昨今の円安をどう考え、これからの日本にどう活かすべきか?
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9月の第二集と第三週は忙しくて、色んな人が色んな事を言っている「円安論壇」に参加できずに時間が経ってしまったので今更感があるかもしれませんが、昨今の歴史的な円安傾向をどう考えるべきか?今後の日本にこの状況を活かすにはどうしたらいいか?を考える記事です。
数ヶ月前に会員向けのレターみたいなもので、私はこう書いていました。
まあだいたいこの通り↑な状況になっている感じで、アメリカのインフレが収まりそうになったら米国利上げはもう終わるかも?という期待で円高になり、一方で「やっぱり米国のインフレ収まらなかったね」となったらまだまだ米国利上げかも?という予測が出て円安になる・・・という展開が続いているという感じでしたね。
ただ、上記の私の過去記事でも書いたんですが、この『円安局面』を乗り切れたら、日本が抱える色んな課題に新しい解決の道が出てきて、狭い狭いど真ん中の道を慎重に通り抜ければ新しいタイプの繁栄の道も見えてくるだろうと思っています。
そういう意味では、今回の円安で短絡的に「日本はもう終わりだ!」となるのも良くないが、何の心配もない、全く今までのままで万全なのだという風になるのも良くない(笑)
過去20年の日本における「改革派」は、問題をちゃんと深く理解せずに「とにかく今の日本はダメだから変えろ」と騒ぐだけしかしないから「本当に変える」こともできなかったのだと私は考えています。
その「改革案」はよく”日本社会の実態”に即して検討されていないので当然反対されるわけですが、それを経済面では「既得権益者の抵抗勢力をぶっつぶせ」とか、ポリコレ的な面では「国際社会に遅れた後進国のジジイどもを排除しろ」とか言ってさえいればいい簡単なお仕事が通用した時代は終わらせなければ、本当に「変える」ことなどできません。
というわけで、この円安をどう考えるべきか?というのを多少の基礎的な背景知識も整理しつつ、長期的に見てこの円安に日本がどう対応していくべきか?についての指針を考えるというのがこの記事です。
この記事の一番最初の部分は、金融の知識が十分な人にはいまさらな部分も多くあるかもですが、そんな人にも後半は意味がある記事だと思うので飛ばし飛ばし最後まで読んでいただければと思います。
簡単に自己紹介すると、私は学卒で外資コンサル会社に入ったあと、そういう「グローバルな手法」と「日本社会」の分断を埋めてシナジーさせる新しい視点がそのうち必要になると思って、ブラック企業や肉体労働やカルト宗教団体への潜入とかやったあげく今は中小企業コンサルティングをしている人間です。(なんでそんな事していたのかとかそういう話に興味があればこちらの三回連続インタビューをどうぞ)
つまり、円安問題を扱うにあたってドル円市場に毎日触れている金融のプロという感じではありませんが一応最低限の金融の知識はありますし、外資的な国際ビジネスから日本の中小企業の現場感まで含めた「幅広い経済のタイプ」への実感的なものをミックスして知恵を出すという意味では、金融のプロの人に対しても何らか価値のある提言ができるのではないかと思っています。
特に、クライアントの中小企業の一つでは、ここ10年で150万円ほど平均給与を上げられた例もあって、単にマクロ経済的視点から評論するだけでない実態に即した「日本人の給与問題」についての感覚もあります。また、企業物価指数に対して消費者物価指数の伸びが非常に鈍い日本経済の謎といった側面でも、色々と触れてきたなりの知見があると思っています。
そういう意味で、今SNSで溢れている雑な「日本はもうダメだ!」的な悲観論でもなく、「日本は今のままで全然問題ない」という強弁でもないあたりで、今後の日本の舵取りをどうしていくべきかについて、意味のある提言になっていると思います。
(いつものように体裁として有料記事になっていますが、「有料部分」は月三回の会員向けコンテンツ的な位置づけでほぼ別記事になっており、無料部分だけで成立するように書いてあるので、とりあえず無料部分だけでも読んでいってくれたらと思います。)
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1●基礎知識としての金利と通貨の関係
過去一年間のドル円のチャートは以下のようになっていて、何度か戻りつつ段々に円安に振れていっており、年初に115円程度だったものが今144円台にまでなっています。
その理由はいくらでも深堀りして考えることができると思いますが、一番単純明快な説明は、アメリカで中央銀行の決める金利(Federal Fund Rate)をどんどん上げていっている一方で日銀はゼロ金利のままどころか量的緩和政策を続けている、そのギャップが大きいという話です。
