読書の記録#5 そして、バトンは渡された
そして、バトンは渡された(文春文庫) 瀬尾まいこ(著)
今大人気の本屋大賞受賞作
本屋大賞に外れ無し。
書籍のジャンルとして王道の小説、せっかくなのでと本屋大賞受賞作を手に取ってみたが、非常に幸せな気持ちになった。
本屋大賞は書店員の投票で選ばれるので、他の〇〇賞に比べると庶民派な印象がある。正直、他の賞の受賞作で「なんだこれ」とピンと来ないことはよくあるのだが、本屋大賞は必ず面白い印象がある。自身の文学的センスの無さに絶望すると共に、庶民感覚の"面白い"はちゃんと自分にも響くのだなと安心する。
この本は今本屋に行けば必ず目にするだろう。記憶に無いとすれば目的の本が決まっていてそれを購入してすぐ店を出たか、小説に全く興味が無いかのいずれかだろう。と言うのも、今月文庫版が出たばかりなのだ。そして、本屋大賞受賞作ということもあり各書店でも人気は高く、現在大体の書店で新書や小説の人気ランキングでトップ3に鎮座している。女優や歌手として名高い上白石萌音氏が解説部分を担当しているのもあり同氏一押しといったPOPや帯が散見されるというプラスアルファの要素も有しており、本屋を一周すれば目につくと断言できるくらい売り出されている。
新感覚な、日常を見守る没入感
前段が長くなった。
まず、読んでいて思ったのは「新感覚」である。と言うのも、この小説決してテンポが抜群に良いわけでは無いのだ。
主人公の経歴は非常に動きがある経歴をしている(本の裏面に記載の範囲で言うと、『幼い頃に母親を亡くし、父とも海外赴任を機に別れ、継母を選んだ』といった具合である)のだが、キャラクターはそんなに動きがあるタイプではなく、作中でも動じることはほとんど無い。無縁とまでは言わないが、感情の浮き沈みも極めて少ない作品である。特段劇的な展開があるわけでもなく、日常が流れていくのだ。
それでいながら、どんどん作品に、キャラクターに没入していくのだ。かなり序盤から引き込まれていくのはなんとも不思議な感覚である。過去の描写と現在の描写を上手く行き来する構成、それぞれの人間性が魅力的で興味深い登場人物たち、絶妙な距離感の主人公と主人公の"今の”父親。全ての要素が読者を作品に引きずり込んでいき、1人の女性の生き様、そしてその周囲を取り巻く人たちの生き様を見守る気持ちにさせていく。
何気ない日常を描いているシーンが多く、前述したように文字だけ追うとそこまでテンポが良いとは思わないだろう。なのに、全くそれが気にならない。なぜなら生き様を見守る側という立場に自らを置いているからなのだろう。私自身が感情移入をあまりしないタイプの人間なので、この感覚は新しかった。そのくらい世界観が自分の脳内に構築される作品である。
秀逸な構成
この小説は2章構成となっている。まず、この2章立てがとても良かった。1章が終わるころには完全に私は「見守り人」となっており、その目線で2章を読むので文字面と実際の感覚が大きく異なる体験をする。
第1章だけ読んでも作品としては成立しており、第1章だけならちょっとハートウォーミングな作品といったところだろうか。その第1章の体験をベースにした第2章で本当の完結を見る。いや、ストーリーとしては完結というよりも、to be continued...という感じだろうか。その後に思いを馳せるような、温かい気持ちで本を読み終えることとなる。
そして、1章の出だしもとても良い。
前述の通り、本の裏面には『幼い頃に母親を亡くし、父とも海外赴任を機に別れ、継母を選んだ』という文面が躍っているのだ。あらすじにこの内容が書いてあったら、読む側もちょっと緊張しながら、波乱万丈な展開を予想しつつ本を開くだろう。そして開いたら、第1章の出だしから想像もしない文章で始まるのである。脱力系とも言いたくなるような書き出しは解説で上白石萌音氏も絶賛しているが、この書き出しのおかげでなんとなく緊張していた気持ちが瞬間和らぐ。ゆったりとした姿勢で物語に入っていくことができるのだ。この出だし無くして、この没入感は得られないだろう。是非本を手に取って読んでみてほしい。
さらに、ページ割も非常に面白い。意識的に「次のページでどんな言葉が来るんだろう?」と思わせようとしているであろう構成が時折なされている。ページをめくるワクワク感を途切れさせない力があり、400ページを超えた終盤でページの構成もあり爆笑したシーンがあった。次のページをめくりたくなる仕掛けも非常に秀逸であると感じた。
得も言われぬ感動を体験
再三の記載となるが、読み終わったときには温かな気持ち、なんとなく幸せな気持ちを抱いた。言葉に表すのが難しい、得も言われぬ感動である。人の繋がりから得られるものの可能性を感じた、などと言えばカッコいいのかもしれないが、そんなに単純な話でもないのだ。「なんか感動した」「なんか心が温まった」が1番しっくりくる。
そして、登場人物を「見守る」感覚で読み進めていくので、他の作品以上に自分なりに登場人物のイメージ像が途中から出来ていることを感じる。それぞれに自分なりの登場人物達がいて、おそらく育ってきた環境等でそれが大きく乖離するように思うので、今から実写化が怖い、あるいは本の構成が秀逸なだけに実写化すると観る側の没入感をどのように演出していくかが大きな鍵になるだろうな…などと勝手な思いが浮き上がる。
読み終えてからこの記事を書き始めるまでに1日経っているのだが、それでも冷めやらぬ熱、感動。読後感がここまで残る作品も珍しいように思う。読み終えた時の感覚はなかなか体験しづらい貴重なものであり、是非1度読んでいただきたい作品だ。
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