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『CHICAGO』来日公演 俺がビリーだ!マシュー・モリソン参上

『CHICAGO』来日公演を観に、渋谷のシアターオーブへ。

この作品だいぶお久しぶりで、いつ以来かと思ったら、2008年の日本人キャストによる公演が最後。米倉涼子が初めてこの作品に出演したときである。河村隆一もナイスなキャスティングだった。ついでに思い出話をしておくと、自分が最初に観たのは1997年のロンドン。1996年にブロードウェイのリバイバル上演が大きな話題を呼び、鳴り物入りでウエストエンドに上陸していた。まだオープン間もないときだったが、市内のダフ屋(当時は常設店舗があちこちにあった)で英検4級の実力を生かし超高い席を買って(でも超良い席だった)観た。その後来日公演を2回、上記の日本人キャスト公演を1回。これで全部だと思う。

ロンドンで観たときはヴェルマ役に歌姫ウテ・レンパーを迎え、街のあちこちに掲げられた看板も彼女のソロカットだった。オリビエ賞も受賞し、ブロードウェイの公演にも呼ばれた彼女の演技は鬼気迫るものがあり、圧倒的な印象が残った。だから自分はすっかりこの作品の主役はヴェルマだと思っていたが、後に別キャストで観たらどっちかというとロキシーが主役で驚いた記憶がある。

このあたりが『CHICAGO』という作品の面白さなのだが、今回の来日公演の興行的な「主役」はヴェルマでもロキシーでもない。悪徳弁護士ビリー・フリン役のマシュー・モリソンである。

ご存じ『glee』のシュー先生。ミュージカル好きにとって『glee』は特別な作品だ。2022年末にブロードウェイでリア・ミシェルの『ファニーガール』を観たときそれを実感した。

もともとブロードウェイの舞台に立っていたマシュー・モリソンはglee後『ファインディング・ネバーランド』の主役も務めている。一度舞台で観たいと思っていたがそれがこんな形で、日本で実現するとは!

シュー先生はとっても「いい人」だが、マシュー・モリソンの顔はどっちかというと悪役顔だと思っていたので、この配役には膝を打った。映画版でこの役にリチャード・ギアをキャスティングしているように、ここに大物を据えると作品自体がぐっと締まる。日本人キャストの河村隆一も実にインチキくさくて最高だった。河村隆一といえば『銀河英雄伝説』で富山敬のヤン・ウェンリーを「完コピ」してみせていたが、舞台上で高い技術を発揮するすばらしい役者だ。

実際、マシュー・モリソンが登場するとその華やかさ、貼りついたような笑顔とその裏から覗く、というか隠し切れない腹黒さがもう素晴らしくビリーである。彼を目当てに来ているから贔屓目もあるが、観客の視線を独り占めにしていた。ちょうど日曜劇場「アンチヒーロー」が始まったこともあり、「有罪も無罪にする弁護士」、ビリーという役の魅力も改めて実感した。

ロキシー役はベルギー出身のサラ・ソータート。『CHICAGO』はじめウエストエンドで多くの作品に参加している実力派だ。小柄なスタイルとちょっと鼻にかかった歌い方、キュートな表情がもう完璧すぎるほどロキシーだ。観ていてどんどん引き込まれた。

ヴェルマ役は出演予定だったジャレンガ・スコットがケガのため来日前に舞台を降り、アンダースタディのミシェル・アントロバスが登板。だがこの世界のアンダースタディは実力においてメインキャストと全く遜色ない。それどころか、このチャンスを生かそうと全力で演技することが多いから、観客も惜しみない拍手を送る。この日の彼女も素晴らしいヴェルマで、二幕でママ・モートンと歌うこの作品唯一(?)の道徳的な曲『CLASS』やその後ロキシーと歌う『NOWADAYS』など、その歌声が心に染みた。

そしてフィナーレで、観客にバラの花を投げる演出があるのだが、最前列上手側にいた自分は、何となく彼女が俺に投げてくれるような気がしていた。当たるぜオタクの勘は!と思ってたら当然のように俺の前に来て目を合わせて投げてくれた。が、うまく飛距離が出ずに舞台上に落ちてしまった。あーと思ったらわざわざそれを拾って投げなおしてくれた。これアイドルさんがよくやるやつー。そして今度は一直前に自分の胸元へ。造花だから永久保存できるぜ。思いがけないお土産までもらって、大満足の『CHICAGO』となった。

久しぶりに味わった『CHICAGO』。登場人物のほとんどが腹黒いか犯罪者かその両方、というスキャンダラスなこの作品の魅力は、2020年代に入っても色あせることがない。

そういえば前回この作品を観たのは『CHICAGO』の世界観を現実社会で再現してみせたような「ロス疑惑」の主人公、三浦和義氏が命を絶った翌日だった。そして今回観たのは、その裁判の行方が全米、全世界の注目を集めたO・Jシンプソン氏がこの世を去った2週間後である。

犯罪そのものではなく、それを社会が受け止めたときに起きる「スキャンダル」。一部の人はもううんざりだ、と声を大にするが、いまだ「スキャンダル」は「大衆」の大好物であり、次から次へと消費され続けている。

『CHICAGO』のブロードウェイでのロングランは再演作品としてはぶっちぎりの1位、再演に限らなくても『オペラ座の怪人』に続く2位の記録である。この世にスキャンダルがある限り、この作品は人気作品の座を譲ることがないのかもしれない。

『CHICAGO』来日公演のウェブサイト



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