見出し画像

[無料]1月14日、遭難パーティーのリーダーでした

常々、「遭難して生還したら記録を出してほしいな、読みたいから」と言っているのに、自分が関わった遭難について発信しないのはアンフェアであろうと思い、記録を残すことにしました。未来の誰かのお役に立てば幸いです。同じ状況になったとき、自分ならどうするか考えてみてください。

↓こちらの件のリーダーをやっていました、松本です。その節はアドバイスやサポートなど、関係した皆様ありがとうございました。

『八ケ岳で野営中に体調不良 東京の51歳会社員女性救助』

なお、要救助者は休憩によって回復し、その後の急変も無く自分の足で歩いて下山しています。装備は仲間で背負い、仲間が後ろから緩く確保して歩きました。

メンバー

私をリーダーとして男性5人、女性3人。うち、男性2名と女性1名(以降Xさん)がテント泊で私を含めた5名が黒百合ヒュッテ泊です。テントは3名がそれぞれ自分のテントを持ってきており3張り張りました。(ソロテンの風潮にはなにかとありましょうが、それぞれのテントでソロ泊をする訓練とお考えください)

年齢層としては概ね50前半代で、最年少の私が47歳。いつも一緒に登っているメンバーで、今回は雪山訓練として、ここ5年ほど毎年1月か2月に登っている天狗岳登山のために来ました。

クライマーの仲間ではなく、主に一般登山を一緒に行なっているグループのメンバーです。山岳会ではありません。

1日目

日程と行動予定と実際の行程(ある程度回復するまで)

計画はヤマレコで作り、コンパスで提出しています。今回、Xさんは一応自分の計画として別途提出してあったそうです。

2024/1/13(土曜)
天気は曇りのち雪。
09:07 茅野駅着
09:25 渋の湯行きのバスで渋の湯へ
10:45 渋の湯着(標高1850m)
11:00 出発
13:45 黒百合ヒュッテ着(標高2400m)
小屋受付、テント設営、斜面の登下降の練習など。16:30に終了して、それぞれ小屋とテントに戻った。風と粉雪で寒かった。小屋前の気温は-13℃。

設営時は風と吹雪。場所にもよるが、ここは雪が少なくテントを張りにくい。

20:00 テントの様子を見に行き会話。全員元気。

2024/1/14(日曜)
快晴。気温-17℃。
7:30出発の予定で各自準備。
計画では8:45東天狗着、西天狗の往復9:55、11時に黒百合ヒュッテ、以降撤収と下山としました。

テントは中山峠への出口寄りに張られた(3つまとまっているテント)。
2日目は快晴でテン場は無風、ただしんしんと寒い。

05:34 Xさんから「おはようございます。今トイレに出てきてます。樹林帯まで行けない気がします。天狗岳行きはリタイアしようと思っています」とメッセージが入り、5:54に気付いて「寒さが応えましたか」と返信。

今思えば、このときにすぐ小屋に連れてきて休憩させればよかったし、トイレは小屋と続きの建物で、窓の外から私が広間にいるのが見えたそうなので、寄ってくれれば事態は変わっていた可能性があります。

06:20 テントの様子を見に行き、3人と会話。
Xさんはガス缶を寝袋に入れておらず、冷えてしまって火力が弱いと言っていたので「手で温めれば気化するよ」とアドバイス(僕はガスが冷えているときはいつもそうしていたのだけど、女性に勧めるのは良くなかったかも)。その後、一応お湯を沸かして温かい食べ物を食べたようです。

気温は-17℃でした。

6:50頃 テント組でそれぞれ会話し、Xさんも普通に喋っていたとのこと。(後で聞いたので、7:10時点で会話があったことを私は知らない)

7:10頃 出発時間前にテントに行って声を掛けると、男性2名は元気だけどXさんは反応が無い。トイレにでも行ったかな?と考えていると、ゴソっと音がしたので、あれ?いるんだ、と思って再度声を掛けたけど返答がありません。

あれ?おかしいなと思っているとテントの壁がモコッと膨らんで、その後動かない。その部分を揺すって声を掛けたところ呂律の回っていない声で何か言ったので、「あ!低体温症出てる!やばい!」と男性2名に声を掛け、Xさんを寝袋とシュラフカバーごと引っ張り出して3人で担いで黒百合ヒュッテに運び込みました。この時点で登山計画は無くなり、全員での下山を目指すことにしました。この判断については迷いなく即決。