以下の図は、米国中央銀行(FRB)の金利ですが、3月後半からかなりのスピードでどんどん上げてきており、上記のドル円のチャートと比べると、ここ数ヶ月米国で金利があがるたびにゼロ金利政策継続の日銀とのギャップが意識されて円安が進んできた事がわかると思います(実際には金利が実際にあがる日より先に”米金利が上がりそう”と皆が思う統計数字や米国中央銀行高官の発言が出た日などに動いているので完全なタイミングは一致しませんが)
で、なぜ米国の中央銀行(FRB)はこんなにもガンガン利上げをしていっているかというと、米国でインフレが深刻だからです。
以下はアメリカのCPI(消費者物価指数)の前年同月比のグラフですが、
2021年前半には1%代だったものが、今や8〜9%という、昨今の人類社会では新興国でしか見られなかったようなインフレに見舞われています。
特に家賃と食料品の値上がりが激しいらしくて、給料もインフレとともに上がると言ってもタイムラグもあるしインフレ率ほどにはあがっていないので、日本も円安でヤバいと言われていますがアメリカも大概な異常事態なんですね。
皆さんも突然家賃が来月から10%近く上げられたりする様子を想像するとビビると思いますが、今のアメリカの低所得者層はかなりキツイ状況に追い込まれていると思います。このギャップを米国民はかなり借金を増やして凌いでおり、クレジットカードのリボ払いの残高が数十年ぶりの伸び率で増えているらしい。
その膨らんだ借金に対してさらにここから金利が上がっていくというのは不可避なので、この記事の主題から外れますが、11月の米国中間選挙は凄い荒れそうで怖い感じがしています。
ともあれ、このインフレをなんとかしようとアメリカの中央銀行は必死に利上げをしていっているんですが、その「どのくらいインフレしてるのか」を示すCPI(消費者物価指数)の数字が下がりそうで下がらないんですよね。
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2●しばらくは円安傾向は続きそうだがその後は?
つまり、過去数ヶ月の間、ざっくりと言うとアメリカの金利がどうなりそうかの予想とドル円レートは常に連動して動いてきているわけですね。(もっと本質的な色々の要因が影響しているのだという考え方も一応はありえますが、少なくとも直近での値動きだけを素直に見れば明らかにこの金利差の話で上下動が決まっているといえると思います)
「CPI(消費者物価指数)の数字がそれほど上がらなかった!インフレはもう大丈夫だ!もう利上げは終わりだろう!」という予測が流れて、株高・円高に巻き戻る
↓
「やっぱりCPIの数字は下がってなかった!インフレは収まってない!まだまだ利上げはあるだろう!」という予想から株安・円安になる
…ということを繰り返してきており、米国のインフレが沈静化するまでは今後も継続して米国では相当な利上げが見込まれることから、しばらくは円安傾向は続きそうではあります。
一応現時点では米国金利は段階的に4%〜5%ぐらいまで上げてそこで止まるんじゃないか?と言われており、単純に9月第二週までのペースで「米国利上げ→円安」の比率をそのまま伸ばしていけば1ドル=160円もありえる計算になるらしい。
ただ、9月第二週に比べて第三週も実際に米国利上げがあって円安に振れましたが、日本政府の介入効果などもあって以前ほどではなかったので、「米国利上げ→円安」が一本調子に”同じ比率”でずっと続いていくという状況も外れてきているところはあるのかもしれません。(後に理由も詳しく述べますが、果てしなく円安になるという説には私は反対です)
一方で、米国金利は4−5%ぐらいにした程度ではインフレが収まらないだろう…と言っている人もいて、もし1980年代初頭のように20%とかにまでなるとしたら日本は結構ヤバい状況に追い込まれるかもしれません。米国金利が3%台でもこんなに円安なのに、20%にもなられたら…というのはちょっとゾッとするところがありますね。
1980年代初頭にはポール・ボルカーという有名なFRB議長(日本で言う日銀総裁の黒田さんのような立場)がいて、インフレが収まらない状況で突然20%という当時としても驚くような高金利を突きつけてインフレを沈静化、その後の経済安定を導いたとして”今では”英雄視されているんですね。(でも当時は一時的に強烈な株安やGDP縮小を招いて凄い大変だったし強烈な批判にも晒されていたらしい)
80〜90年代前半は日本でも銀行預金してるだけで凄い金利が付いた記憶がある人が多いと思いますが今よりもずっと金利が高い水準にあって、その中でも以下の米国金利グラフを見ればわかるように左端の赤い矢印のところで80年代初頭のアメリカで今よりかなり高い水準で金利が暴騰していますが、同じことが今の世界でできるかどうかは…
