写真との出会いは標高3000m ep.9
エピソード1はこちら↓
「ここ、ここ。ええスポットやねん。踏み外さんといてな。」
おじさんがいる場所は富士山の側面になっている、崖の窪み。
到底人のために作られたものではない、その絶景スポットのごく短い道のりはかなりのリスクを伴う道程だった。
友達と顔を見合わせたが、行くしかない。
その時にはまだ顔を出していない太陽の光がギリギリそこに届いていて、薄らと周りが見える程度に明るかった。
足を下のほうに向かわせると、その先にある景色も見えた。
数百メートル下に雲一面広がっていて、地上の様子は全く見えなくなっていた。
雲の遥か上にいることに不思議な感じがしたが、ここを踏み外すと「痛い」では済まない事態になることを想像すると恐怖を感じた。
まず一歩、下の窪みに足をかけた。
足が着地した時、筋肉が小刻みに震えているのが分かった。
片足がしっかりその地に着いていることを確かめて、もう片方の足を下ろした。
「すごい場所ですね。足がすくみましたよ。」
「すごいやろ。今日はなかなか条件良さそうやで。」
条件が良さそうという感覚はよく分からなかったが、時間が経過するほど、みるみる明るくなり、遠くまで景色を捉えることができた。
白いもくもくの絨毯がどこまでも続いて見えた。
僕はしばらくそれをただただ見ていた。
「あと15分くらいやな」
もう少し。
山小屋に着くまで、それから、頂上に着くまで、あと少し、あと少しと自分を鼓舞してきたけど、今回のあと少しはそれとは違って、劇場で幕が上るのを待っているような感覚だった。
周りには何組か同じように崖の窪みに腰を下ろしているグループがいて、かすかに話し声も聞こえた。
この静寂の中、大声で話す人は誰1人いなかった。
少しの風の音と、ひっそりとした人の話し声。
BGMはそれだけだったけど、爽快な居心地だった。
______
あっという間に周りがはっきりと見えるくらいに明るくなっていた。
ダウンを着ていても寒かった気温も少し和らいできた。
もういつ陽光が差し始めてもおかしくない。
おそらく、太陽が顔を出し、世界の美しさがピークに達するのは一瞬。
それを逃さまいと、おじさんと友達は太陽が出てくるほうにカメラを構えている。
僕も携帯のカメラを握りしめた。
今でも十分にうっとりするような雲海が目の前にあるけど、それを超えるような数秒間を切り取って持って帰られる。
カメラは人類の大発明だと思った。
「もうくるで。」
おじさんがぼそっと言った数秒後、明るい光線が目の奥に届いた。
つづく
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