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グラフィックデザイナーから書店員になった話

都内の書店に勤務して2年が過ぎた。
正直、ここまで接客業が続くと思ってなかった。
書店員になる前は、人とあまり関わらないグラフィックデザイナーという、ある種の職人のような仕事を5年していた。

なぜデザイナーから書店員になったのか、書店や出版業界について、実際働いてみて、本屋さんの仕事、なんとなく感じる書店の今みたいなのについて、いまいちど自分が今後どう生きていくのか考えるためにも書こうと思う。

グラフィックデザイナーから書店員になった訳

グラフィックデザイナーから書店員になったのには2つの理由がある。

書店員になった理由
1.地元・福島に本屋を作りたかった

福島県郡山市出身で、震災があった2011年の4月末に上京してきた。
福島では、レンタルビデオ店が併設されていた地元の書店に行き、漫画や本、好きだった音楽雑誌を買っている普通のどこの地方にもいる青年だった。
上京後は、大型書店、個性豊かな個人書店や古書店に行き、本の豊富さや棚の面白さに驚いた。

2011年末には代官山 蔦屋書店が、2012年には下北沢のB&Bが開業など、上京したての時期に様々な書店が産声をあげた。そのように書店業界が盛り上がり、普通の本屋さんとは違った本との出会い、本の中の人(著者・編集者)との出会い、本の中にあるクリエイション(展示)との出会いがとても新鮮かつ、本を中心としたものが自分の人生において変化を起こすトリガーになっていた。

でも一方で、お盆や年末、長期休暇を取り地元に帰省し、街に出ても普通の本屋さんやどこにでもあるお店しかなく物足りないと感じていた。
東京や京都や名古屋にあるような個性的だったり、なにか人生を狂わせるような出会いに満ち溢れる本屋が、地元にはないということに気付いた。ロードサイド型の大型書店はもちろんあるし、自分の18年間はその本屋さんから育ててもらった。しかし、その本屋さんだけではいけないんじゃないのかなとも帰省するたびに思うようになった。

話は変わるけど、よく「福島の未来は日本の未来です。」と東日本大震災・原発事故の復興の際に語られることが多い。その言葉に異論はない。でも、その言葉にはなにか福島の人だけで頑張ってくださいという他人事のような冷たさも感じる。
復興を成し遂げるのは内部の人間や外部の人間だけではない。福島に住む人が長い年月をかけて、多くの人と協力し昔以上の暮らしや仕事、街を作っていくんじゃないのかなと思う。

そんな復興を考えているときに、なにかが地元の福島には足りない。これからの福島を担う人たちや住んでいる人たちの後押しになる、分断や対立を生んでしまう一つだけの考えではなく多様な考えを知れる場所が足りない。
多くの考えや、生き方、職業、美しさ、醜さを知れる。金太郎飴的などこの地方でも享受できる知識ではなく、福島だからこそ必要とされる知識と、その知識をもとに行動に結びつくような場所。東京から、日本各地から、海外から、福島に来た際に行きたいと思うような場所。

震災を経験し、上京し、東京で得た感覚と知識を、自分が地元に帰ったときに感じる知識と行動と人が結びつく場所のなさ。その自分が感じる足りないものを誰も作らないなら作ってしまえと思い、本屋さんをやりたいと思うようになった。

その本屋をなんとか実現できる形にするために、都内の書店で書店員として働き、本に関する知識と、小売の基礎、書店業界と出版業界、本や雑誌の作り手との繋がりを日々勉強ながら得ている。
一応、本気なので2019年には、「本屋講座」というものに通い、簡単な事業計画書を作った。書店業界の薄給ぶりに苦しみながら、コロナによる人生設計変更を余儀なくされながら、35歳を目標お店を作ろうとしています。

書店員になった理由
2.グラフィックデザイナーが向いていなかったから。

2011年春に高校を卒業したあとは、都内の大手クリーニングチェーンに就職し、2年間クリーニング工場で勤務していた。毎日、ドライクリーニングのズボンをアイロンプレスする毎日。働いている人の覇気のない感じが嫌で嫌でしょうがなかった。震災や祖父の死など、死という人生の終わりを身近に感じ、やりたいことをやろうと思い、会社を辞めグラフィックデザインの専門学校へ入学した。
中学生の頃からクリエイティブディレクターの箭内道彦さんが好きで、広告業界への憧れがあり、その道へ手っ取り早く近づけると思ったのがデザインの道だった。

