見出し画像

デパートの七階で待つ子供

信じて待つ。
出来るのはそれくらいだった。
無音の暗闇の中、GAMEOVERの文字。



今から37~8年前。
長崎屋の7階にはファミリーレストランとゲームコーナーがあった。
長崎屋だけではなく、どこのデパートにも屋上遊園地とはまた別のゲームコーナーがあり、子供が遊べる車のゲームやココアシガレットが出てくるじゃんけんピエロ、大人たちも遊べるテーブル型や立って遊ぶゲーム機の筐体が所狭しと並べられていた。

俺はそんなゲームコーナーが大好きで、暇さえあれば誰かがプレイする様子を覗き見たり、動いているデモ画面を飽きることなくずっと眺めていた。

母は俺を街に連れて行っては、ゲームコーナーかおもちゃ売り場に俺を置いていく。
別にそれが嫌だと思ったことはないし、寂しいと思ったこともない。
それまで兄弟も父親もいなくずっと一人でいたから、慣れているというかそれが当たり前だった。
その当たり前は今でも続いていて、一人で散歩しながら酒を飲むのが趣味なくらいだ。

最初は時々様子を見に来ていたと思う。
携帯電話もないご時世に小学三年生くらいの子供を一人で放置していくのだから、いくらちゃらんぽらんな親でも心配はするだろう。

だが人はいつしかそれに慣れていき、そして甘えだす。

2時間位大丈夫だろうというのが3時間になり5時間になり、ついには半日となる。
そうして俺はいない者として放置されていた。俺もそれが当たり前だと思っていた。


はじめの頃は百円玉一個を貰って小さな手でずっと握りしめながら、何で遊ぼうかと2時間も3時間も店内をグルグルしていた。
結局決められなくて、迎えに来た母に「何もしなかったの?!」と呆れられたこともあった。

なにせ一度ゲームをしたらそれで終わり。もうお金がない。
そこから何も出来ない数時間が待っている。
だから使えない。

出来ることならばなるべく長く、母が迎えに来るまで時間を忘れて続けられるくらいゲームをしていたい。
なのでデモ画面を見ながら頭の中でゲームをする。
こうじゃない!ここで避けて、これをこうして一機増やしてこっちに行って・・うーん。

それはそれで確かに楽しかった。
頭の中でシミュレーションしながらデモ画面とにらめっこ。
いつまでもやっていられた。
でもそれは百円を握りしめているからこそ楽しかったんだけれども、母は「それならお金なくても楽しいね」といつしか百円玉をくれることもなくなってしまったのだ。

だから・・・今度は百円玉が手の中にあると妄想しながらゲームを見ていた。

いつまでも繰り返されるデモ画面。
同じ場所で同じ動きをして同じようにやられるデモ画面。

夕方になり子供達は親と手をつないで帰っていく。
どんどん暇になる。
どこかの大人が(と言っても中学生か高校生くらいか)ゲームを始めると、食い入るように後ろから見ていた。

中には俺の心配をしてくれたのか「一機だけやってみるか?」とやらせてくれる人もいた。
それが本当に嬉しくて、いつまでもありがとうと言ってた。

ただ中には邪魔くさがって俺を突き飛ばす人もいた。
その時はハハハ・・・と笑って誤魔化して、ビルの隙間から夕日が見える大きな窓のところまで行って涙が出るのをひたすら堪えていた。

悔しい!辛い!寂しい!!

慣れているわけないじゃないか!
当たり前なわけないじゃないか!
寂しいに決まってるじゃないか!

ただただそう思い込んで・・・俺は自分がそういう奴なんだと思いこんで生きていたんだ。
突き飛ばされ尻餅をついて逃げ去り、夕日を見た瞬間に押さえていた感情が溢れ出す。
でも涙を流せば何もかもが終わりに思えて、ギリギリのところで堪える。
泣けばもう俺は元の俺に戻れなくなる。

お金がなくて、一人ぼっちで寂しいとは思わず、それでも楽しむのが俺の当たり前。

気持ちを整理して自分を取り戻す。
やはりそれは今でも同じだ。
今は酒とタバコに逃げられる分だけ楽なもんだが。

聴こえていたゲームの音が途切れる。
先程突き飛ばしてきた人がゲームオーバーになったのだろう。
恐る恐る戻るとすでに誰もいなかった。
そしてまた俺はデモ画面を見る。

