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ニホンジカ、肉と皮まで使い切る 〜 メリケンヘッドクォーターズが目指す社会貢献と事業の両立

本稿は『けもの道 2018春号』(2018年4月刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


洋服屋ができる社会貢献

2000年、メリケンヘッドクォーターズ(以下「メリケン社」)は神戸にオープンしたメンズアパレルショップの「Howdy Doody(ハウディードゥーディー)」から始まった。

店では港町らしく釣り人や船乗りをイメージしたオリジナル商品やセレクト品を販売。そして地元客と接する中で兵庫県で発生しているニホンジカによる農林業被害や、捕獲された個体が大量に廃棄されていることを知るようになる。

「廃棄されるニホンジカの皮を事業として活用する。それが獣害問題に対して私たち『洋服屋』の立場からできることではないかと考えました」とメリケン社社長の入舩郁也さんは言う。

そして2006年にオリジナルブランド「ボガボガループライン」(「ボガボガ」はバスク語で「漕げ、漕げ」「行け、行け」などの意)を立ち上げ、鹿革を使ったバッグや靴などを商品化した。

皮だけでなく肉の利活用にも着目し、同時期に経営委譲を受けたドイツビールを提供する「G・G・C」(神戸市)では鹿肉のハムなどの取扱いを始める。

当時は捕獲された鹿の皮や肉を定期的に入手する仕組みすらなく、自社製品を店頭に並べるまでには、捕獲の段階からのシステムや人脈作りが必要であり、兵庫県におけるニホンジカ利活用の道を切り開いた。

株式会社メリケンヘッドクォーターズ代表取締役社長 入舩郁也さん

メリケンヘッドクォーターズ
兵庫県神戸市で2000年に創業。衣食住に関わりながら社会貢献につながることを理念とし、セレクトショップ「Howdy Doody」「~ih&blvd.KOBE ハイカラブルバード神戸」など4店舗、飲食店3店舗、ニホンジカの革を用いた服飾製品を扱う「ボガボガループライン」を含む3つのファッションブランドを展開する。JAタウン内通販サイトはこちら会社Webサイトはこちら

神戸という地理的特性

メリケン社が創業した “神戸” という地理的条件も有利に働いた。

ボガボガループラインの商品の多くには、鹿の「白なめし革」が使われている。「白なめし」は兵庫県姫路市の伝統的な革なめしの技法で、仕上がった革が白いことが特徴。なめしには塩と菜種油が使われ、化学薬品を用いないことから「エコな皮革」としても知られる。

洋服は「洗濯する」ことが前提の商品。白なめし革は「生地への色写りもないので、服飾に使う革として最適だった」という。

また、兵庫県はニホンジカの農林業被害額、捕獲数などでは全国的にも有数の都道府県だ。ニホンジカによる被害、その捕獲の必要性、捕獲個体の利活用方法の模索という問題は、単なる情報としてではなくリアルで身近な課題であり、メリケン社の取組みは顧客に対し説得力のある共感を生んだ。

ニホンジカを利活用した商品例(取材当時)。インスペクターポーチ、マルチショルダー、リングベルト、ドッグリードなど
インスペクターポーチ(M)。男女問わず、デイリーに最適なポーチ。しっとりとした鹿革のオイルなめしは、手にした瞬間から馴染み、薄く軽いのが特徴。オプション(別売)のマルチショルダーと組み合わせることで、サコッシュとしても活用できる。マルチショルダーは単体でペットのリードとしても使用可能

社会貢献と利潤の両立

メリケン社は社会貢献を事業の基本方針に据えるが、企業である以上、利潤の追求につながらなければ意味はない。

「捕獲者のいる『川上』から、解体者やタンナー(革の製作者)のいる『川中』、そして製品やサービスを一般の方々に提供するわれわれ『川下』まで、『川』の流れを維持しながらそれぞれが経済的な利益を得ることが大切です」と入舩さんは説く。