しかし、もし米国金利が20%にもなったら、日本だけじゃなくて世界中の国で大ダメージになるし、そもそもさっきのリボ払い残高の話からわかるように「米国民の中間〜貧困層」も直撃を受けて大変なことになるはずなんですね。
基本的に米国が高金利になると、新興国に向かっていたマネーが急激に引き上げられて世界中で問題が起きます。
というのは、
…というのが世界経済のルールみたいなところがあるので、米国金利が上がってしまうと、
…という事になって世界中からマネーが米国に引き返していく事になるからです。(これと同じ構造で、同じ米国内においても、米国国債の金利が高くなれば、わざわざ潰れるかもしれない私企業の株買ったりベンチャー投資とかする意味ないよねという話になって資金を吸い上げてしまう効果を持ちます)
実際、日本は日銀のゼロ金利継続が目立っているから他より顕著なだけで、今年の米国金利上昇とともに世界各国あらゆる通貨がドルに対して安くなっていて、ちょっとやそっと米国以外の国が利上げしたところでこの流れ自体は変わらないことがわかります。
例えば今調べて驚いたんですが韓国は昨年来米国ほどではないにしろかなりのペースで金利を上げてきていて、2.5%にもなっているんですが、それでもウォン・ドル相場は年初来17%程度もウォン安になっています。
イギリスも歴史的なペースで利上げをしていますが、既にポンド・ドル相場は年初来25%程度もポンド安になっている。
日本円は、1ドルが年初に115円程度だったので、145円なら26%、今これ書いてる時点では為替介入の結果結構戻ってきて143円代になってますが、これだと24%程度になります。
ダラダラと数日かけて記事を書いてるうちに数%ぐらい動いてもおかしくない話なので、なんか思ったほど「日本円一人負け」感がないなと感じるのではないでしょうか。
なんか今あらためて調べてみてびっくりしたんですが、ポンド下げすぎじゃない?あれだけめっちゃ利上げしてるのに。
上記の二国は歴史的なレベルで利上げをしているのに、日本はゼロ金利政策に追加して大胆な金融緩和も続けた上でコレというのは、むしろ日本円結構強いのではというお気持ちになってきました(笑)。
その他にもユーロ、人民元、その他新興国通貨も含めて対ドルでそれぞれなりにかなり弱くなっているんですね。
だから「円安」というよりも「世界的にめちゃくちゃドル独歩高」であり、日本は日銀のゼロ金利政策継続によってその変化が多少目立っている程度なのだ…ということがまず冷静に理解するべきことなのかなと思います。(今回の円安に日本側に何も問題がないという事を言いたいわけではないのですが、まるで日本側だけに致命的な問題があって明日日本が崩壊するとかいう話ではないということですね)
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3●危機の中では米国の「腕っぷし」が頼りになりそうだが、それは経済の強さ自体を意味しない…というギャップが顕在化している?
さて、ここまでは基礎知識のおさらいという感じで、この記事冒頭に引用した数ヶ月前の私の予想に戻って来たいのですが…
これ前半の、「米国のインフレが収まってない数字が出る→米国利上げ→円安で日本終わりだ!というムードになる」というのが断続的に繰り返されているのは当たってるんですが、後半の「全世界同時不況」にそのうちなるはずだから・・・っていう部分がなんか、現時点では思ったほどそうなってない(かもしれない)んですよね。
一応米国の実質GDPが二期連続マイナス成長になったみたいな話は出ていて、特に9月21日のFOMC(日本でいう日銀の金融政策決定会合のようなもの)以降は悲観論が米国在住者の中からもやっと聞こえるようになってきて、米国株式市場が年初来安値を更新していくなど、ヒタヒタと米国景気に関する色々と不穏な情報は流れてくるんですが、インフレ自体は全然収まらない。
米国の歴史的インフレの理由は、エネルギー価格の上昇のような世界的に同じ条件の話もありつつ、コロナの時に政府からお金を大量に配られて味をしめた労働者がよほどの高給を提示しないと来てくれなくなって賃金上昇圧力が凄いとか、コロナ自粛明けの強烈なリベンジ消費欲求に対して国際的なサプライチェーンの混乱で供給が追いついていないとか、”米国特有の要因”が色々と言われているんですが…
なんかこの米国特有の要因↑というのは結局、米国の消費者だけが、他の国の消費者よりも妙に自信満々で、多少の安い賃金では働いてくれないし、借金を増やしてでもガンガン消費する意欲が高くて、それに供給側の要因が重なってインフレになっている…というように見えますよね?