気がつけばもう周りに誰もいなくなっていた。閉店の時間だ。

ゲーム機の電源を順番に落としていく女性の店員さん。
椅子に座ってそれを見ていた俺に向かって「お母さんはどうしたの?」と聞いてきた。
「もうすぐ来ると思う」と小さな声で答える。自信はないけれど。

「じゃあ・・・」と言った店員さんはおもむろにゲーム機を開けて、クレジットを3ゲーム分だけ入れてくれた。
「最後にこのスイッチ切って電源消してね」と心配そうに少しだけ笑って去っていく店員さん。ありがとうと頭を下げる。

ゲームを3回分!実質300円分!
喜んでスタートボタンを押してゲームを始めると、先程まで涙を堪えて聴いていたゲームの音が大音量で店内に響き驚く。
さっきは雑踏のような音の中で聞いていたからそうでもなかったが、他に誰もいない静かなフロアの中だとものすごく音が響くのだ。

音にビビリながらやっていたためか、1ゲーム目はあっという間にゲームオーバーとなった。
そして2ゲーム目を始めようかと思った矢先、警備員が俺のところにやってきた。

「僕どうしたの?!」
「お母さん待ってる」
「迎えに来るの?」
「・・・・・うん」

寂しそうに答えた俺に言葉が詰まる警備員。
「電気消さないとならないから・・」と言いながら困った顔をしていたので、「消していいよ。迎えに来たらゲームのスイッチも消して帰る約束したから」と答えた。
そうしてフロアの照明も落とされた。

真っ暗闇の中、窓の外には夜景の光。
画面にはGAMEOVERの文字。

まだクレジットは2回分残っていたが、とてもじゃないけどスタートボタンは押せない。
音が大きすぎるし、静かな暗闇の中ではそれが逆に怖い。

結局今まで何時間も見てきたデモ画面をまた見ることに。

こういうのには慣れてるから。
GAMEOVER
こんなの当たり前のことだから。
GAMEOVER
寂しくなんかはないから。
GAMEOVER

真っ暗闇のデパートの七階。
きっと来てくれる。俺はGAMEOVERなんかじゃない。
だから信じて待つ。それしか方法がない。

何度か警備員が懐中電灯を持って様子を見に来た。
「お母さんまだ来ないの?」
「もうすぐ来る」
それももう3度目くらいになると自信がなくなっていき、泣いてはいなかったが随分としょんぼりしていたと思う。

そんなやり取りがあった数分後、カンカンカンカン・・・という足音。
まだ音は小さいけれど、もう誰の足音かはわかってる。
足音がどんどんと大きくなる。7階まで、すでに止まってるエスカレーターを駆け上がってくる母の足音。

ほら。俺はGAMEOVERなんかじゃない。

2回分のクレジットはもったいないけれど、今日はこれでおしまいだ。
エスカレーターから疲労困憊の母の顔が見えたところでゲームの電源を落とす。
GAMEOVERの文字も消える。

「ごめん!ちょ~っと遅くなっちゃった!」
「別にいいよ。マルイセンターでしょ?」
「いや美容室長くなっちゃって」
「早く行こうよ・・・それで出てるの?」
「まあちょっとね」

マルイセンターはここの近くのパチンコ屋だ。
そんな気がしてた。

何も問題なんかない。
これが俺の日曜日。

そしてまた人はいつしかそれに慣れていき、甘えだす。

もう母は迎えになんてやってこない。
なぜなら俺がパチンコ屋まで迎えに行くからだ。
こうして俺はまた一つ成長した。


それから37~8年が経ち、今は酒を飲んで酔って怪我してぶっ倒れている俺を嫁が迎えに来る。
どこかの階段に座って目を瞑っているとタタタタタ・・という聞き覚えのある足音。

やっと来たかと目を開けると予想通り警察官だった。

何も問題なんかない。
これが俺の日曜日。と平日。


追記
先日酒を飲みながらこのビルの前を通りかかった時にこれらのことを思い出し、ちょっと様子を見てみようと覗いてみたが、7階は貸し会議室となっていて中の様子を見ることは出来なかった。
よりにもよって俺が一番縁のないものになってしまうとは(笑)
マルイセンターはとっくの大昔になくなっている。

この街で生まれ育ったはずなのに、思い出はもうほとんど頭の中にしか無いのが少し残念。



頂いたサポートはお酒になります。 安心して下さい。買うのは第三のビールだから・・・