この時Xさんの顔は白く、声を掛けても反応がありません。本人が言うには音は聞こえて運ばれていくのも分かったそうですが、目を閉じ声も無く、客観的には意識を失っているように見えました。震えもありませんでした。

※なお、低体温症が進行したばあい雑に動かす事で冷たい血液が心臓に至り心室細動を起こすリスクがあり、移動のさせ方や移動させるかどうかは判断が難しいです。今回は、避難先が近く気温が低い場所に置いておくよりは搬送した方が良かろうと判断して、3人で出来るだけ水平に抱き抱えて移動しました。結果、低体温症としては軽度だったためか問題は起きませんでした。

ここから7時半までは時刻の記録が無いので、感覚的なものになります。

小屋の玄関に担ぎ込み、そこで準備中のメンバーにお湯を出してもらい、適度に水でうめてコップを口元に持っていくと飲むので、しばらくはお湯を飲ませて、手を他のメンバーに温めてもらい、首筋に使い捨てカイロ、ナルゲンボトルにお湯を入れて湯たんぽを作りお腹部分に入れるなどの加温と保温を行いました。おそらくこれが5分から長くて10分くらい。

その後、玄関は混むので、ということで窓辺の売店と食事のスペースに移り、本人のスリーピングマットを取ってきてもらって下に敷き、お湯を飲ませていると「お湯が熱い」と言って、反応が戻りました。たぶんここまでで、搬送から10~15分くらい。

すると、山岳ガイドもされている医師(以下A先生)が診に来てくれました(慌てていて発想が無かったが、「お医者さんはいらっしゃいませんか!」と言えばよかったのかも)。

A先生が最初に確認したのは、脈拍(80~90)と、自分が誰で、昨日と今日は何をしていたのか質問でした。自分が誰か、名前や住所は答えられるけど、この時点では昨日の記憶がハッキリしない状態でした(後で記憶が戻った)。

A先生の見立てによると、「低体温症にしては手が温かく、脈拍も多い。回復も早すぎることから低体温症で意識を失った可能性は低い、持病(なお本人の自覚では持病は無い)の可能性もあるし、最悪としては一時的な血栓による脳の障害で、血栓が流れて一時的に回復した可能性も捨てきれない。なんにしろ、これという決定的な原因は断定できない」とのことでした。(記憶と要約でニュアンスが変わっている可能性が大いにあります)

7:35に、小屋の方が玄関広間に布団を敷いてくれたのでそちらに移動。7:45には体を後ろから支えてお湯以外のものも飲めるようになったので、メンバーが作った甘酒を摂取。まだ立てないけど、一応の危機は脱しました。甘酒を飲ませたあとは時々ブルっと震えており、この時点の体温が35.4℃でした。

8:00~8時半頃(かな?) 仲間に支えてもらいながらトイレに行き、帰って来ると「ふらついて、この状態で登山道を歩いて下るのは無理」とのことでした。

救助要請をした判断

私が救助要請の判断をしました。救助要請をした理由は「最悪としては一時的な血栓による脳の障害で、血栓が流れて一時的に回復した可能性も捨てきれない」で、通常のコースタイムで2時間掛かる標高差550mの雪道を、本人が歩くにしろ担ぐにしろ、途中で急変した場合には死や後遺症のリスクがあり、搬送が可能ならば意地のためにリスクを取るべきではないと判断しました。

本人が「水分摂取が少なかった」と言っており、エコノミー症候群的な血栓はありえない話しではない考えました。

「ケガと弁当は自分持ち」という言葉があり、確かに登山者の意識としてはそのようにあるべきかも知れません。が、仲間の命と意地を天秤に乗せたとき、意地を取る判断を今回はしませんでした。自分の命だったら多少無理するかも知れませんが、仲間の命やリスクは無理ですね。

(自分の命だったとしても、自分が倒れた場合の仲間のリスクを考えなくてはいけない。体重が重いため、怪我も病気も絶対にしないようにソロのとき以上に気をつけている)

救助要請が出来ない状況ならば自力下山一択ですが、要請できるのならプロ達に頼る判断をしてもよいと思います(山屋のプライドや意地という話もありましょうが)。頼れるものがあるのならば。

また、「県警には『こういう人がいる』と一報入れてあります。救助要請をするのなら言ってください」とA先生に言っていただき(その時は気づかなかったのですが黒百合ヒュッテのご主人とA先生で対応していただいていました)、もう伝わっているのなら…とも思ったので「では救助をお願いします」ということで、県警に連絡を取っていただきました。