専門学校では、グラフィックデザインを学び、自分で言うのはあれだが、そこそこ優秀で、アウトプットもしっかりしていた方だと思う。また、根っからのディグり癖が影響してか、デザインオタクになり、めちゃくちゃ多くの展示に行ったり、本を読み漁ったりするようになっていた。このディグり癖も本屋になったきっかけかもしれない。

このデザインオタクによる変な知識と俺は出来るぞというプライド、会社など高望みしすぎたせいで、まともな職に就かず、卒業後はデザイン事務所のアルバイトや不安定なフリーランス、デザイナーの派遣、ネット広告代理店のインハウスデザイナーなどなどをやっていた。
そこそこデザインはできるけど、そこそこの域を超える訳じゃない。有名デザイナーや若手同世代のイケてるクリエイターも知ってる。そんなとき、「あれ俺ってデザイナー向いてないんじゃない?」と気付いてしまった。

その向いていないの気付きは、デザイナーじゃない仕事への想いを加速させた。でも、デザインは大好きだし、デザインの知識はそこらへんの人よりはあると思っている。だったら、デザインする人を支援するような仕事、自分がいいなと思うクリエイティブを作る人を多くの人に知ってもらう、意外と知らないデザイナーやクリエイターを知ってもらう仕事をしようと考えて、本屋さんに行き着いた。
もちろん、地元に本屋さんを作りたいという気持ちも同時期にあったので、本屋という道へ必然的に向かった。

そんなこんながあり、今の働いている書店に行き着き、デザイナーやイラストレーターにフォーカスを当てたフェアを多く企画してる。

元グラフィックデザイナーが書店で働いてみて

グラフィックデザイナーだった人間が、書店で働いて感じることは、デザインを勉強していて本当によかったということだ。
当たり前だと思っていたイラレ、フォトショ、パワポ、HTML、CSS、JSを知ってる、使えるというスキルはめちゃくちゃ貴重だと肌で実感した。
また、いま働いてる書店の特性もあるが、デザインオタク知識が役立ちお客様の探している本へのレスポンスにも繋がるし、企画や売り場の編集・文脈づくりにも役立っている。

フォントのこと、国内外のデザイナーのこと、写真、ファッション、イラスト、アート、建築、カルチャー全般などなど、グラフィックデザイナーをやっていたからこそ得た知識と体験の数々は、本を売るというデザインとはまったく違う仕事だけど、大いに寄与している。

デザイン思考やビジネスとアートみたいなことがここ数年もてはやされているし、実際に重要だと思う。美大やデザイン専門学校に通っていると当たり前にデザイナー、アートディレクターになるというのが進路になってしまうけど、もしちょっとでも違うなって思ったらデザイン業界以外に進んでもいいと思う。デザインを学んでたことは必ず役立つし、それは強い武器になる。自分は、グラフィックデザイナーから書店員になってそう感じている。

小説好き・本好きの書店員は数多いるけど、立案した企画のポスターを作って、POPをきれいにデザインできて、デザインの歴史と基礎素養のある元グラフィックデザイナーの書店員なんて早々いない。

書店員の必要なスキル

書店での仕事自体は、レジや案内などの接客業務、棚作りや発注・補充、イベント、フェアなどの書店業務、納品や書類作成、売上管理などの事務業務の3つに大まかに別れる。

そんな業務をこなす中で実感した書店員にとって必要なスキルがある。それは、本をめちゃくちゃ詳しく知ることでも、めっちゃカバー掛けが早いことでもなく、編集力提案力だった。
日々、新しい書籍や雑誌が来る中で、どの本をどの棚に。どの本の隣に置くのかやこんなフェアをやってこの雑誌と書籍、雑貨を組合せて売ったらお客さんに喜んでもらえる、こんなイベントやったらいいなど、売り場での編集力とお客さんがどんな情報や書籍を欲しているのかや本自体の魅力を伝えられるような提案力が試されると2年間変わらず思っている。

本をたくさん読むことはしてないよりしていた方がいいし、本の知識はないよりあった方がいいけど必須ではない。それよりは、線や面に結びつく点をたくさん持つことの方が大切だし、それを結びつけていくような編集力の方が必要。

編集された本屋さんが上で、編集されていない本屋さんが下という訳ではない。お客さんによってはフラットな状態で、出版社ごとの棚で、新書、文庫、新刊と分けて欲しい人もいて然るべきだし、駅ナカの本屋さんのようにベストセラー、話題書だけ並んでいるのも助かる。

