14.兼部


前回、軽音部への兼部を思い立った岡本青年は過去にそのような事例があったか聞いて探りを入れてみることにした。

ひとつ上の剣道部の先輩に聞いてわかった情報は3つ。

1.出演はしなかったが、後夜祭に出るべく動いていた三年生の先輩がいたらしい。
2.その先輩はスポーツ推薦で入学した先輩である。
3.軽音部と兼部をしていたわけじゃないらしい。

うーむ。その先輩というのはその年の都大会でも個人で3位、関東大会にも出場をしている絶対的な我が部のエースであった。
そんな人が後夜祭に出ようとしていたというのは好材料であったが、
最後の部分が引っかかる。
やはり軽音部に入っていなかった為に出られなかったのではないか。
後夜祭に出る為には軽音部に入ることが絶対条件のように思われた。


どうしたものか。
やはり軽音部に入るしかないか。

このように頭の中の思考回路を右往左往させてあーでもないこーでもないと1人思案していると、一つの可能性にかけてみる他ないことに気づいた。

それは、剣道部の顧問をなんとか説得して軽音部と兼部をすることであった。

いや、始めからこれしか方法はなかったのだ。
なかったのだが、事例がない上にいろいろなしがらみがある以上、自分には無理に近い方法だと思われていた。
パワープレイ、正面突破、いろいろな呼び方があるが思考停止してこの方法しかないことに最終的には行き着いた。

うわー、むりだー、でも、やらなきゃー、うわー、ぜったい無理だー…。

こんなことをいくら思っても、答えには行き着いているのだ。やるしか他ない。

決めてしまえば行動するのは早かった。


数日後、お昼休みの時間を狙って剣道場の近くにある体育教官室へと向かった。
体育教官室には自分の学年を担当している先生もいて少し気まずいが、そうは言ってられない。

なんとも言えない安っぽいプラスチックみたいな素材の体育教官室の扉は、その時だけやけに冷たくそして重く感じられた。
扉をノックをして大きな声で
「失礼します!」と言って、意を決して扉を開ける。
そうして、
「〇〇先生いらっしゃいますでしょうか!」
と、剣道部顧問の所在を聞く。
そうすると奥の方から
「おう、いるよ」と顧問の声。

うわー、もう戻れねー!と心の声。

顧問のデスクがある奥の方の席へ、空気抵抗が何十倍にも膨れ上がった空間を一歩一歩前へと進む。

顧問の前へ着くなり
「どうした」
と顧問が言う。

「あの…相談があるんですが…。
実は軽音学部との兼部をさせていただけないかと思いまして…。」

「剣道部はどうするんだ?」

「剣道部に関しては大丈夫です!今まで通り、活動は続けますし、剣道部がない水曜日にしかやりません!なので、今までと全く変わらないと思います。」

「そうか、じゃあいいだろう」

こんな短い、30秒にも満たないような会話だったが僕にとってはとても長く感じられた。
そして、動いてしまえばわりとなんとかなってしまった。

「ありがとうございます!」
そう言って体育館教官室を出る時には、
重かった扉は嘘のように、軽い安っぽい扉の役割を再び取り戻していた。

うわー、やってしまった!

本当にもう戻れなくなってしまった。
嬉しい気持ちが半分、大丈夫か?という不安半分。
この時、音楽への一歩目を踏み出した気がする。
正解かどうかの答え合わせは死ぬ瞬間にするだろう。今もまだ分からずにいる。


この後は職員室に行き、入部届を貰って記入、そのまま提出して晴れて兼部完了という流れであるのだが、
いかんせんドキドキした気持ちが収まらないままであったのだろう、
その時の記憶が全くない。
顧問に相談しに行った時の記憶は鮮明に残っているのに。



僕の人生のレールは、
そこそこの学力で、
そこそこの学校に行き、
部活でそこそこの結果を残し、
そこそこの大学に行き、
そしてそこそこの企業に就職してそこそこの人生を歩むものであった。

けれど、はじめて"そこそこ"の道から外れてみた。
反抗?
本当にやりたいこと?
青春?
そんなものではない。
音楽もやりたかったし、
剣道もやりたかった。

けれど、剣道で圧倒的な実力を残す訳ではなかったし、将来警察官になりたいわけでもなかった。
音楽ならもしかしたら、
そこそこなんかではなく、ナンバーワンになれるかもしれない。
そこそこのやつでも輝ける、
中心から外れてしまった人間が真ん中で輝ける場所、それが音楽であり、バンドであり、ロックなんだ。その時自覚した。
これが僕の音楽、バンド、そしてロックの始まりである。

そんな僕であるが,
この時はまだ、"そこそこ"の道を残して、レールは分岐していたのであった。

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