ニホンジカ、肉と皮まで使い切る 〜 メリケンヘッドクォーターズが目指す社会貢献と事業の両立
洋服屋ができる社会貢献
2000年、メリケンヘッドクォーターズ(以下「メリケン社」)は神戸にオープンしたメンズアパレルショップの「Howdy Doody(ハウディードゥーディー)」から始まった。
店では港町らしく釣り人や船乗りをイメージしたオリジナル商品やセレクト品を販売。そして地元客と接する中で兵庫県で発生しているニホンジカによる農林業被害や、捕獲された個体が大量に廃棄されていることを知るようになる。
「廃棄されるニホンジカの皮を事業として活用する。それが獣害問題に対して私たち『洋服屋』の立場からできることではないかと考えました」とメリケン社社長の入舩郁也さんは言う。
そして2006年にオリジナルブランド「ボガボガループライン」(「ボガボガ」はバスク語で「漕げ、漕げ」「行け、行け」などの意)を立ち上げ、鹿革を使ったバッグや靴などを商品化した。
皮だけでなく肉の利活用にも着目し、同時期に経営委譲を受けたドイツビールを提供する「G・G・C」(神戸市)では鹿肉のハムなどの取扱いを始める。
当時は捕獲された鹿の皮や肉を定期的に入手する仕組みすらなく、自社製品を店頭に並べるまでには、捕獲の段階からのシステムや人脈作りが必要であり、兵庫県におけるニホンジカ利活用の道を切り開いた。
神戸という地理的特性
メリケン社が創業した “神戸” という地理的条件も有利に働いた。
ボガボガループラインの商品の多くには、鹿の「白なめし革」が使われている。「白なめし」は兵庫県姫路市の伝統的な革なめしの技法で、仕上がった革が白いことが特徴。なめしには塩と菜種油が使われ、化学薬品を用いないことから「エコな皮革」としても知られる。
洋服は「洗濯する」ことが前提の商品。白なめし革は「生地への色写りもないので、服飾に使う革として最適だった」という。
また、兵庫県はニホンジカの農林業被害額、捕獲数などでは全国的にも有数の都道府県だ。ニホンジカによる被害、その捕獲の必要性、捕獲個体の利活用方法の模索という問題は、単なる情報としてではなくリアルで身近な課題であり、メリケン社の取組みは顧客に対し説得力のある共感を生んだ。
社会貢献と利潤の両立
メリケン社は社会貢献を事業の基本方針に据えるが、企業である以上、利潤の追求につながらなければ意味はない。
「捕獲者のいる『川上』から、解体者やタンナー(革の製作者)のいる『川中』、そして製品やサービスを一般の方々に提供するわれわれ『川下』まで、『川』の流れを維持しながらそれぞれが経済的な利益を得ることが大切です」と入舩さんは説く。
「ニホンジカの利活用」は決して慈善事業ではなく、根拠と持続性のある経済活動だ。
「社会貢献への参加」という理念への共感に始まり、製品やサービスを買ってもらい、食べてもらうということにつなげるため、魅力的な商品の開発や消費者へのアプローチにメリケン社は重点を置いている。
鹿肉に特化で消費量増大
鹿肉製品を「G・G・C」で扱い出した2005年ごろは、日本の野生獣の肉を使ったジビエ料理はまだ珍しく、店で食べるといっても数品の料理を注文する中で興味本位から1品注文される程度のものだった。
一度食べて美味しければ、またリピーターとして来店時に食べてくれるが、1品ずつでは消費量も増えない。
そこで「高タンパク、低カロリーなど鹿肉の特徴をPRすることに特化した店があれば、消費量はもっと増えるはず」と考え、鹿肉料理専門店の「鹿鳴茶流 入舩」(ろくめいさりゅう いりふね)をオープンした。
提供する肉料理のほとんどをニホンジカの鹿肉料理とし、価格はリーズナブルに設定。観光客なども行き交う神戸・元町の中心地に店を構えることで、大勢に鹿肉を食べてもらうきっかけを提供した。
今では年間にしてニホンジカ1,000頭分以上の鹿肉が鹿鳴茶流だけで食べられるまでになったというから、鹿肉に特化した店舗展開は、消費拡大路線に大きな成果を収めたと言える。
ぷちレシピ! 鹿ステーキ
【赤ワインソースの作り方】すりおろしたタマネギ1/2個に赤ワイン1本、バターを加え、アルコールが飛ぶまで煮立たせる。冷めたら容器に入れて冷蔵保存し、必要な分を再度加熱して使う。お好みで醤油を加えても美味しい。
鹿製品をより身近に
「今では、鹿肉や鹿革の認知度はずいぶん高まりました。しかし、まだまだ『特別扱い』されています。私たちはもっと日常のシーンで鹿肉を食べ、鹿革を身に付けるという段階を目指しています」
メリケン社は現在(取材当時)、セレクトショップ4店舗、飲食店2店舗を展開しており、鹿肉や鹿革の正しい知識を訪れた客に店頭で説明し、理解を深めてもらっているという。
SNSが発達し、情報拡散は早くなったが正しい情報ばかりとは限らない。消費者の正しい理解があってこそ、「ニホンジカの利活用」は持続可能な取組みになるのだ。
【取材レポ】文鹿祭 〜 食べて、触って、シカを知る
2月27日、兵庫県神戸市にある生田神社で、ニホンジカの利活用に特化したグルメやグッズを販売する「文鹿祭(ぶんかさい)」が開催された。
兵庫県では年間捕獲数が4万頭にのぼる鹿の有効活用を推進するため、鹿肉処理加工施設や飲食店等が会員になり「ひょうごニホンジカ推進ネットワーク」を発足した。メリケン社も参加し、会長には入舩郁也さんが就任している(平成29年度)。
「文鹿祭」は、同団体が主催し、メリケン社が企画を担当。鹿肉の料理や加工食品、鹿革製品などの普及・PRを目的としたイベントで、今回で4回目を迎える。
当日は鹿肉を使ったスペイン・ドイツ・ネパール料理、ハンバーガーなどの鹿肉料理店が軒を連ねたほか、鹿革を素材にしたアパレル商品なども屋台で販売され、神社敷地内の会館ではハンティングシミュレータでの狩猟体験や、剥製の展示なども行われた。
会場には事前の告知でイベントを知っていたジビエファンや狩猟関係者だけでなく、たまたま生田神社を訪れた観光客や買い物客らの姿も多く、興味津々に屋台をのぞいていた。
ブーム到来! 犬用シカ肉フード
鹿肉の成分上の特徴は、低脂肪・低カロリー、高タンパク・高鉄分で、人の美容や健康にもってこいの食材とされているが、何も人の体の健康だけに良いのではない。
捕獲された鹿の多くは、捕獲場所や方法などの理由から食肉として利用できない個体だ。それでもそのまま廃棄するのではもったいないので、問題のない個体は従来ドッグフードの原料に使用されていることが多かった。
ところが近年では、その健康成分に着目した愛犬家たちからの鹿肉フードの需要が増えており、「食肉に利用できないから仕方なく」ではなく、積極的に犬用フードに鹿肉を利用しようという事業者が増えているという。
犬を使う大物猟師の間では、体力増強や、ケガからの回復を早めるために鹿肉を狩猟犬に与えることは珍しくないことだが、この事実は世間にすぐに受け入れられる数少ない「猟師の常識」のひとつだろう。
(了)
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