救助要請から、自分で歩いて降りるまで

細かい部分は省きますが、Xさんと警察が30分以上は話していたでしょうか?個人情報を含む聞き取りと会話、警察の判断をとても短く要約すると、「今異常は無いんですね、自分で立てるんですね、その小屋にまだいられるんですね、なんなら宿泊することも出来ますね、緊急性は無いようなので、民間救助隊がそこにいるのなら一緒に降りてください」という判断になり、結果だけ書くとニュースに載っていた

「諏訪地区山岳遭難防止対策協会救助隊員が出動し、女性に付き添い、14日午後1時すぎに下山した」

Yahoo!ニュース 信濃毎日新聞デジタル

になります。

警察との会話は片方を聞いていただけで、全部は聞いておらず、小屋番さん達とも会話していたらしいのですが全く聞いていないので超要約となります。あちらはあちらでプロの判断をしたのですから、こちらで思うことは何もありません。それぞれがそれぞれの立場で仕事をしただけです。他で重要度が高い遭難が発生する可能性もあり、そちらの為にリソースを温存した(または出払っていた)という可能性もあります。文句は一切ありません。

「諏訪地区山岳遭難防止対策協会救助隊員」というのは黒百合ヒュッテのご主人で、渋の湯まで先導していただきました。

A先生も急変が無いか心配していただき、本当は唐沢鉱泉に降りる予定を変更して渋の湯まで一緒に下山していただきました。歩き方や呼吸法なども様々指摘していただき、Xさんとサポートしていたメンバーが大変に感謝していました。他のメンバーも心強かったと言ってました。ありがとうございます。

救助が来ないとなったときは、メンバーによる背負い搬送を想定しましたが、結果的にはXさんが頑張って歩いてくれたので10時半に出発し、2時間40分で無事下山できました。渋の湯着が13:10。Xさんの荷物はメンバーで背負い、Xさんに腰紐を付けて急な部分は別のメンバーが後ろから引っ張ってサポートしました。なんにしろ、自分で歩いたXさんが偉かった。

黒百合ヒュッテから渋の湯までは、健常状態で歩いていればなんてことない登山道です。雪がしっかり付けば高速道路のようにスイスイ降りられる道です。が、今回はまだ雪が少なく岩が中途半端に出ており、よく見れば急な箇所もまぁまぁあり、背負い搬送だった場合は苦労したと思います。(装備をある程度残置して交代で背負いという想定をしていた)

結果的にはXさんが自分で歩ける程度には回復して、急変も無く無事に降りられたのですが、それは今回のケースがたまたまそうだったに過ぎず、いつもそうだとは限りません。検査機器も無い山の中でどう判断するのかは難しいのだなと痛感しました。

帰宅方法

今回は全員が公共交通機関での移動だったため、14:55のバスに乗る計画でした。下山後にすぐタクシーを頼めば14時過ぎくらいに乗れたのですが、依頼が遅くなったため14:50に車が到着し、なんだかんだでバスと同じくらいに茅野駅に到着しました。(判断が遅かった)

その後は乗る予定だったあずさに乗車、新宿からは家が近い仲間が付き添ってタクシーで帰宅して終了となりました。

どういう意識消失だったのか?

最終的にはなんだったのかわからないけど、Xさんの口からはこの様に聞いています。

  • 食事をあまり摂れなかった。夜の時点で食べると食欲が無くなる状態で、うどんやわさビーフなどを食べたがカロリーが足らなかったのかも。

  • テント外から声を掛けられたので体を動かそうとしたらバランスを崩してフラッとなった。貧血だったのかも。

  • 水分もあまり摂っていなかったし、寒さもあってあまり寝られなかった。

カロリー不足、睡眠不足、寒さ、疲労、水分不足など、いくつかの要因が重なって限界を超えてしまったのかなという気もします。-17℃というのは冬山では普通の温度であり、テント泊をするならばその温度に一晩耐えられなければいけないのですが、ちょっと厳しかったか…と思いました。

これが、気温が-10℃程度だったら違っていたでしょうし、最近にしては急に冷え込んだのは運が悪かったのかなとも思います。(天気予報は知っていましたが)