実は全世界的なドル高が始まった時期と、ロシア・ウクライナ戦争が始まった時期ってほとんど一致しているんですよね。
今までの人類社会のルールを覆すような危機が起きて、エネルギー価格もうなぎ登りになって、それを全て輸入に頼っている日本の貿易収支なんかは強烈に悪化しました。それが円安の原因のひとつにもなっている。
そんな中で、ヨーロッパの戦場から離れていて、エネルギーもほぼ自給自足でき、世界一の軍事力もある米国ってなんか安心じゃない?っていうような人類社会の本能的な空気があるんじゃないかと。
結果としてざっくり言えば、戦争が起きてエネルギーや食料の安全保障が揺らぎ、世界中の消費者がなんだかんだ心情的に縮こまってきている部分がある中、米国人だけが「いやまだまだイケルっしょ」と思っているギャップがあったという事なのかなと私は思っています。
でもこの、「軍事面・エネルギー安全保障面でのアメリカの強さ」と、「経済面でのアメリカ国民の実力」って結構乖離がありますよね。
「軍事面・エネルギー安全保障面」ではアメリカほどの国は人類社会にないですが、「経済面」でのアメリカというのは、一部IT企業などの超強いところは超強いですが、それ以外は普通か、結構弱いところもかなりある。
戦争が起きて「腕っぷしの強さ」としてのアメリカの信頼感が凄く世界的に本能レベルで頼りにされている時代にはなったけど、「腕っぷしの強さ」と「経済面の信頼性」は一致してる面もあるけど一致してないところもある。
インフレと高金利がアメリカの中間層〜貧困層を直撃しているのは、あの「超凄いところは超凄くて、ダメなところはほんとダメ」なアメリカという国の、「超すごい部分」の評価が「やっぱ非常時にはアメリカ先輩が頼りになりますッ!」的にどんどん上昇すると同時に、「ほんとダメ」なところも一緒に実力以上に評価されて、そこにズレが起きているんじゃないかと。
実際、ここまでドル高になったら、世界中で活躍しているIT企業群も為替差損(ドル高によって海外での売上が小さくなってしまう)による業績悪化が見え始めてくるだけでなく、もっと深刻なダメージをアメリカ国内の製造業とかが受けているはずなんですね。
トランプ大統領が当選した時に、中西部の製造業労働者のような層の票が大きかったという話がありますが、このドル高と利上げとインフレのトリプルパンチはそういう「勤労者層」に直撃的なダメージがある事は疑いないです。
「果てしなく円安」にはならないだろうと私が考える理由もそこで、経済はどこかだけ異様に凹んだりどこかだけ異様に盛り上がったりする傾向は長続きしなくて、一つのトレンドがある程度進むとその”副作用”も全方位的に想像もできないところに出てくるので、どこまでも一個の指標だけが一方向に動いていくようなことにはならない事が多いんですね。
「ドル独歩高&米国のインフレと利上げ」自体がもたらす色んな副作用も全方位的に存在するので、どこかで米国景気もインフレも落ち着いてきて、円安もどこかで一服することになると私は考えています。
7月後半ぐらいに、米国の金利上昇はそろそろ緩やかになるという”予想”が流れただけでドル円レートは138円台から131円台まで急激に巻き戻ったことは、「金利差の話」がなくなれば基本的にもっと円高に大きく振れていく潜在的なエネルギーは溜まっている証拠だと言えるはず。
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4●今後のざっくり予想まとめと、そこで日本が取るべき道について
つまり、ここまでの話をまとめると、
・米国と日本の金利差はしばらく開いたままになるので、
・「円安傾向」はしばらく続くと思われるが、
・「日本はもう終わりだ!崩壊だ!」というほどの円安にはならない
・むしろ円の崩壊よりも先に世界同時不況が来そう
・結果として米国金利上昇もそこそこで頭打ちになったところで次の安定期が来る
…という感じなのではないかと。
で、これからの日本をどうするか?って話なんですが、もう基本的に「経営というのは変化対応」なので、「円安基調なら円安基調を基本として変化に対応しさえすればいいしそうするしかない」わけですね。
「崩壊」レベルの円安になられたら困るけれども、そうでない「想定できる円安」ならちゃんとそれに合わせて対応していけばいい。
冒頭から日本は「狭い道」を通る必要があるがそれさえできれば独自の繁栄の道を見つけられると言ったのもそこで、世界各国が利上げに追い込まれる中で日本だけが低金利のままでいられたらそれは凄い経済的にアドバンテージではあるんですよ。
