書評「こころの処方箋」(河合隼雄・著)
55章からなる短い短編随想。人や物事を見るとはどういうことかを教えてくれる。深い示唆を与えてくれる書。本書の中から特に印象に残った一節と読後感を記す。
1)心のなかの勝負は51対49のことが多い人間の心のなかには相反する二つの考えがあってそれが葛藤を起こしていることが少なくない。それはあたかも神経系に交感神経と副交感神経があるように作用している。だからクライエントを前にしたとき、その語られる言葉とは裏腹の思いが潜んでいるかもしれないと思って接する必要がある。そこにもクライエントの言葉にひたすら耳を傾けてみる傾聴の意味がある。矛盾した言い方が出てきたら、それはクライエントがいい加減な気持ちでいるのではなく、葛藤が起こっていて口にした言葉は51対49の51の方だと考えてみる。そうしてクライエントの葛藤そのものを受容することが肝要なのだと思い至った。そもそも人間そのものがアンビバレントな存在なのだ。
2)自立は依存によって裏付けられている(筆者)「自立は十分な依存の裏打ちがあってこそ、そこから生まれ出てくる。人間はだれかに依存せずに生きてゆくことなどできない。自立ということは、依存を排除することではなく、必要な依存を受け入れ、自分がどれほど依存しているかを自覚し、感謝していることではなかろうか」。
私が考えるに大人というのは上手く他人に甘えられる人なのだろう。学校生活とはそういうことを身体で学習して覚えていくトレーニングの場であると考える。周りの助けを借りながらも独力で人生の問題に立ち向かう術を身に付けるというのが真の自立と考える。
3)一人でも二人、二人でも一人で生きるつもり(筆者)「一人で楽しく生きている人は、心のなかに何らかのパートナーを持っているはずである。『もう一人の私』と表現されるかも知れない。ともかく『話し相手』が居るのである。人間は自分の考えを他人と話し合うことによって、随分と楽しむことができるし、客観化することもできる。一人で生きてゆくためには、そのような意味で『二人』で生きてゆくことができねばならない」。
この一節を読んだとき、即座にお遍路さんの「同行二人」という言葉を思い出した。二人とは自分自身と弘法大師という考え方もあるが、私は自分と自己の二人だと思っている。高知に帰省するたびにお遍路さんを見かけるが、彼ら彼女らは決して退屈などしていない。それは一人で歩きながらもう一人の自分と対話しているからなのだ。
(2024.8.8読了)
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