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国内最大級のジビエ処理加工施設「長野市ジビエ加工センター」は設備もデカいが期待もデカい

本稿は『けもの道 2019秋号』(2019年9月刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


写真・文|安藤 “アン” 誠起

国内最大級のジビエ処理加工施設が誕生

今年(2019年)4月1日、長野県長野市に国内でも最大級規模のジビエ処理加工施設「長野市ジビエ加工センター」が誕生した。

総事業費はなんと約3億5,400万円(国の交付金1億2,000万円含む)で、施設を管理・運営するのは長野市。施設開設の基本的コンセプトは、まず一番に野生獣による農作物被害対策の一環であること、そこに付随して捕獲したジビエ(加工センターで扱っているのは鹿と猪のみ)を新たな地域資源として活用する取り組みを推進することだ。

長野市ジビエ加工センター◎長野市中条住良木1558番地2◎実際に施設を訪れてまず驚かされたのはその外観だ。ガラス面を大きくとり、まるでモデルルームを思わせるような洒落たデザイン。これはいかにも肉の処理加工施設を思わせるのでなく、「住民が安心して受け入れやすいデザインにしたかった」とのことだ。ガラス面を大きくとったのは、周りの木々がそこに反射して、施設が周囲の環境に溶け込めるようにしたため。一方で管理衛生面も問われるだけに、メンテナンスがある程度しやすいように、構造自体は鉄骨造平屋建てのシンプルな造りとなっている

元々、長野市はリンゴやブドウといった果物類、各野菜類や米といった農作物の名産地でもある。それゆえ、近年の野生獣の農業被害には頭を悩ませてきた。特に鹿と猪の被害は深刻で、果樹の新芽や樹皮を鹿が食べてしまったり、田畑一面を猪が食い荒らしてしまったりと、その実例は枚挙にいとまがない。

長野市におけるイノシシ・シカの農業被害の推移

そこで長野市は2015年4月に「いのしか対策課」を設け、農作物被害に関する情報や被害防止対策をホームページやツイッターなどで随時発信するなど、県内でも積極的に鳥獣被害に取り組んできた。

施設を立ち上げた要因には、地元ハンターの負担軽減もあげられる。多分にもれず、長野市内でもハンターの高齢化が進んでいる。これまでは主に市内の猟友会員が野生獣の駆除および埋設処理を行ってきたが、高齢化が進むにつれて個体の処理に手間がかかると、徐々に駆除自体も敬遠するようになってしまう。

そのような負担をできるだけ軽減させ、またそこで処理されたジビエが特産品となれば、若い世代も関心を持ち、実際に事業に関わる可能性も期待できる。加工センターの開設にはそんな市の想いも込められている。

農林水産省は野生鳥獣のジビエ利用拡大に向けて、全国の17地区を「ジビエ利用モデル地区」として選定しているが、このジビエ加工センターの取り組みも認められて、長野市は昨年3月にこのモデル地区の一つに選出された。国の交付金額が多額なのも、この認定を受けたことが非常に大きい。

ちなみに長野市ジビエ加工センターがあるのは、長野市の中条地区。市内の鹿と猪の捕獲数は年間計約1,500頭(昨年度は鹿724頭、猪817頭)で、そのうち約4割がこの地区周辺で捕獲されている。野生獣の迅速な解体や処理が食用のジビエには欠かせないことから、捕獲数の多いこのエリアに施設を建設した。当然、この地区住民の施設に対する理解度や期待感も高いというわけだ。

大量処理を支える最新設備

長野市ジビエ加工センターの見取り図(略図)

施設の面積は約330㎡で、その中に搬入・洗浄室、一次保管室、残渣保管室、解体室、熟成室、処理室、冷凍室、ジビエカーも入庫可能な荷受室などを完備。HACCP(ハサップ※)にも十分対応できるように、各部屋の汚染リスクに合わせて、それぞれの部屋ごとに温度管理と衛生管理をしっかりと行い、各作業の導線も巧みに計算されている。

※HACCAPとは
HACCP(ハサップ)とは、食品等事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去又は低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法。

この手法は、国連の国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の 合同機関である食品規格(コーデックス)委員会から発表され、各国にその採用を推奨している国際的に認められたもの。日本においては、平成30年6月に公布された食品衛生法等の一部を改正する法律により、原則としてすべての食品等事業者がHACCPに沿った衛生管理に取り組むことが求められている。

また水を使用する各室には、それぞれに電解水装置を設け、アルカリ水と酸性水が整水される仕組みになっている。冷凍室は、一つのコンテナに1頭分を入れるとすれば、約200頭の鹿や猪を保管できる大きさだ。