世界的な高金利が米国以外の弱い国にとって(そしてまだ信用のない新興企業や中小企業にとって)ダメージになるという話と同じで、低金利は「弱者救済」策だとざっくり言えるので、格差問題や政治的分断化が他国(特にアメリカ)ほど激しくならずに、しかし「必要な変化」を起こしていければ、日本独自の繁栄のあり方も見えてくる。
つまり大げさに言えば、世界中が金利をあげて弱者を切り捨てて行く中、日本だけ低金利で弱者救済をしながら経済を前に進めることが可能になるかもしれないってことなんですね。(もちろんその分の経済構造の転換の遅れは自分たちでカバーしなくちゃいけなくなるわけですが、その点は後述します)
円安で製造業の回帰もすでに起きている話が出ていますし、観光業もまだまだ伸びしろがある。そうやって「裾野の広い産業」を崩壊から守るっていうことは社会的安定性のためには物凄い大事なことですからね。
そして、そういう「通貨安・低金利」を利用した弱者救済をやって社会の安定性を保ちながら、同時にいかに「高度な産業」でも負けない独自の道を見いだせるかが問われている。
その「円安時代に対応した日本の勝ち筋」という話を、私は6月末に書いた以下の記事でざっくり書いています。(この記事は当時凄い読まれたので未読ならぜひどうぞ)
上記記事より引用
要は「低金利と円安」で、裾野の広い製造業や観光業を振興して、特殊な才能と能力がある人以外でもやっていける環境を守ることがまず大事なこと。
あとは、その「底堅い治安と社会の安定感」も加味すれば納得できるレベルの給与を、「国際的に取り合いになる高機能人材」に保証できるかどうか。
それを実現するには、単に「グーグルはこうなのに日本企業ってほんとダメだよねえ」と言ってるだけではダメで、以下の記事に書いたように日本企業の人事制度を適切に時代に合わせて変えていく具体的な細部の工夫の積み重ねが大事になる。
ここで重要なのは、「グーグルと額面で全く同じ給与」にする必要はないしそれは不可能だということなんですね。
アメリカのトップ企業の給与水準は世界でデファクトになっている強み(その背後にはアメリカ国家自体の軍事的プレゼンスなども影響しているはず)と、「社会の治安的安定とかそういったことの責任は一切私企業が負わない」という前提で出来上がっているので、日本企業が純粋に額面だけで見て同じ給与にすることは不可能なんですよ。
そうではなくて目指すべき水準は、
「治安や社会の安定その他のベネフィットも含めればまあ納得可能な給与水準」
…を維持できるかどうか。
今の時代は日本に住んでシリコンバレーのIT企業でリモート勤務している人もチラホラいる時代なので、「そういう”ちょうど良い”環境」を維持できるかがこれから問われているわけです。
もちろん、額面給与がやっぱり一番大事だと思う人はある程度引き抜かれていけばいいし、そういう彼らもそのうち母国に戻りたくなったらその経験を活かせるし、そういう引き抜き自体が日本の会社の給与テーブルの硬直性に良い刺激を与えて変えるキッカケになるでしょう。
要するに、例えば「給与が3倍違うと言われたらさすがに考えるが、”この程度”ならまあ安心安全メシが美味い日本で暮らしてるほうがいいよね」というような「ちょうどよい」水準をコントロールできるかどうか、これに我々は物凄く真剣に取り組まねばならないわけです。
しかしこの「適切なちょうど良さ」について考えるべきことはもう一つの側面があって、例えば日本のSNSでは
…みたいなのが結構あるんですが、こういうのは一概にそうとは言えない部分もあるんですね。
というのは、例えば「大学受験とか就活の時に失敗して無名の企業に行ったけどリベンジに燃えていて必死に頑張ってきた熱情ある人材」みたいな人がそこでフィットして、大きな会社に変化を与えるキッカケになるといったことはよくあるからです。
アメリカは日本以上に学歴・経歴社会なところがあって、「ピカピカの職歴」の内側にいる人の”閉じたサークル”度が日本よりかなり高いので、その文化の延長で今はキラキラの経歴の中にいて高い給与をもらっていても、それが本当にそれだけの価値を出しているかは結構微妙なところがある。
そういう「アメリカの美点を取り込みつつアメリカの良くない部分は修正する」ような、無数の実地の工夫の積み重ねによって、変化に対応していくことが大事なんですね。
もちろん、大抵の”高機能人材職”に対して今より高い給与を払える仕組み作りは日本企業において非常に重要だという傾向自体は変わらないと思いますが、それが単に「経歴的にキラキラの人材だけに給与が集中し、他は買い叩かれて社会が分断化されていく」アメリカの悪癖に陥らないような算段を一個ずつ積んでいく必要がある。
また、寿司職人を代表とする料理人や、建築関係などの現業職の人が物価の高い国に「出稼ぎ」に出る話もチラホラ出ていますが、こういうのも日本ではそういう人を買いたたきがちという悪癖を修正するために適切な刺激になっていくでしょう。
