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インディペンデンスがやってきた

すすきのから日本人が消えた。
その代わりにアメリカ人がすすきのを占領した日の話。


今から24年程前、北海道小樽港にアメリカの巨大空母インディペンデンス号が寄港した。
噂には聞いていたけど特に気にもせず、その日も確かパチンコを打っていたはず。

街のいつものパチンコ屋。
勝ったか負けたかは覚えていないが、早々とパチンコを切り上げて、すすきののこれまたいつものバドガールのいる店へ鼻の下を伸ばしながら飛び込み、カウンター左端の定位置に陣取る。

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店には客が俺の他に二人だけ。
早い時間とはいえあまりにも客が少ない。
カウンターの向こうで女の子たち数人が暇つぶしにおしゃべりをしていた。
バドワイザーの店だというのに焼酎の水割りを作ってもらいながら話の輪に入る。

「客少ねーな今日」
「なんか小樽に船が来てるからみんな見に行ってるみたいよ」
「船?あーニュースで言ってたな。インディペンデンスがどうとか」
「そうそうそう」

カウンターの真ん中あたりに座っていたスーパー銭湯の社長さんが「すすきのガラッガラだぞ」と話に乗ってきた。
「へーこの店だけじゃないんだね」と返事をしながら社長が半分残したピザを貰って食った。これもいつものことだ(笑)

まあ独り占めではないけれど、綺麗どころの女の子たちが俺の目の前にたくさん並ぶのは嬉しいことだ。
気分良く酒を飲みタバコを吹かす。

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(ちなみにこれが当時の小樽の様子)

それから1時間ほど経っただろうか。
2~3人の外国人が店にやってきた。
恐る恐る英語でシステムを女の子に聞いている。
帰国子女の英語ペラペラな女の子が説明をする。
思っていたよりも安かったのか「Oh!OK!」みたいな声を上げて着席した。

俺なんて毎回お会計1000円だからな。7時間近くも飲んで食って。
まあ特別なんだけれども。それでも安い店なのだ。

しばらくすると電話でどこぞにペラペラと連絡を入れた。
その数分後、また数人の外国人が入店。
それからどこから湧いてきたんだというくらいの外国人が来店してきた。

気がつけば俺と社長以外は全員外国人で店は満席に。もう一人の日本人客は早々と退散した。

店内に英語が飛び交う。
まあアメリカチックなカウンターバーだしバドガールだしで、客が外国人ってのはある意味イメージにピッタリと言えばピッタリなのだけれども、帰国子女以外は英語がさっぱり駄目なんだよな。俺も女の子たちも。

さっきまで暇そうにしていた女の子たちがビールを持って右往左往。
90分3000円飲み放題というシステムに驚愕しながらも、元を取ろうとビールを次々と注文する外国人達。

女の子が目の前を通る度にオゥ!と声は上げるものの、外国人たちは想像していたよりも静か。
もっとヒューヒュー的な感じになるかと思っていたが、どいつも顔を赤くして女の子を見つめている。意外と純朴な青年たち。同じくらいの年齢だろうけども。


どうやら外国人たちは全員インディペンデンスの乗組員とのこと。
だからちょっと真面目っぽいんだな。

すすきのの若者たちは小樽に行き、その代わりにインディペンデンスの乗組員がすすきのを占拠した。
今店の外も外国人だらけでえらいことになっているらしい。

そのうち隣りに座ってた外国人の一人が俺に話しかけてきた。
もちろん英語で。

「ペラペラペラ」
「ん?なんだ?」
「ペラペーラペーラ」
「え?なんだって?」
「ペラ・・ペラ・・ペラ・・ペラ?」

ゆっくり話されてもわかんねーんだよ。
単語の意味がわかんないんだから。
困った顔されてもわからんものはわからん。
そのやり取りを見て他の外国人がくすっと笑った。

「お?笑いやがったな?お前ら日本に来たら日本語話せよ!」と文句を言った。
Oh!と言いながらもワハハと笑う外国人達。
どうやら酔いも回って緊張も解けてきたようだね。

俺はそこからほとんど英語を使うことなく、身振り手振りで楽しい暴言を吐き続け酒を飲ませた。
「乾杯!」とやると「カンパーイ」と野太い声が帰ってくる。気のいい奴らだ。


楽しい時間はあっという間に過ぎる。
0時近くになり、乗組員達はもう帰らねばならない。
上官らしき人が声をかけると皆わかりやすいくらいしょんぼり(笑)

支払いを済ませた順にドアを出ていく外国人たちに手を振った。
寂しそうな顔をしてる奴には「また来いよ!」と声をかける。
店内には残り7~8人の外国人。女の子たちは片付けに必死だ。
「お前らもまた来いよ」と声をかけると、ハグというにはあまりに強い力でガシッと身体を掴まれた。

そしてそのままオイオイと泣き始めたのだ。いや泣き崩れた(笑)

やっぱり外国人にも泣き上戸っているんだなと笑ってると、泣き崩れた奴を抱えて立ち上がらせようとした外国人二人も涙を流し始める。
「ドウダウバウバウバウ!」
「バウバウワンワンワン!」
「グオオオオオーーーン!」

帰国子女が言うには、
「俺は帰らねーぞ!」
「お前の気持ちはわかるけど帰らねーとならねーんだよ!」
「嫌だァァ!!連れて行かないでくれ!この国に住むんだ!」
みたいなことを言っていたそうだ。

「あんたとまだ飲みたいってさ」

そうタバコを吹かしながら俺にこっそり伝えてくれた。
その3人でオンオンと泣いていると、周りの奴らまで嗚咽をあげ始めた。
どんだけ感情豊かなんだよ(笑)
それとも普段余程つらい思いでもしてんのか?

仲間の手を振り払い、家族を亡くした人かのように床に突っ伏して泣いているので困っていると、上官らしき人が戻ってきて背中に手を添えながら一言二言。
グシグシと涙を拭いながら何度も上官の言葉に頷き、ようやく冷静さを少しだけ取り戻した。

仲間たちに抱えられながら去っていく後ろ姿に手を振る。
いつかまた会おうと声をかけながら。
でもきっともう二度と会えないことをわかっていたのだろう。
これが一期一会というもの。


乗組員達が去っていった店内はすっかり静かに。
英語が話せないバドガールと「いやすごかったな」と笑いながらため息を一つ。
「あたし英語習おうかな」
「お前俺より馬鹿じゃん」
「留学したらすぐ話せるよきっと。ねえシホさん?」と帰国子女のバドガールに同意を求める。
「そうねぇ」とタバコを吹かしながらレジを閉める準備をする八代亜紀似の帰国子女。


しばらくした後、本当に留学したバカ娘。
留学というかホームステイ。
半年だったか1年だったかは忘れたが、戻ってきた時には信じられないくらい英会話が出来るようになっていた。

ただし、英語は全くわからないし読めもしない状態。
会話だけが出来るのだ(笑)

赤ちゃんが言葉を覚えるように、何の疑問も持たずに聞いたままをそのまま発音していたそうだ。
漢字が読めないからって辞書もほぼ使わなかったらしい。スマホなんてまだ存在しない。
ジェスチャーと聞いたままをそのまま覚えるだけでこんなことになるのか。ジョン万次郎かよ。

俺がもしアメリカに行ったとしても、恐らくホームステイ先の家族が日本語を話せるようになるだけだろうな。



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