【書評「エッセンシャルワーカー 社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか」 田中洋子・編著】

エッセンシャルワーカーという言葉を初めて見聞きしたのは新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2021年頃。その意味は「社会生活を維持していくのに不可欠な仕事」である。まずは感染リスクの高い現場で働く医療従事者や介護職がそれに該当する。続いて教員、保育士、ごみ収集作業員、建設請負業者、トラックドライバー、スーパーマーケット従業員といった職種もマスメディアで取り上げられたことで該当することを確認。またその際、こうした仕事に携わる人たちの低賃金および長時間労働という苛酷な現状とそれに伴う当該職種への就労希望者の激減という事態も明るみになった。本書ではバブル崩壊後1990年から2020年までの30年間の日本の労働市場と雇用にスポットを当て、なぜそのような状況を生み出すに至ったのかを構造的に明らかにし、ドイツ始め諸外国との比較から日本の労働環境のアップデートを提言している。
 
日本の官公庁や企業は、存続を図るための経営戦略として規制緩和・自由競争によって正規労働者を減らし、非正規労働者の増大を加速させた。その結果、非正規労働者の業務範囲と責任が拡大し、低賃金でこき使われた挙句に貧困化、一方正社員は転勤転居・長時間の無限定労働を強いられ過労死という事態を生んだ。まさに働き甲斐の搾取という構図である。当時の財界人や経営者は人件費を抑制して利益を最大化することが最良の経営戦略であるとしたり顔で言っていたことを私はよく覚えている。ではそれで日本の国際競争力は上がったかと言えば実際は逆で、現在まで後退の一途をたどっている。著者はこれが「失われた30年」の実態なのであり経済政策の失敗であると断じており、私も全く同感。
 
こうした近視眼的経営の問題点を本書ではさらに厳しく指摘している。私見も交えながらまとめると、人という経営資源を人件費というコスト面だけでしかとらえないから、お金をかけて長期的に育てるという志向には結び付かない。正規職員は減らされているのに仕事は減っていないという現実も看過できない。そのため非正規労働者の定着率の低さと相まって組織内にノウハウや技能が蓄積されず、結果として製品あるいはサービスの品質低下を招いている。昨今、大企業による検査不正や品質クレームがたびたび取り上げられているが、日本各地で常態化した歪な労働環境を考えれば当然の帰結であろう。
 
(2024.4.12読了)

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