そういう部分は本当に「実際やってみないとわからない」し、「それぞれの業界、個別の会社の事情」が全て違うので、一つの理屈でガツンと一方向に動かすというよりも、細部の微調整を無限に無限に色んな場所でとにかくやっていくような変化が必要で。
「グーグルと同じ額面給与」でなく、「日本で安定した環境で暮らせてまあ納得できる給与」を「日本企業側の事情を踏まえた上で実現していく」というのは、色んな人が実際に外資に引き抜かれたり、やっぱり断ったりする無数の実例の積み重ねの中で常に微調整されながら「ちょうど良さ」を見出していくしかない。
「日本は終わりだ!」vs「うっせー黙ってろ」的な罵り合いを、そういう”実践面における無数の微調整の集合体”に置き換えていくことが大事なんですね。
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5●「丁寧な値上げ」をいかにやれるか?
「無数の微調整の集合体」という意味では、日本におけるインフレ対応としての値上げの進め方にも大事な問題が眠っています。
今の日本の物価の大きな謎は、企業物価指数が8%台後半もインフレしているのに、消費者物価指数が2%台で、このギャップをどこが吸収しているのか?という問題なんですよね。
米国などでは、むしろ企業物価指数よりも消費者物価指数のほうが大きく上昇している事が多くて、「物事がわかってる企業間取引でなく、言い値に従わざるを得ない消費者相手に便乗値上げして利益を得ようとする人たち」が多いということなのかなと思っているんですが(笑)
私のクライアントで、少し大きなグループ内に「toB(対企業)」の仕事と「toC(対消費者)」の仕事があるクライアントと議論をした事があるのですが、今の日本ではコロナ禍の対策などで簡素化が進んで、今まで過剰サービスになっていた部分のコストをカットして凌いでいる部分もあるのではないか?という事でした。
そのクライアントの経営者によると、「対企業」での価格転嫁は順調に進んでいるけれども、「対消費者」は日本の場合すぐには上げられないので、その分を色々と今まで過剰にやっていたサービスの簡素化などで吸収しようとする取り組みが結構起きているのではないか?ということでした。
少なくとも彼の会社ではそういう要素は結構ありそうなんですが、とはいえこれは「消費者物価を上げない」ことを意味するんではないんですね。
「一般消費者目線」で見ると値上げは嫌ですけど、経済全体で見ればインフレに素直に従っていくことは大事なことではありますからね。
だから過剰に値上げに抵抗し続けると、アメリカみたいにコロナで百万人死んだけどその分国民が若返ってよかったじゃないか的に経済を無理やり正常化させる方が勝利の道でした・・・的な「負け方」を日本はまたしてしまうわけですけど。
そうじゃなくて、「同じ値上げをするにしても、消費者へのダメージが少ない形」を模索しながら上げることができれば、社会不安に繋がらずに、低所得者層の生活を直撃せずに済むはずだってことなんですね。
そうはいっても今年後半、来年にかけて日本でも相当な値上げが来るはずで、むしろ来ないとオカシイというか、来ないことが逆に経済にとって大問題という話ではありますが、それをいかに「実質的な生活者へのダメージ」にならないような工夫を積み上げた上で変えていけるかどうか。
そのあたりで、「経済は回るが社会不安は募る米国」と「経済は回らないが社会不安は多少抑えられている日本」の違いが出てくる領域があるのだと感じています。
そういう「性質」が日本経済にあるのはもうサガだから変えようがないし、それに抵抗しようとするよりは、そういう「サガ」を利用した上でいかに必要な値上げをやっていけるかどうかが大事なんだということですね。
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6●「アメリカ一強の時代の終焉」に生まれ変わる日本
要するに、「アメリカ型の経済」というのは、ごく一部のエリート層の能力をフルに発揮させる一方で、社会の末端の効力感を奪ってカオスに飲み込んでいってしまう副作用もある。
一方で日本は「みんな一緒」的に守る力が社会にあるので、エリート層の力を発揮できずに経済全体として沈んでいきつつあるが社会の末端でアメリカほどのカオスは生まれていない。
過去20年〜30年間日本に「改革」を求める声がほとんど頓挫してきたのは、結局「アメリカ型の改革」が持つ「副作用」の部分が日本の良い部分も壊してしまう恐怖心が先に立ってきたからだと私は考えています。
