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僕が出会ったすごいやつ 01

タイトルにナンバーを付けちゃったぞ。シリーズ化するのか? たしかにネタはたくさんある。続くのか? わからん。気が向いたときに少しずつ足せばよかろう。

僕になにか天賦の能力のようなものがあるとすれば、それは「出会う」能力だと思う。僕はとにかく出会う。面白い人に。実にいいタイミングで。そういう僕が出会った面白い人について、一人ずつ紹介してみたいと思う。

最初に紹介するのは今から20年ぐらい前、アルバイトを通じて知り合ったヨドバシカメラの売り場マネージャだ。

前に書いたエントリで少し触れたように、僕は一時期、ヨドバシカメラの新宿西口本店で仕事をしていた。少し経緯を説明すると、僕はヨドバシカメラの店員ではなく、メーカーから売り場へ派遣される販売員をしていたのだ。

当時僕はローランドという楽器メーカーの、DTM(デスクトップミュージック)に関する商品を売る販売アシスタント、というアルバイトをしていた。そのアルバイトで派遣されたのがヨドバシカメラ新宿西口本店の、当時AV館(アダルトビデオではない)と呼ばれていた建物の楽器フロアであった。電子ピアノをはじめとする電子楽器やコンピュータミュージック関連の商品を置いているフロアだった。

僕がこの売り場に通い始めてほどなく、そのとき売り場にいたベテランのマネージャが昇進して現場を離れ、新たにとても若い人が売り場マネージャとしてやってきた。当時僕が21~2歳ぐらい、彼は26歳だった。

彼はそれまでいたベテランのマネージャとはまったく違うタイプだった。物を売るということへの情熱がとても強く、ものすごく熱い想いをもって仕事に臨んでいた。当初僕は土日だけ顔を出すアルバイトだったのだけれど、彼がローランドに注文し、僕は平日も出勤するようになった。服装もそれまではローランドのジャンバーを着ていたのが、Yシャツにネクタイ+ヨドバシのベスト、といういわゆるヨドバシ店員の服装になった。

ちなみに脇道にそれるけれど、ヨドバシカメラの店員、名札のバッジが青の人はヨドバシの社員ではなく外部のメーカーなどから来ている僕のような人で、緑のバッジの人が社員だ。メーカーの人はどうしたって自分のメーカーのものを売りたいのでアドバイスにバイアスがかかる。本当に公平な意見を聞いて物を買いたいなら、ヨドバシでは緑のバッジの社員に話を聞くと良い。

そんな具合に売り場の一員として若いマネージャと一緒に働くことになった。彼は実にユニークな人物だった。残業をしまくり、仕事ばかりしていた。趣味は旅客機に乗ることで、休みの日になると羽田から国内のどこかへ飛び、到着した空港でご飯を食べて、また戻ってくる。ただ飛行機に乗るために乗る。朝函館へ行き、昼に戻ってきて今度は福岡へ行き、夕方戻ってくる、といったことをしていた。飛行機に乗ることが手段ではなく目的なのだった。それだけでもすでに、だいぶ面白い人だぞ、と思った。

売りたいものを売る

当時楽器売り場はAV館というオーディオやテレビ等を売っている建物の一番上のフロアにあった。平日の昼間など、ほとんど客が来ない。はっきり言って暇であった。

そんな暇な時間、彼はひたすら売り場のデモ機で遊んでいた。売り場にはDTMやVJ(ビジュアルジョッキー)などのソフトウェア、MC-303みたいな楽器、V-5のようなビデオミキサーなど、多くの電子楽器やそれに類するものが展示されていた。彼は暇にまかせ、そういう商品をいじくりまわして楽しんでいた。「見て見て、こんなことができますよ。ハハハ」とか言いながらヘンテコな音を鳴らしてみたり、ビデオカメラで自分を映してそれを素材にミキサーでほかのものと混ぜたり、そういうものをMC-303で流した音楽にのせてVJソフトで切り替えたり。

「おもしろさを知らないとこれを人にお勧めできないじゃないですか。」

驚いた。そして彼は本当に、お客さんが来ると普段と同じように遊んで見せるのだ。「こんなことができるんですよ、ハハハ」とか言いながら自分やお客さんを撮影して妙なものを作ったり、隣にある別の機器と合わせて遊んで見せたり。するとお客さんは一式全部買っていったりする。

ベテランのマネージャからこの若いマネージャに変わって、数字など見るまでもなく、売り上げは激増した。レジを打つ回数もはるかに多いし、売れる金額も大きくなった。

同じ売り場にしばらくいると、よく売れる商品と、それに似ているのにあまり売れない商品が出てくる。僕はそれが競争ということで、同じような商品の中で、選ばれるものとそうでないものがあるのは当たり前だと思っていた。ある日彼が言った。

