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ブレーンに自腹で広告を出して、初めて広告主になった話

「ブレーン」という雑誌を知っているだろうか。

広告業界に無縁の方は「見たこともない」と答えるかもしれない。ブレーンは、毎月1日に発行される広告業界誌である。その時々のトレンドを取り上げた特集や、注目されている広告事例がスタッフリスト付きで載っている。

AD(=アートディレクター)、C(=コピーライター)
といった業界独特の表記がされる


申し遅れましたが、わたくし漫画家のうえはらけいた、元々広告会社でコピーライターを5年ほど勤めていたので、この雑誌には個人的な思い入れがある。その雑誌に今回漫画家として広告を出し、生まれて初めて広告主になった。

ほとんどの業界外の方は「そんな狭い業界誌にマンガの広告を出して、何の意味があるの?」と思うかもしれない。この話はどちらかというと、そんな「ブレーン」を知らない大半の方に向けて書く。



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若手コピーライターだった僕は「ブレーンに載る」ことを一つの大きな目標にしていた。

この雑誌は社内の資料室、上司のデスク、制作会社や編集室と、広告の現場ではいつもどこかに置かれており、載っている仕事はどれも、新人の僕の目にキラキラして映った。入社3ヶ月目あたりから、毎月1日にはブレーンを手に入れ、目を皿にして隅から隅まで眺めていた。その姿は月曜のジャンプを心待ちにする少年のようだったと思う。


少なくとも半ページに大きく
できれば見開きでドーンと
自分の携わった仕事を掲載してもらうこと。

そしてその端に小さく「C:上原恵太」と載せてもらうこと。
それが一つのゴールになった。


わかっていた。
本当に著名な仕事、良い仕事が出来ていれば、業界誌に取り上げられることなど大した問題ではない。今振り返っても、あまりの志の低さに笑ってしまう。志が低いというか、目的と結果が逆転している。いい仕事をした結果、それが取り上げられるのであって、ブレーンに載ること自体は目的にはなり得ない。

しかし当時、毎日がむしゃらにコピー案を何十案も書き散らかしては「どれも良くないね」と言われる日々を繰り返していた僕は、明確に「俺、頑張ったな」と思える成果が欲しかったのだと思う。コピーライターという、作ったモノの良し悪しも成果もわかりにくい、不確実性の高い世界に身を置いたからこそ「雑誌に名前が載るという」死ぬほどわかりやすくてシンプルな結果を求めていたのだろう。

だから広告系のワナビーボーイはダメなんだよ、と失笑されてしまいそうな、典型的「何者かになりたい20代」。(実際は僕のような若手は稀である。広告主の皆さんご安心ください。)そんな僕がブレーンに取り上げられることなど勿論なく、5年の短いコピーライター人生は幕を閉じた。



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時が流れて漫画家になった僕は、そんな青臭かった頃の自分を題材にした作品を描きはじめた。

あの頃の自分の葛藤や憂鬱をふんだんに盛り込んだ、コピーライター漫画です


「ゾワワの神様」というタイトルのこの作品は2021年から細々とWEBで連載を続け、ついに単行本が出せることになった。最近は著者自らも様々な宣伝活動に奔走しなければならないので「何しよっかなー、サイン会やっても人来ないだろうしな〜」とか考えながら、職場の隣にある書店をウロウロしていた。

アイデアが浮かんだのは
そこであの雑誌を見つけた時のことである。



ブレーンに広告を出そう。


コピーライター時代の自分の願いを叶える、と言ったら大げさだとは思う。そもそもお金を払って出す広告なのだから、自分の仕事が認められるのとは根本的に違う。ただそれは、あの頃の自分に向けた罪滅ぼしのような思いつきだった。

調べると、ブレーンに広告を出すには目が飛び出るほどの額が必要だとわかった。今回漫画を出してくれる祥伝社は(多くの出版社がそうであるように)初版から作品の広告を打てるような予算体系ではない。数日間悩んだが結局、全額自腹で出すことにした。