要は「日本を変えたい」なら、「副作用」の部分もちゃんと考えた上で自分たちなりのやり方を独自に考えないといけないわけですね。
「変えたいという気持ち」をいかに「日本の実情にちゃんと合ったものにするか」が問われている。
昨今、オランダとかドイツの事例を参考にして、「リスキリング」とか「同一賃金同一労働」を目指した動きが日本で旗振られていますが、その辺りの改革を丁寧にやっていくのは良いことだと思っています。
ただし、単に欧州の事例を持ってきて日本ってダメだよね的に出羽守するんじゃなくて、日本社会や日本企業の実情を否定せずに向き合って巻き込み、一個ずつ丁寧に変えていく事をエンパワーできるかどうか。
最近、昔から私の本のファンだったというある大企業の幹部の人に依頼されて、普段は受けない凄い大きな会社の仕事もする機会があるのですが、20年前に比べて「日本の伝統的大企業」と「グローバルな合理性」との間を丁寧に取り持って変えていく地道な動きは徐々に板についてきていると感じています。
単に欧米の事例を持ってきて「日本ってダメだよねえ」的なことを言って終わり…みたいな論壇がだんだん飽きられてきていて、SNSでは大騒ぎしているけど現実レベルでそういう話をしている人は多くはない。
「グローバルに対するローカル社会側の事情」を頭ごなしに否定せず、しかし粘り強く必要な変化を起こしていく地道な活動をいかに皆で引き上げていけるかが大事です。
欧州における女性活躍などの施策は、その背後に労働力を柔軟に伸びている分野に転換させるような経済経営分野における国家的に練られた戦略性と合致しているからうまく行っているわけですよね。
そういう「欧州企業の戦略的意図」の部分が無視されて、片手落ちに「女性活躍」とかの部分だけ無理やり強引に取り入れようとしているから、日本では押し問答になってどちらのサイドにも不満が貯まる事になってしまっている。
単に欧米の流行を上から目線で持ってきて日本社会を否定するような論調ではなく、日本企業の特性を深く理解した上で、産業構造の転換を図っていく経済合理性を合致させた上でなら、「女性活躍」や「多文化尊重」的なものも無無理に日本社会に根付かせることが可能になっていくでしょう。
要は過去30年の日本は、「日本社会の安定性」を「アメリカ型グローバル資本主義」に食い荒らされてしまわないようにウチに籠もって守り切るだけで精一杯で、「攻め」の姿勢をなかなか取れなかったわけですけど。
そういう「分断」が放置されているから安倍派vsアンチ安倍派で延々と国葬の是非について罵り合いをする必要が生まれていたわけですよね。
しかし人類社会的に「アメリカ一強」時代が終わるに従って、やっと「自分たちの強みを冷静に見極めて時代に合わせて変えていく」ということが可能になる。
その先で、「自分たちの強みを崩壊から守りつつ前向きに変えていける」情勢になってくれば、とにかく今は非妥協的に日本社会を呪詛するタイプの左翼さんの大部分も、とにかく今は日本社会の一貫性を守り切るためにちょっと排外的になりがちな右翼さんも、大部分は問題なく乗っかれる流れを作っていけるはずだと思っています。
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もう少し「円安を受けた必要な改革」の具体的な話については、既に結構長くなっているので「後編」で書きたいと思っています。
「後編」はこちら↓
上記のリンクの「後編」では、「メタ正義感覚」という大事な発想について述べます。
先日ニュースピックスというメディアで堀江貴文さんが農業について専門家と語ってる動画を見たんですけど、堀江氏は牛肉で結構農業に関わっているので、単純に「古い考えの奴らが全部悪い」みたいになってなくて凄く良かったんですよね。
北海道の一部農業のように物凄く儲かっている農業と、山間部の棚田のような全然儲けはないがそこに存在する事の社会安定化効果が大きくて、観光などと組み合わせれば可能性がある農業など、そういう「千差万別の事例」に対する目配りがある議論をしていて、「やっぱりちゃんと関わっている分野では違うんだなあ」みたいなことを言っている人が結構いました(笑)
平成時代の「変革」の議論は、この上記の「千差万別」の事例を物凄く単純化して、例えば「農協のジジイどもが悪い」的な謎の勧善懲悪議論にして誰かを叩きまくる…みたいなことばかりやっていたから変えられなかったんだと私は考えています。
でも、農業についても結構「必要な変革」自体は地味に起きている部分はあるんですが、ただし「世間で大きくなされる議論」が一方的な「誰か叩き」みたいなものにしかなってないので、広域の連携が必要な変化からは取り残されていて、耕作放棄地が増え続け、農業の継承もなかなか進まないでいる。
