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化学実験と造形芸術を行き来する/斎藤悠奈個展「うつわの化学式」展@虚屯

規則性のない割れ方。無造作にみえる滲み。
斎藤悠奈の作品は、一見無秩序な要素が多いようにも見える。しかし実はそれが自然の秩序の発見に真正面から取り組んだ結果生まれた作品だということは、よくよく話を聞いてようやくわかる。
2020年7月15日(水)〜21日(火)に虚屯で開催の「うつわの化学式」展は、斎藤にとって人生初の個展。タイトルは、この彼女のオリジナリティを表現するべく付けられたものだ。

出会いは2019年秋。私が愛知県立芸術大学陶磁専攻に非常勤講師として通う中で、当時4年生の斎藤の作品に触れた。最初は芸術作品として(…それはパッと見た目のキャッチーさとかも含めて)面白いなと思った。しかしながら彼女の話を聞いていると、どうもそういうことだけではない。聞けば、陶磁制作に対して化学的な興味があるのだという。彼女の作品は、造形的側面だけ見ても半分も理解できないんだろうと悟った。

彼女の制作過程は、さながら「化学実験」。いろいろな実験過程とそのアウトプットとしての作品を手に取り話を聞いていると、「これは早く不特定の人に観せなければ」という衝動にも似た気持ちが湧いた。正直なところ作家としてまだ粗削り感はあるけど、むしろその状態だからこそ社会に出してみたい。これが社会に投げ込まれたら、みんながどんな反応をするんだろう。面白いと思うか? もしかしたら興味を持ってもらえないかも? いずれにしても社会になにか特殊なスパイスを入れてみる感じで、展覧会をやってみたくなった。

「うつわが描く絵」?

斎藤の作品は視覚的に惹きつける力もあるけど、そのプロセスを知るとさらに興味が強くなる。例えば今回の個展で入口に展示したこのドローイングは、斎藤自身が描いたものではない。

…というと大袈裟かもしれないけど、まあそういうことになっている。その制作過程はこういうことだ。和紙の上に、釉薬を使っていない器を置く。そこに色のついた液体を流し込むと、その液体はじわじわと器に染み込み、やがて外に滲み出る。さらには和紙に色が移り、数時間かけて独特な色と形を生み出す。彼女にとって、これが結果的に美しい作品になったかどうかだけでなく「それがそうなった背景」がとても重要なんだと思う。
・よく見ると一番外側に濃い青色の縁があること。
・青色がより拡大して赤色が器の近くで留まっていること。
・そして光も青色と赤色で届く距離に違いがあること。
・それらが関連するかどうかはわからないけど、ともかく自然界における青色と赤色でなんらかの違いがあって、その性質が作用してこの作品を生み出していること。

斎藤の興味はそんなところにあるようだ。

アーティストとして作品を生み出したい欲求から形を作っていくのではなく、化学実験を起点に造形作品が生み出されていく。「RH」(下の写真です)と題されたこの花器のシリーズも同じような過程を踏んでいる。ただこの作品が具体的にどんな制作過程なのか…私にはとても説明できないので本人に聞いてもらえれば。

斎藤悠奈instagramアカウント

化学的興味を起点としながら、結果的に私の眼前にあるのは造形的な面白さにそれが昇華した芸術作品。この「化学実験」的プロセスと「芸術造形」的結果、これこそが斎藤悠奈における作家としての独自性だ。

↑実験過程で生み出されたテストピース。細かくデータを記載している。

この秋からはソウルで新たな知見を

斎藤は、2020年に愛知県立芸術大学陶磁専攻を卒業し、本来であればそのまま韓国のソウル科学技術大学校へ留学する予定だった。しかしながらコロナ禍の影響を受け渡韓を延期し、現在は実家のある横浜市に滞在して制作を続けている。本展では展示準備から撤収まで福岡市内に滞在し、ご来廊いただいたみなさんとコミュニケーションをとった。
この秋にはいよいよソウルへ飛び、新たな知見を得ることだろう。
斎藤のこれからの活動が、大いに楽しみだ。


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