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デザイナーが患者を理解する

インクルーシブにユーザーを理解できるのか問題

こんにちは、株式会社CureAppでデザイナーをしています、精神科医師の小林です。

本記事はCureAppアドベントカレンダー14日目の記事として投稿しています。

インクルーシブデザインという概念が浸透する中で、デザイナーは自分たちが想像することすら難しいユーザーへの共感と理解を求められるようになりました。
以前Goodpatchとの勉強会でも議論しています。

しかし、人の抱える課題はあまりにも多く「インクルーシブに理解しましょう」と言われてもあまりの自由度の高さに途方に暮れてしまうのが本音です。

自分にはない特徴や不自由さを持つ人々を理解するため「まずはここから理解してみましょう」という指針は作れないでしょうか?
今回は誰もがなりうる「患者」という存在を対象に、医師は患者をどう理解しているか?そしてデザイナーは患者をどう理解したらいいのか?ひとつの軸を考えてみます。

医師は患者の構造と機能を理解する

「患者」とは医療サービスを受ける主体であり、医療者からの診断を受けることではじめて患者になります。どんなに体に不調をきたしていても、診断を受けない限り患者とは言えません。

医師が受診した人を患者と確定する際、その人の「構造」と「機能」を中心に病気を診断します。
たとえば発熱、咳、のどの痛みがある場合、頸部のリンパ節を触り、喉を観察し、頸部の呼吸音を聴き、肺の音を聴き、心臓の音を聴き、腹部を見て触り、腹部の音を聴き、脚の浮腫なども確認します。そしていくつかの検査を行い、診断に至ります。

こうした行為は正常とのズレ(異常)を確認する作業であり、そのズレの情報を統合して可能性のある疾患を絞り込んでいきます。
異常を知るためには正常の構造と機能を理解している必要があり、医学生の頃から膨大な知識を習得し、経験に基づいて個々の異常を見極めるようにトレーニングされています。

そしてできるだけ正確な診断を下し、病気を治療することが医師に求められる仕事です。

診断し、治療することが医療の主なターゲットですが、その先の生活も何とかしたいと常に考えています。

デザイナーは患者の行動と制限を理解する

インクルーシブデザインを実現するために、非医療者であるデザイナーも医師と同じように「構造」と「機能」から患者を理解するべきでしょうか?

たぶんその必要はありません。学習コストがあまりにも高いうえ、医師のように診断と治療を行うわけではないからです。
ではデザイナーは何を基準に患者を理解すればいいか?ひとつのアイデアは「行動」と「制限」を理解することです。

たとえば糖尿病を考えてみましょう。糖尿病の患者は糖尿病でない人と何が違うのか?
体の中の異常やメカニズムは置いといて、症状として口の渇き、倦怠感、多尿、しびれなどが出ることがあります。そして、人によっては毎日注射をしなければいけません。
これが日常生活の中で生じた場合、どのような行動がどのように制限されるでしょうか?仕事中に口の渇きで何度も水を飲んだりトイレに何度もいかなければならないと何が困るか?注射を繰り返すことで生活にどのような支障が出るか?
たとえ直接糖尿病患者から話が聞けなくても、症状や治療法の情報を基に日常生活を推測し、課題をイメージすることができます。

また、糖尿病では多くの人が無症状ですが、診断され治療が開始されたときに大きな心の動揺が現れます。こうした心理・社会的な変化をイメージすることも重要で、たとえば自分が病院で糖尿病と診断されたらどう思うか、家族や職場との関係がどう変化するかを想像することも大切です。

このように、病気のメカニズムは知らなくても、症状や治療法といったアウトプットの部分を知ることで生活における行動と制限は見えてきます。これはむしろ医療側の思いが及びにくい領域で、どうしても病院やクリニックの中で患者の診療を完結させると診断と治療へのウエイトが大きくなってしまいます。

ソーシャルワーカーや訪問看護など個別の生活に寄り添い支えている人たちももちろんいますが、広い範囲の人たちに向けて何かを作るデザイナーの視点で生活を見ると、また違ったものが見えてくるはずです。

実際の患者と意見を交わす前にこうした推察を行うことで、より深い洞察が得られ、多くの発見がもたらされます。さらに関心が高まれば、改めて疾患そのものの構造と機能の異常について学ぶことも可能です。これはもちろん大変な作業ですが、最初にメカニズムからがんばって学ぶのではなく、アウトプットから逆にメカニズムを辿ることで理解はしやすくなりそうです。

行動と生活から考えることで、医療とは逆の思考過程をたどれるかもしれません

限られた知るチャンスをどう生かすか?

特定のカテゴリに属する人のためのインクルーシブデザインを考えるとき、その人たちから話を聞き、観察することはとても大切です。しかし、プロジェクトの正規メンバーにでも入っていない限り、相手を知るためのチャンスはかなり限られます。
どうしたら会えるのかもわからないようなマイノリティの方たちや、何らかの理由で本当に生活に困っているような人たちとアポイントを取ることは大変な作業です。

短い時間で有用な情報を多く得るためには、手ぶらで挑んではいけません。
事前準備として作り手が何をわかっていないかを把握し、調べられる情報をできるだけ調べ、課題を推察することで調査のフォーカスは定まりやすくなります。

調査を受ける相手もたいていの場合、何か自分が役に立てることを期待し、役に立った手ごたえを感じたいと考えています。こうした期待に応えるためにも、十分な情報を引き出すための準備は大切です。

自分の生活における行動の制限を理解してもらい、その解決策を提供してもらう。それは病気そのものを治すことと同じくらい患者が求めているかもしれません。


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