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瞳の中のゴースト

プロローグ

ある夜、光学機器の開発で知られる技術系メーカーの研究員、山田は、一日の仕事を終えて帰宅途中に不審な自動車事故で命を落とした。彼が取り組んでいた画期的な研究は、量子力学を応用して光学機器のコストを上げずに高精度の画像を得る技術だった。山田の研究データは、わずかなバックアップを除いてすべての拠点から消失していた。

メーカーは、産業スパイの仕業だと疑い、警察に届けず、この種の出来事の調査スキルが高いと噂される探偵、水無瀬に調査を依頼した。

依頼

「依頼内容は理解しました。消えたデータを探し出し、山田さんの死の真相を解明するということですね。」

水無瀬は資料を受け取り、調査を開始した。山田の研究は、光の入射口から受光素子までの時間差を低コストで補正する技術に関するものだった。通常、この時間差は多数の素子ごとにばらつきがあり、そのばらつきはマイクロ秒単位で揺らいでいた。このばらつきが精度低下の原因となっていたが、山田はそれを補正する機構を低コストで組み込む方法を研究していたのだ。

調査の進展

調査は難航を極めた。わずかに残されたバックアップデータは精査し尽くした筈だが…

ある日、山田の研究を補助していた年配の研究員、村田が水無瀬の元を訪れた。村田は長年の経験を活かし、山田の研究を支えていた信頼のおける人物だった。
村田については、必要なら資料を見せても良いという了解をクライアントから貰っていた。

「山田のことを調べているそうですね。何か手助けができればと思いまして…」

村田はバックアップデータを見せると、水無瀬と一緒に解析を始めた。バックアップデータは本体とそのコピーの2つで構成されている。動画を繰り返し再生してみたが、単なるコピーのせいか、違いは見当たらない。だが念の為に再度比較をしてみると奇妙な差に気づいた。それぞれの映像に時々ドロップアウトが入り、そのドロップアウトのタイミングが2つの映像で互いに違っている。僅かなドロップアウトだったので見逃していたが、そもそもデジタル処理している画像なのに何故ドロップアウトが発生するのか?タイミングが互いに異なっているのもおかしい。

「これがキーかもしれませんね」と村田は言った。
「確か、山田が研究をしている際にも、画像の乱れを発見し『ドロップアウトみたいですね』と話していたことがありました。」村田が思い出したように言った。

その時のことを思い出すように、村田は語り始めた。研究所の薄暗い実験室で、山田が必死にデータを解析している姿が目に浮かんだ。

「山田さん、ここに少し乱れがあります。ドロップアウトみたいですね。」村田がモニターを指さしながら言った瞬間、山田は突然怒り始めた。
「そんなはずはない!僕の計算にミスがあるわけがない!」山田は叫び、拳で机を叩いた。村田は驚いて一歩引き下がった。
「でも、明らかにこの部分に…」
「黙れ!」山田は目を血走らせ、怒りをあらわにした。「ドロップアウトなんて存在しないんだ。何かのエラーかもしれないが、僕のせいじゃない!」
村田はその時の山田の異様な態度に驚き、これ以上の追及を避けた。山田が何かを隠そうとしているように感じたが、それ以上は何も言わなかった。

パラレルワールドの存在?

水無瀬は村田と動画を詳しく解析し始めた。
ドロップアウトは2つの動画で互いに違うタイミングに発生している。
2つの画像を何らかのルールで合成すれば何か分かるかも知れない。
だが、どういうルールで合成すればいいのか…
色々試行錯誤してみたが、これといってなにかヒントになりそうな変化は見つけられなかった。
研究内容は、時間差を補正する技術だった筈だ。
山田の研究データから時間差補正のドラフトプログラムを見つけ出せたので、2つの動画を入力して、補正後の動画を出力してみる。
やはり変化が見つからない…
と、その時映像に違和感を覚えて、コマ送りで見ると…
処理前の動画と処理後の動画には、微細な違いが存在していた。例えば、壁に掛かっている時計の位置や、机の上に置かれている資料の配置が異なっていたのだ。

「これは一体…?」

「これはパラレルワールドの映像か…?」

動画をさらに調査するうちに、水無瀬は2番目の動画に映る人物たちがこちらの世界に気付いているかのような様子を見て取った。並行世界の彼らは、この映像を見て、産業スパイに侵入されたと勘違いしていたのだ。さらに動画を解析すると、動画の中で「侵入者は特定出来たようだ。対処はxx月xx日に決行する」と話す声が確認できた。その日付は、山田が死亡した日だった。

エピローグ

「山田さんは並行世界との通信を試みていた。しかし、並行世界の住人たちはそれを産業スパイの侵入と誤解し、対策を講じた結果、山田さんが命を落としたのか…?」

村田と水無瀬は顔を見合わせた。クライアントにどう報告すれば良いのか?いやそもそも報告すべきなのか。軍事技術への応用が可能なレベルなら、相手の世界が産業スパイとしてではなく、世界間の侵攻と考えた可能性もある。警察へ届けなかった理由は、こちらの世界でも誰かが既に平行世界の事を察知していたからでは?疑問が次々に湧き出てくる。

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