この、「農協が悪いよね」的に「日本に古くからある共同体が悪いってことにして叩くことが自己目的化している」議論からいかに離れて、「それぞれの事情を細部まで吸い上げる議論」に置き換えていけるかがこれからの日本の課題です。
そこで必要な発想を私は「メタ正義感覚」と呼んでいるのですが…その詳細については「後編」でどうぞ。
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長い記事をここまで読んでいただいてありがとうございました。後編の方もぜひお願いします。
ここ以降の有料部分では、突然ですが昨日最終回が放送された韓国ドラマの日本版、「六本木クラス」の話をします。
いやそれだけじゃなくて、過去何回か書いてきて毎回結構好評を得ている「日韓文化の違い分析」の一環で、いろいろな話題をまとめて話します。
私は「文通」しながら色んな人と人生を考える仕事もやってて(ご興味があればこちら)、そのクライアントのアイドル音楽の作曲家の人と、「最近の韓流音楽の新潮流が昔の全盛期のJポップが宇多田ヒカルさんの登場で最終局面を迎えた運命をなぞるかのようで面白い」という話をしているというのは先月の記事の有料部分でも書いたんですが、その延長としての最近新アルバムが出たBlackpinkの世界観とBTSの違いとかね。
ちなみに過去に結構バズった「日韓文化の違い」記事は以下のようなものがあります。
特に、上記記事で書いた「韓流コンテンツは一人の男を文句なくかっこよく扱うために、別の男を殺したり徹底的に極悪に描いたりしなくちゃいけなくなる問題」が、六本木クラスではどうなっているのか?みたいな話が以下の最大のテーマかな。
それは、日韓文化の違いだけでなく、今後の日本社会が提示していくべき価値観のコアの問題にも関わってくる内容だと思います。
「六本木クラス」は、文通してる人に薦められて途中からネットフリックスで見たんですけど、なんか凄い良かったです。久々に日本のテレビ局が作ってるドラマ見たけど凄い楽しめました。
韓流ドラマの美点であり「マジかよ・・」と思う部分でもある無理やりな展開がある程度自然になっていたり、過去20年の日本が脈々と積んできた「ツンデレカルチャー」の蓄積が平手友梨奈さんのキャラクターとフィットして凄い魅力的になっていたりとか、日本版ならではの美点も結構ありました。
一方で韓ドラだと自然だけど日本だと微妙に感じるような展開もあって、その違いは何なのか?とか、例の「韓流音楽の新潮流」の話と合わせて今後の日韓社会の行く末みたいな話につなげたいと思っています。
ちょっとアレモコレモ本質的で大事な話が満載で、ここからさらに1万字ぐらい続く過去最長?の有料部分になりました(笑)
結局だれしもみんな「誰かが誰かを思う存分好き」になってる映画とか実は見たいんだけど、それを成立させる前提が年々難しくなってきて、それを超えるために色々とアクロバティックな設定が考え出されるんだけど、それが単なる苦労の押し売りにならない意味を持つようにするにはどうすればいいのか?という話をしたいんですよ。
ご一読ください。
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また、この連載の趣旨に興味を持たれた方は、コロナ以前に書いた本ではありますが、単なる極論同士の罵り合いに陥らず、「みんなで豊かになる」という大目標に向かって適切な社会運営・経済運営を行っていくにはどういうことを考える必要があるのか?という視点から書いた、「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」をお読みいただければと思います(Kindleアンリミテッド登録者は無料で読めます)。「経営コンサルタント」的な視点と、「思想家」的な大きな捉え返しを往復することで、無内容な「日本ダメ」VS「日本スゴイ」論的な罵り合いを超えるあたらしい視点を提示する本となっています。
また、上記著書に加えて「幻の新刊」も公開されました。こっちは結構「ハウツー」的にリアルな話が多い構成になっています。まずは概要的説明のページだけでも読んでいってください。
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倉本圭造のひとりごとマガジン
ウェブ連載や著作になる前の段階で、私(倉本圭造)は日々の生活や仕事の中で色んなことを考えて生きているわけですが、一握りの”文通”の中で形に…
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