「ニホンジカの利活用」は決して慈善事業ではなく、根拠と持続性のある経済活動だ。

「社会貢献への参加」という理念への共感に始まり、製品やサービスを買ってもらい、食べてもらうということにつなげるため、魅力的な商品の開発や消費者へのアプローチにメリケン社は重点を置いている。

鹿肉に特化で消費量増大

鹿肉製品を「G・G・C」で扱い出した2005年ごろは、日本の野生獣の肉を使ったジビエ料理はまだ珍しく、店で食べるといっても数品の料理を注文する中で興味本位から1品注文される程度のものだった。

一度食べて美味しければ、またリピーターとして来店時に食べてくれるが、1品ずつでは消費量も増えない。

そこで「高タンパク、低カロリーなど鹿肉の特徴をPRすることに特化した店があれば、消費量はもっと増えるはず」と考え、鹿肉料理専門店の「鹿鳴茶流 入舩」(ろくめいさりゅう いりふね)をオープンした。

メリケン社が運営する鹿肉料理専門店「鹿鳴茶流 入舩」

提供する肉料理のほとんどをニホンジカの鹿肉料理とし、価格はリーズナブルに設定。観光客なども行き交う神戸・元町の中心地に店を構えることで、大勢に鹿肉を食べてもらうきっかけを提供した。

今では年間にしてニホンジカ1,000頭分以上の鹿肉が鹿鳴茶流だけで食べられるまでになったというから、鹿肉に特化した店舗展開は、消費拡大路線に大きな成果を収めたと言える。

鹿ステーキ。ソースは赤ワインソース。肉の下に敷いている揚げ茄子が、脂肪分の少ない鹿肉によく合う

ぷちレシピ! 鹿ステーキ

鹿モモ肉は筋を取り除き、厚み約2cmに切り開き、約1cm強の厚みになるまでしっかり叩く
強火で熱したフライパンに油(鹿鳴茶流ではガーリックオイルを使用)を引き、肉の両面を素早く焼き、あとは弱火で短時間焼き上げる

【赤ワインソースの作り方】すりおろしたタマネギ1/2個に赤ワイン1本、バターを加え、アルコールが飛ぶまで煮立たせる。冷めたら容器に入れて冷蔵保存し、必要な分を再度加熱して使う。お好みで醤油を加えても美味しい。

おろしポン酢や、グレービーソースでも美味しい

鹿製品をより身近に

「今では、鹿肉や鹿革の認知度はずいぶん高まりました。しかし、まだまだ『特別扱い』されています。私たちはもっと日常のシーンで鹿肉を食べ、鹿革を身に付けるという段階を目指しています」

メリケン社は現在(取材当時)、セレクトショップ4店舗、飲食店2店舗を展開しており、鹿肉や鹿革の正しい知識を訪れた客に店頭で説明し、理解を深めてもらっているという。

SNSが発達し、情報拡散は早くなったが正しい情報ばかりとは限らない。消費者の正しい理解があってこそ、「ニホンジカの利活用」は持続可能な取組みになるのだ。

ディアハンターベスト。スペシャルな逸品。家畜の牛などからの皮(革)と違い、野生のニホンジカの皮(革)は面積が小さく、キズも多いため、ベストなどに適した革は大変貴重だ
ベストの裏地には葉の模様とともに鹿が隠れるように織り込まれている
ディアーウォーク。鹿革の柔らかな特性を活かすようサイドにシューレースを配したデザインは、レザーシューズとは思わせない軽快な履き心地をもたらす。人気定番の一足

【取材レポ】文鹿祭 〜 食べて、触って、シカを知る

2月27日、兵庫県神戸市にある生田神社で、ニホンジカの利活用に特化したグルメやグッズを販売する「文鹿祭(ぶんかさい)」が開催された。

春の陽気になった「文鹿祭」当日。生田神社の参道には鹿肉料理などの屋台が並び、縁日のような様子に。「何のお祭りですか?」と尋ねながら見て回る来場者の姿も

兵庫県では年間捕獲数が4万頭にのぼる鹿の有効活用を推進するため、鹿肉処理加工施設や飲食店等が会員になり「ひょうごニホンジカ推進ネットワーク」を発足した。メリケン社も参加し、会長には入舩郁也さんが就任している(平成29年度)。

