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さよなら エゾシカフェ

本稿は『けもの道 2017春号』(2017年刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。

東京の三軒茶屋に店を構えていた「エゾシカフェ」が2016年9月をもって、約6年の歴史に幕を降ろした。

週1日のオープンでありながら、ジビエ料理店のパイオニア的な存在であり、なかなか予約の取れない人気店だった。

そしてジビエブームが到来した今、閉店する理由とは?

「エゾシカフェ」オーナーシェフの石崎英治さんにインタビューを試みた。

取材|2016年9月
写真・文|安藤 “アン” 誠起


当時必要だったのは鹿肉を食感できる “ハコ” だった

「エゾシカフェ」店主・石崎英治さん

――そもそも、この「エゾシカフェ」を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

ジビエの卸売業「クイージ」という会社をボクらがスタートしたのが7年前。その時は鹿や猪の肉って、一般的にはほとんど普及してなかったんですね。

そうなると、鹿肉を「ウチが卸します」ってなっても、皆さん、味も肉質もよくわからない。だったら、それを気軽に食感できるところ……アンテナショップの役目を果たす “ハコ” が必要だと思ったんです。

店名はエゾシカとカフェを合わせて「エゾシカフェ」。

ダジャレの要素も入ってますが(笑)、「カフェ」という言葉が入ることによって、敷居が低くなるじゃないですか。本格的なジビエ料理が食べたければ、ほかのお店に行っていただければと思ったんです。

「エゾシカフェ」の入口。鹿(の被り物)がお出迎えしてくれる

「エゾシカフェ」という入口を通ったその先

――「エゾシカフェ」の料理のスタイルは何だったのでしょうか? ジビエと言えばやはりフレンチベースでしょうか?

ウチの料理は “何でもアリ” でした。

中華もあれば和食的なときもありますし、フレンチやイタリアン、北欧風の場合も。

アンテナショップなので、どれかに特化するわけではなく、ジビエの入門編としていろんな料理をサーブしたいなと考えたんですよね。

それでお客さんが「このシチュー美味しいです!」となると、「実はココよりも美味しいシチューを作っている店が○○にあるんですよ」と伝える。「エゾシカフェ」はあくまでアンテナショップなので、ここを入口にして皆さんにもっと先の世界に行って欲しかったんです。

初めての人でも受け入れられるバランス感ある獣の風味を

――元々、石崎さんはシェフではなかったそうですが、料理の腕はどこで磨いたのですか?

ボクの腕は大したことないですよ(笑)。

ただ、卸業者なので肉質や部位の旨味はわかっている。実は、肉の卸先であるお店のシェフの方々に事あるごとに教えてもらってたんです。

でも、それをそのままココでやったらダメなんですよ。オーブンや鍋のサイズ、ほかの設備にも限界があるんで、ココで作れる料理にしなければならない。

エゾシカのハツのソテー

それと「エゾシカフェ」はコンセプトが「まずはジビエの味を知ってもらうこと」なので、ジビエにあまり馴染みがない人に、いきなりロースト肉に血のソースをかけたりすると、「やっぱりジビエは臭いですね」となる。“獣肉” 過ぎると、受け入れられない可能性もあるわけです。

とはいっても、やっぱりジビエなので獣の風味は出したいですからね。その辺りのバランス感には気を使いました。

調理の方法は、肉の卸先のシェフたちから教わった。ジビエ初心者に受け入れられやすく、かつ獣の風味を大切にしたバランス感のある料理にこだわった

売れても困るジビエの課題

――ジビエはニュースなどでよく取り上げられるようになりましたね?

そうですね。先日、クイージでジビエの缶詰を作ったんです。それを都内で販売をしたのが、ヤフーニュースに掲載されました。

ジビエをビジネスにするといろんなハードルがあって、実際には鹿も猪も補助金が入ってたりして、経営的には成り立ってはいないけど、公的資金が投入されているので成り立っているとか、ほとんどの地域がそうなんです。

そろそろ、鹿肉でこの地域は潤ってます……みたいな、リアルな成功例を作らなくてはと。そんな理由で缶詰を作ったんです。

そしたら結構売れちゃって、むしろ生産が追いつかないぐらい。

そうなると困ったことに、ジビエ肉が足りなくなるんです。

地域としては缶詰を生産したいけど、鹿や猪といった原材料は野生動物で、捕獲を拡大するのには限度があり、牛や豚と違って舎を大きくするという方法では解決できない。

仕方なく肉を調達する地域を広げるわけですが、そこに付随する食の衛生レベルや物流の課題などがより大きくなってくるんです。

ジビエの普及とともに終了した「エゾシカフェ」の役割

――結果、「エゾシカフェ」は予約がとりにくい人気店になりました。それなのに今、なぜ店をクローズしてしまうんですか?

色んな試みをしているうちに、ボクが思っていたより早くジビエが普及して来て、今ではいろんな店で取り扱うところが出て来ました。鹿肉や猪肉はもちろん、最近じゃ穴熊料理を出す店も。

ボクはこの店で、いわばジビエのロスト・ヴァージンをして欲しかったんです。「鹿肉って臭いと思ったけど、実際はあっさりしてた」とか、「イメージと違った」とか。そんな意見を聞きたくて店をオープンしました。

でも最近、店に来るお客さんは、ココに来る前にもうどこかの店でジビエを食べる経験をしているんですね。

嬉しい反面、あぁ、アンテナショップとしての「エゾシカフェ」の役割はこの辺で終わりなのかなと判断したんです。

(了)


狩猟専門誌『けもの道 2017春号』では本稿を含む、狩猟関連情報をお読みいただけます。note版には未掲載の記事もありますので、ご興味のある方はぜひチェックしていただければと思います。

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