でも、社会の写し鏡としての役割も書店にあるはず。書店で働く人がいまの社会で読んでほしい、出会ってほしい一冊を提案することは、本屋が本屋であるために必要なんじゃなかなと思う。

編集と提案のスキルは、グラフィックデザイナー時代に鍛えられたものだから本当に助かっている。提供された素材をうまく使っていくのか、どう掛け合わせていくのか、お金や時間の制約、そんなデザイナーの仕事は編集力の筋トレであったし、クライアントや上司へどうデザイン案を伝えるかなんてのは提案力の訓練だった。

約2年、書店で働いて感じること

書店で2年働いてみて感じることが何点かあるので羅列と補足を書いていく。

・書店員、意外と本好き少ない。
本が好きな人が意外といないのが、書店員。同僚や後輩にもなんで本屋さんで働いているの?って人が何人もいる。別に全員、本好きであれとは思わなけど、たまには本を買おうよ!と思ったりもする。

・書店員、薄給すぎる。
本屋さんで働いている人、給料安すぎじゃない?コンビニより安いお店も多々。自分は企画とかしてフェアなどをやり、売上貢献はそれなりにしてるけど、何も企画せず売上貢献してない人と大差ない金額で働いてる…泣 コロナ以降はだいぶ給料が減り、明細を見るたびに喜怒哀楽の怒哀がこみ上げてきます。

・出版業界と書店業界の古臭さとITリテラシーの低さ。
新刊の発売案内や発注(予約)をいまだにFAXや電話でやっているのが出版業界。いまだにFAXってやばくないですか?いままでFAXなんて使ってこなかったのに、書店になった途端FAXの嵐。グラフィックやってたときよりコピー用紙触ってるかも笑。早く出版業界と書店業界からFAXを廃止したいと思うほど、古臭くていまだにIT化が進んでないことが多い。
老いも若きも、ベテランも新人も、PC使いこなせない人が一定いるし、EXCELとかパワポが苦手な人もたくさん。

・社会と流行を知れる。
本屋さんで働くと日本や世界のトレンドをいち早くゲットできます。自分の働いているお店は洋書や洋雑誌も扱っているので、海外のクリエイティブのトレンドも体感として得れる。ファッション誌のキャッチコピーや色、ビジネス書のベストセラー、アイドルの表紙の問い合わせ量など、知っておきたい社会トレンドから覚えたくもないことまで知れてしまうのが本屋さん。

・意外と本を買ってくれる人がいる
書店員になる前は、本屋がやばい。出版業界は危ない。みたいな話を聞いていたのでどれだけ買われないのかなと思っていたけど、意外と読書人口は減ってないんじゃない?と感じるくらい本を買っている人はいる。
もちろん、減ってはいるし、やばいことには変わりないけど、読む人は一定数いる。新たに本に価値を見出す人も出てくるはず。
自分は、本に価値を見出してくれる人を少しでも増やしたいし、本をきっかけにして何かが変わる、変わらなくても気付きのきっかけを作れる売り場をつくたいなと思う。

・やっぱり本と本屋が好きだ。
本屋で働いていると色々と嫌になることもある。給料少なすぎて働きに見合ってねーよとも毎月思っている。それでも、本と本屋は好きだ。
別に本を読んだところで、給料上がるわけでも、モテるわけでも、なにかが変わるわけでもない。でも、本を読むと自分の知らない世界、より深い世界に連れて行ってもらえる。小説でも、ビジネス書でも、デザイン本でも、写真集でも、画集でも。知らないことを知る、知っていたことを改めて知るという行為は本当に魅力的。そんな知らない世界へ連れて行ってくれる本屋もまた最高の場所だと思うし、社会の写し鏡として、果てしない知の欲求、探究心を満たす場所として好きだ。
でも、読書だけではなく、その先の行動や体験がワンセットになってないと、その読書は血肉化するものではない。アウトプットにはならない。本屋でそう思いながら働いている。

元デザイナー書店員の今後

現状では、いま働いている書店にて勤務は続けるつもりで、担当である雑誌を追い、面白いものを見つける毎日を送っている。
前述の通り、書店員は薄給です。コロナ以降、予定していた安定した生活を送れる話は立ち消えて、金銭的に結構キツい生活を送っています。
自己資金をちゃんと蓄え、開業するという目標は遠のくばかり…

そんな書店員に、もし読んで興味を持ってくださる方がいたら本屋を一緒にやりませんか?、選書してくれませんかなどのお話をお待ちしています。


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