僕は震える指で、窓口に「広告を出したいのですが…」とメールを打った。



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広告主は、こんなにも複雑な思いを抱えて広告枠と向き合い
重たい覚悟を持ってメッセージを世に送り出していたのか。

あの頃の自分は、広告のことをなんでもかんでも「コミュニケーション」と呼ぶのに若干の抵抗があった。一方的にメッセージを発信することをコミュニケーションと考えるのは傲慢だとすら思っていた。しかし今は、そういう言葉を使う人たちの気持ちが痛いほどわかる。

「過去の自分が報われてほしい」という祈りに近いような思いを抱えて、A4に満たないページに、届くか届かないかわからないメッセージを載せようとしている僕。
広告を出せばそれが即コミュニケーションになる、とは今でも思えない。しかし少なくともあらゆる広告は「コミュニケーションになってほしい」という願いとともに発信されているのだ。
そんな当たり前のことに、僕は会社を辞めやがってから3年も経って、やっと身を持って気づくことができた。

僕は慎重に筆を執りながら、あの頃の自分に懺悔するような気持ちで
一枚の絵を描き上げ、単行本の告知広告を完成させた。



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そんな折、ブレーンの担当編集の方から連絡が来た。

「広告面の隣のページを1ページご用意しましたので、
よければそちらに描き下ろし漫画を描いて頂けませんか?」

話によると担当の方は以前から「ゾワワの神様」を読んで下さっており、広告面以外でもぜひゾワワとコラボしたい、と話を持ちかけてくれた。
(担当のK村さん、本当にありがとうございました)

僕は期せずして、自身の作品を「見開きでドーンと」載せて貰えることになった。あの頃思っていたのと違うのは、そこに記載されるクレジットが「C:上原恵太」ではなく「漫画家うえはらけいた」になったことである。





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そういうわけで長くなりましたが、本日8/1に発売するブレーンの巻末にマンガ「ゾワワの神様」と、単行本の告知広告が見開きで載っています。

全貌はぜひ書店で手にとってご覧ください!


漫画家になって良かったことの一つに「広告が大好きだ」と大手を振って言えるようになった、というのがある。

今回載せてもらったビジュアルには、僕の広告愛を随所に入れさせて貰ったが、そういう「広告大好きやで!」みたいな表現は業界内部にいるとウッと拒絶反応を示されることが多い。今の自分は漫画家になったからこそ作れる物を作っているのかもな、と思った。

未だに、ブレーンの前半に載っている名作コピーやグラフィックを見るたびに惚れ惚れとする。今回掲載してくれた9月号には、自分がもがき苦しみながら毎年投稿しては二次選考にすらひっかからなかったTCC賞の発表も載っているが、そこにも少なからず何かの縁を感じてしまう。

コピーライターとしての自分の願いは叶えられなかったが、
僕は広告好きの漫画家として新しいスタートを切れたように思う。



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ちなみに、ブレーンに広告出したよ!と言うと必ず「いくらだったの?」
と聞かれるが、安い軽自動車ならギリ買えるくらいの金額、とだけ言っておきましょう。

そんなお金ポンと出せるなんてさすが!稼いでるね!と友人には言われたが

「ポン」なわけがないだろう


こんなの、漫画家の血と涙と手汗でシトシトに滲んだ札束である。
差し出した時の音は「ネチャ…」だったに違いない。
(もちろん銀行振込だったけどね)

この際だから全て開けっ広げて話しますが、僕の年収は去年やっと会社員時代の半分に達した程度である。いかに清水の舞台から飛び降りる覚悟でこの広告を出しているか、おわかり頂けただろうか。

今回の広告出稿によって僕の収支は本が重版しても赤字が確定した。

13版くらいまで行って貰わないと困る。
拙著「ゾワワの神様」は8月8日に発売でございます。
何卒よろしくお願いします。

試し読みはこちらでできます!


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