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狩猟王国北欧スウェーデンの猟犬事情とウェルフェア

本稿は『けもの道 2020春号』(2020年4月刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


文・写真|藤田りか子

著者プロフィール|藤田りか子
スウェーデン在住。動物ライター、ドッグセミナー講師。スウェーデン農業科学大学野生動物管理学部卒業。生物学修士(M.Sc)。趣味はドッグスポーツで競うこと。犬はレトリーバー。犬のブログサイト「犬曰く」運営者。主な著書に「最新世界の犬種大図鑑」(誠文堂新光社)。

屈指の動物福祉国であり狩猟国

スウェーデンはスイスと並ぶ世界一の動物福祉国として知られている。これは厳しい動物保護法が存在することも意味している。ペットショップでの犬猫の生態販売が禁止されているのはもちろんのこと、犬が入るケージについても、体のサイズによってその大きさが法律で定められているほどだ。

矛盾しているように聞こえるかもしれないが、同時にスウェーデンは世界的な狩猟王国でもある。

狩猟は一部の人の、ではなく万人のホビーだ。狩猟人口は30万人。人口千人に対して約30人(3%)が狩猟免許を持つ。狩猟家の割合の高さはヨーロッパではフィンランドに次ぐ第2位。比較としてイギリスは人口千人につき約9人(0.9%)、ドイツは約4人(0.4%)。日本は約1.6人(0・16%)だ。

ヘラジカ(北欧、シベリア、北米に存在する世界一大きなシカ)の狩猟解禁日には会社を休んでも社長をはじめ、みな納得をしてしまう、というぐらい狩猟は誰もが認めるスウェーデンの国民的アクティビティなのだ。

北欧では森の王者と言われているヘラジカ(あるいはムース)。世界一大きなシカ。重さは500Kgほど。スウェーデンでは狩猟のゲームとしてはもっとも一般的でもっとも人気がある

他の欧米諸国と異にするさらなるユニークな点は、一般市民が狩猟に対して深い理解を示しているということ。

2018年の統計では89%のスウェーデン人が狩猟に対してポジティブに受け入れているという結果が出た。これは世界一の寛容さだとも言われている。

その背景には、スウェーデンの狩猟家の間で狩猟エチケット、環境・自然に対する倫理感が高く保たれていることに一因があるだろう。スウェーデンの狩猟家にとって狩猟における絶対的倫理がある。それは「獲物となる動物を苦しめないこと」。

手負いにした動物は何がなんでも捜し出し、仕留めることで苦痛を取り除く。これは鳥猟、獣猟関係なくありとあらゆる狩猟のシーンに適用される概念だ(そして法律でもある)。手負いの鳥や獣を捜し出すためにトレーニングを受けたレトリーバーやブラッドトラッキング・ドッグを携え狩猟することも求められている。

個人の狩猟モラルの高さは、動物福祉国としての倫理の高さと連動しているともいえる。スウェーデンにも動物愛護団体は存在するしその中にはもちろん狩猟を反対する人はいる。しかし団体に属しているほとんどの人は「動物のウェルフェアが守られている限りは」ということで、狩猟文化を認めているのだ。

ちなみに政党の中で狩猟に対してもっとも賛成姿勢を示しているのは他でもない環境政党である「緑の党」である。

かつて狩猟犬は道具にすぎなかったけど

狩猟家の野生動物に対する尊厳や倫理観は、もちろん彼らにとって大事な片腕である狩猟犬にも向けられている。

「犬は狩猟道具に過ぎない、という考え方をする人は、昔は多かったです。しかし80年代ぐらいから動物がより理解されるようになった。感情があり、苦痛を感じる。そして習性というものを持ち、ニーズを持つ。だからこそ人は尊厳をもって動物と接しなければならない、という考え方が広まりました」

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