういう層が一定数いたのは事実だ。20代の若者の支持率は70%近かった。年齢が下がれば下がるほど支持していた。

安倍政権の政策が若者に有利だったことは一度もなかった。「現状維持」をするため若年層や弱者の未来を切り捨ててきた。安倍以前も同じだったがより「症状」が進行した。日本は30年前から何も変わっていない。外の世界の大きな変化を拒絶してきた。変わらないといけないのは明白だが、変わることを極度に恐れ、既得権益を無理やり維持してきた。既得権益層はごく一部だが、彼らにへつらい、忖度して、おこぼれをもらって自分こと今だけのことしか考えない人たちを量産してしまった。

若者ほど変化を柔軟に受け入れ希求するのが一般的だが、日本のマジョリティは保守化の方向に進んでしまった。若者たちが悪いわけではなく「変化することより現状維持のほうが合理的」だからそうなっただけだ。

現状維持を社会全体が望めば、権力を持つものは批判する対象にならない。

「批判するなら対案を出せ」

「文句があるなら政治家になればいい」

これらの発言が当たり前のようになったのは「椅子」が「身分」によって与えられるものだと思っているからだ。

次の首相が誰になろうと今後10年は大変なことになる。7年間で壊してしまった社会基盤を整備するまで最低5年は必要だろう。人生を諦めてしまった人も増え、意見の相違を議論できる共通言語は失われてしまった。変化することを恐れることはもはや常識化してしまった。

まともな政策を打ち出しても支持されずに、小さく小さくまとまり現状維持という名の衰退の選択を政治家も国民もする。戦後の敗戦のような劇的な変化が起こる可能性はあるだろうが、このまま何もなく衰退していく道のほうが現実的だろう。アルゼンチンのように全体はダメになり、技術を磨き外国に適応する個人となっていきそうだ。

変わるほうを選ぶなら「お殿様」におまかせしてもダメだ。自分が変えられる力を持っている自覚を持ち、自分自身の人生を良い方向に変えていかないと変わらない。政治は生活と切り離されていない。生活のなかに深く根付いている。


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