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春一番/3月2日

手元にある季節それぞれの服たち、今季はこれが最後に着る機会、などと認識もしないまま、自然は勝手に移ろってゆく。前へ前へと、私たちが置いてきぼりにされて進んだと思ったら、急に猛スピードでバックしてきたり。私たちは揺れ動かされながら、知らぬ間にそれらの服を洗い、しまい、前の季節に閉じ込めて、次の季節に最適な服をまた、手にする。肌に触れる。

服をしまうタイミングが読めないのと同じように、新しいシーズンにそれを引っ張り出すタイミングも突発的だ。
その衝動がふっと沸き起こるのは、カレンダーを1枚めくった日だったり、季節の変わり目の雨が降った朝だったり、からだの調子にささいな変化を感じた夜だったり、自分の中の、何かわからぬ“何か”を変えたい時だったり。

取り出した服は、鼻に慣れないあまい香りをふわりと匂わせる。今使っている柔軟剤と、前に使っていたそれが、異なる香りだから、敏感になっているだけなんだろうか。それとも、タンスの中で眠っているように見えて、服もまた、生きていた証なのだろうか。
今日はそんな香りをまとって、1日を過ごした。私とその服の、今シーズンの着初めの日。

いつだって、「最初」は、だけは、ちょっと特別だ。これから進む日々の中で、あっという間に忘れちゃうんだろうけど。洗濯機に放り投げては、洗い、干され、着られ。これをまた、何度となく繰り返す。日々の営み。

香りは、ぬるく湿った春一番にあおられて、いっそう甘くたちこめて、私の鼻をさっと、かすめていった。

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