「文鹿祭」は、同団体が主催し、メリケン社が企画を担当。鹿肉の料理や加工食品、鹿革製品などの普及・PRを目的としたイベントで、今回で4回目を迎える。

当日は鹿肉を使ったスペイン・ドイツ・ネパール料理、ハンバーガーなどの鹿肉料理店が軒を連ねたほか、鹿革を素材にしたアパレル商品なども屋台で販売され、神社敷地内の会館ではハンティングシミュレータでの狩猟体験や、剥製の展示なども行われた。

鹿肉料理の定番とも言えるご当地シカバーガー。兵庫県佐用町からは「さようしかハンバーガー」が出店
ピザやパスタなどのイタリア料理のほか、ネパール料理など、兵庫県下の鹿肉料理を提供する飲食店が出店
普段あまり手にする機会のない鹿革を使った財布やバッグ類。訪れた客は、鹿革の柔らかさに驚いていた
開催日時は平日だったが、食事時間帯には多くの来場者が鹿肉料理を楽しんだ。来場者の年齢や性別は様々

会場には事前の告知でイベントを知っていたジビエファンや狩猟関係者だけでなく、たまたま生田神社を訪れた観光客や買い物客らの姿も多く、興味津々に屋台をのぞいていた。

ノルウェーから来日中の男性2名。聞けば、ノルウェーでもハンティングは文化だが、ハンティングに役立つ本は専門書ばかりで非常に高価なのだそうだ。「写真が多くて良い」と言って『ジビエハンターガイドブック』(著者:垣内忠正・林利恵)をお買い上げ。説明文はもちろん日本語だが、勉強して読めるように頑張るという。これも猟欲の一種?
神戸という異文化交流の町を象徴するように、外国人の方も来場者には多数見えた。海外ではジビエは身近な食材であることも多く、日本人よりも鹿肉料理のウケは良いのかも知れない
けもの道編集部もブースを出し、弊誌『けもの道』のほか狩猟やジビエ料理のレシピブックなどを販売した
けもの道編集部ブースではフランス料理店「MOMOKA(モモカ)」(兵庫県神戸市)が手作りしている鹿ジャーキーも販売し、試食用(もちろん犬向けに)も配布。来場したジャックラッセルテリアもおかわりに訪れていた

ブーム到来! 犬用シカ肉フード

鹿肉の成分上の特徴は、低脂肪・低カロリー、高タンパク・高鉄分で、人の美容や健康にもってこいの食材とされているが、何も人の体の健康だけに良いのではない。

捕獲された鹿の多くは、捕獲場所や方法などの理由から食肉として利用できない個体だ。それでもそのまま廃棄するのではもったいないので、問題のない個体は従来ドッグフードの原料に使用されていることが多かった。

ところが近年では、その健康成分に着目した愛犬家たちからの鹿肉フードの需要が増えており、「食肉に利用できないから仕方なく」ではなく、積極的に犬用フードに鹿肉を利用しようという事業者が増えているという。

兵庫県多可町からは「地域課題解決型ドッグフード」をコンセプトにした「TASHIKA(タシカ)」が出店
EGサイクル(兵庫県丹波市)が手がける「鹿の匠」シリーズ。鹿の肉だけでなく骨や内臓なども犬用ジャーキーにして販売している

犬を使う大物猟師の間では、体力増強や、ケガからの回復を早めるために鹿肉を狩猟犬に与えることは珍しくないことだが、この事実は世間にすぐに受け入れられる数少ない「猟師の常識」のひとつだろう。

(了)


狩猟専門誌『けもの道 2018春号』では本稿を含む、狩猟関連情報をお読みいただけます。note版には未掲載の記事もありますので、ご興味のある方はぜひチェックしていただければと思います。

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