広々とした清潔な空間の処理室には、各種最新の加工用機材が並んでいる(衛生上の理由から解体室は取材NG)
水を使用する各室にそれぞれ整水器がある。都度、アルカリ性水と酸性水を整水できる優れものだ

ほかにも瞬間冷凍機や金属探知機をはじめ、最新の設備を完備。年間の処理頭数は600~1,000頭を想定しており、今年度は4~7月末の間に約420頭を解体処理しているので、ほぼ当初の予定通りといっていいだろう。

現在は市の職員でもある4名が施設のオペレーションにあたっているが、本格的な稼働に向けてもう少しスタッフを増員するとのことだ。

ごく短時間で肉を冷凍できる瞬間冷凍機。肉を美味しく保存するためには、出来るだけ素早く冷凍することが肝要である
過去に撃たれて半矢になり体内に弾の一部が残っていることもあるため、加工された肉はすべて金属探知機にかけられる
プラスチックコンテナに収納されて、約200頭の鹿や猪肉が冷凍保存される

情報の一元化で安定供給

さらに長野市ジビエ加工センターは、精度の高い食品トレーサビリティの提供にも取り組んでいる。

商品ラベルにQRコードを印刷し、その肉に関する捕獲日や捕獲地域、そのほか個体情報を消費者が簡単に知られる仕組みになっている。

この管理システムは、農林水産省の「国産ジビエ認証制度」、そして長野県と信州ジビエ研究会による「信州産シカ肉認証制度」に準拠しており、これによってジビエの受入から処理加工、適切な在庫・販売管理までもが一元管理できるようになっていて、安定的かつ安全性の高いジビエの供給が可能となっている。

ジビエの処理加工については民間事業者が担うことが多いが、主に狩猟によって確保できる食材ということもあり、安定した供給や品質の維持などに課題があった。長野市ジビエ加工センターの開設の背景には、こういった課題に取り組んでいこうという現状もある。

今後の課題と展望

最新設備を備えたジビエ加工センターだが、今後はどういったことが課題となるのだろうか?

いのしか対策課によると一番の課題となるのが、施設に搬入されるまでの個体の処理方法だ。

いくら受入後の処理を高い水準で行うことができても、そこに持ってくるまでの個体の状態が悪ければ、高品質のジビエ肉は提供できない。それゆえ、いかに上手に止め刺しをできるか、あるいは捕獲できるかがキーとなってくる。

それには地元ハンターの技術向上、そして行政と猟友会とのより良い連携が求められる。

また、現状ではジビエ加工センターは、長野市内のハンターしか利用ができない。しかし中条地区に隣接する小川村、周辺地域の千曲市などからも、施設を活用できないかとの要望がでている。今後話し合いを重ね、なるべく実現の方向にもっていければと市は考えているようだ。

今のところ、ジビエの販路は、主に長野市内にある信州のジビエ肉を特産品として提供できるようなホテルやレストラン、食品加工会社が中心だ。

まずは市内に経済効果を生み出すこと。そして将来的には、首都圏へ情報発信して、販路拡大に繋げたいとのこと。

施設の運営がある程度軌道にのってきたら、関連事業の研修施設として利用したり、さらには民間への委託も視野に入れているという。これによって新たな雇用が生まれることも期待できる。

長野市はジビエ加工センターに関わる一連の事業を、市と地元猟友会などが連帯した「ジビエコンソーシアム」によって行い、そのムーブメントも含めて、ジビエ利用モデル地区に選ばれた経緯がある。これからも行政と民間が手を取り合い、この優れた施設を十二分に活用して、地域の鳥獣被害問題に取り組み、ジビエを新たな地域資源として普及推進していってもらいたい。

ジビエ界の働くくるま「ジビエカー」

長野市ジビエ加工センターのある中条地区は、市のほぼ西端にある。そうなると、東端にあたる豊野、長沼、若穂といった地区では、2時間以内に処理施設に搬入するのが難しくなる。そこで力強い味方となるのが、長野トヨタ自動車と日本ジビエ振興協会が共同開発した移動式解体処理車「ジビエカー」だ。一時期話題になったので、ご存知の方も少なくないだろう。

このジビエカーを東部に1台待機させ、個体を現地で一次処理(皮剥から内臓摘出まで)を行い、その後に加工センターまで運搬して、部位解体は施設の方で行う。まさにジビエ先進エリアの長野ならではのシステムといえるだろう。

(了)


狩猟専門誌『けもの道 2019秋号』では本稿を含む、狩猟関連情報をお読みいただけます。note版には未掲載の記事もありますので、ご興味のある方はぜひチェックしていただければと思います。

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