「これが売れないじゃないですか。売りたいですよね。今日の午後はこれを売りましょう。」

彼はそういうと、売り場に積んである在庫の積み方を少し変え、POP(値段や売り文句が書いてある紙)の置き方を変えた。

その日の午後、彼が売るといった商品が本当に売れた。魔法かと思った。たいしたことをしていないのに、売れるものは操作されたのだ。メーカーの宣伝ではなく、売り場のマネージャに。

僕は犬のように単純なので、それを見て「この人についていこう!」と思った。それからいろいろなことを教えてもらった。

物を売るということの意味

「販売員というのは物を売る仕事です。でも物を売ろうと思って売ると、そのお客さんは次は別のお店へ行くかもしれない。僕らは物じゃなくて満足を売るんです。」

あるとき彼はそう言った。でも満足を売るって、難しい。僕が「満足を売る」の本当の意味を理解したのは、それから少しあとのことだった。

えらい剣幕で怒鳴り込んできた人がいた。買ったものがうまく使えなかったというクレームだった。

マネージャはこのお客さんに対応し、その一部始終を僕に見せた。

彼はまず最初に一言謝って、しばらくお客さんの話を聞いた。ひたすらぺこぺこ謝るということはしなかった。相手の話を聞き、お互いの情報に齟齬があったことを認め、お客さんの不満の原因がどこにあったのかを明らかにした。そしてこちらの落ち度である部分について謝罪したあと、解決策を提示した。その解決策は驚くべきものだった。

最初に売ったのよりもはるかに高い商品を代わりに売ったのだ。

お客さんはだいぶ落ち着いてはいたものの、「今度は大丈夫なんだろうな?」と疑いながらそれを買った。そしてマネージャは自分の名刺を渡し、「ちゃんと動くまで私がサポートします。」と言った。

そしてそのクレームを言ってきたお客さんはそのまま常連となり、次から次へといろんなものを買った。ケーブル一本買うのにも、その売り場まで来た。

マネージャは僕に言った。

「クレームは大きなチャンスなんです。クレームを言ってくる人というのは期待しているんですね。期待が満たされなかったから怒っている。あの人は使えなかったものを返品したいんじゃなくて、それを使って得られるはずだったものを得たいわけです。だからそれを提供する。そういうことです。」

いや、そういうことなのかもしれませんけどね。あの剣幕で来られた余裕なくてそんなことまで頭回りませんよ。

その後も彼との仕事は驚きの連続だった。

フロアで働いていると全館放送が入る。「本日はご来店ありがとうございます。どこそこの売り場からお買い得商品のご紹介です。」というようなあれ。その中で「他店より高い場合はお申しつけください。」みたいなことを言っている。

それを聞いて彼は言った。

「私はほんとうは、あれやりたくないんですよ。他店より安くしますからうちで買ってください、っていうのは僕らの価値がないみたいじゃないですか。私は他店より高いけどうちで買ってください、って言えるような仕事をしたいと思ってるんです。」

僕は感動した。ほかより高いけどうちを選んでください。それだけの価値はあります。なんということだろう。この精神こそが一番大切なんじゃないか。そう思った。その後の僕の仕事はこの言葉に支えられているような気がする。ほかの人より高いギャラを取って、それだけの価値はありますと自信をもって言う。言えるような仕事をする。

彼はどんどん縮小されつつあった楽器フロアの売り上げを3倍以上にして、1年ぐらいで別の店舗へと移って行った。売り上げに問題のある売り場に呼ばれていくのだ。きっとしばらくいて売り上げを向上させ、また問題のある所へ行くのだろう。

こうやって彼の話をしているとすぐに忘れそうになるけれど、彼は26歳だったのだ。こんなすごい26歳いる? と何度も思った。

彼が去った後すぐ、僕もこのアルバイトをやめた。彼はいまごろどうしているだろうか。ヨドバシはハードだけれど給料が良いと言っていた。だからしばらくお金を貯めたら辞めるかもね、と。もう辞めて別なことをしているだろうか。でもきっと、旅客機で飛び回ってはいるのだろう。

それから20年あまり、僕はいまだにヨドバシカメラの会員で、ヨドバシで買えるものは全部ヨドバシで買っている。ほかの店と値段を比べることもしない。他店より高くてもヨドバシで買うのだ。物だけじゃなくて満足も一緒に買うために。

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