個人的な反省点

  • 様子を見に行ったときにテントを開けて顔色や中の状態を確認しなかった。会話だけで判断してしまった。寒かろうと思ってファスナーを開けるのをためらってしまった。

  • 調子が悪いというメッセージを見た時点で小屋に呼んで暖を取らせるべきだった。

  • 天気予報で気温が下がるのは知っていたので、テント班で寝るときは2人一緒に寝たら?とアドバイスはしていたが強くは言わなかった。小屋泊に変更させる、1つのテントで寝るように指示する、動けなくなる前に小屋に避難させるなど、別の指示や判断も出来た。

  • テントを張った場所がヒュッテから最も遠い場所で、正直に言えば張る時点で『黒百合ヒュッテの近くに張ればいいのに…』と思っていたが『あまり口を出してもなぁ』と思って言わなかった。言えばよかった。近いほうがトイレが近いため移動時間が短くこちらも様子を確認しやすい。私は必ず小屋の近くに張るようにしていた(過去3回)。

  • 厳冬期の天狗岳はテント泊含めて何度も登っており、悪天候時も含めて、これまで個人的な登頂率は100%なので油断していた。

  • タクシーを呼ぶなら下山後すぐに電話すべきだった。依頼から、車がすぐ動けても50分程度掛かります。乗車人数によっては事前に予約しておくのもアリですね。料金は9,000円でした。4人で割ると2,250円(Xさんに払ってもらいました)。

良かった部分

  • 装備に問題は無かった。冬用のシュラフや防寒着、アイゼン、ピッケルなど、装備はしっかりしていたしXさんはヘルメットも持っていた。(なお私はヘルメットなしでした、すみません)

  • 救助要請をしたこと自体は間違っていたとは思っていません。頼れるものがあるのなら、頼ってみるのは悪いことではないと思います。結果的には無事自分の足で降りられましたが、A先生は「クライミングのロープと同じようなもので、今回は何事も無かったけど、だからと言って助けやロープが要らない訳ではなかったと思います」とおっしゃってました。

  • そもそもで言えば、黒百合ヒュッテという安全地帯があり、登山中も途中までは樹林帯など逃げられる場所があるので天狗岳を訓練の場所に選んでいます。そういう意味で言えば、想定通りにトラブル対応をしたと言えます。場所が違えば無事下山ではなく、死亡というニュースになっていた可能性があります。勝手に「逃げられる場所」などと想定するなと怒られるかも知れないけど。

  • Xさんががんばった。あまり食べられず、飲めず、一晩寒さに耐えて最後は自分で歩いて降りたのですから、相当にがんばってくれたと思います。ただ、次からはもうちょい弱音を吐いて欲しいと思います。(気づかなかったけど、1日目から寒さで判断がおかしくなっていた可能性もあります)

  • お湯ちょうだい、あれ持ってきて、これやって、と指示を出せばテキパキと動いてくれて、自分でも考えて必要な対応をしてくれた仲間達も良かったと思います。良いメンバーに恵まれて嬉しいです。

以上、顛末でした

という顛末でありました。ニュースの短い文章からでは分からないことがあるなぁと、自分たちで事故って改めてわかりました。

あと少し判断や体調不良のタイミングがズレていたらXさんが死んでいた可能性も十分にあり、改めて厳冬期の雪山はおっかねーなーと思いました。

避難に使わせていただいた黒百合ヒュッテの皆様、付き添っていただいたご主人、A先生、本当にありがとうございました。また今度お邪魔せていただければ幸いです。

救助費用の精算方法

今回は民間救助隊による救助という扱いになるため、救助費用が発生します。精算方法は警察から指示が来るとの事で、あとはXさんにお任せとなります。

山岳保険に入っていればある程度保障されますので、入っていたほうがよいと思います。雪山やクライミングに対応した保険として、私は「チーム安全登山」のエキスパート会員になっています。年会費は1万円です。安いもんですよ。適用条件として登山届の提出が入っているので、毎回ヤマレコ経由でコンパスに出しています。

死なない選択をしましょう

まだ冬山シーズンは始まったばかりですが、毎日のように遭難による死亡というニュースが流れます。登山は素晴らしい遊びですが、死と隣り合わせの遊びであることを忘れてはいけないなと、改めて思いました。

どうぞみなさんご安全に、厳しいと思ったら行かない、スタイルを変える、引き返す、ビバークする、逃げ込める場所に逃げ込む、救助を要請するなど、死なない選択をしてください。結果、他の人に迷惑を掛けたのなら謝ればいいのです。死んだら謝ることも出来ません。

どうぞ、安全で楽しい登山を。

わぁい、サポート、あかりサポートだい好きー。