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シューベルトとヴァイオリン/モーツァルトとヴァイオリン

・シューベルトとヴァイオリン
600曲を超える数多の歌曲、また交響曲やピアノ作品の作曲家として知られるシューベルトが幼少期に初めて手にした楽器は、実はピアノではなくヴァイオリンであった。また、彼が友人たちと私的に室内楽を楽しむ際には、自身はヴィオラを担当することが多かったと伝えられている。コンサートを開いて活躍するほどではなかったにしろ、シューベルトが弦楽器奏者としての一面も持ち合わせていたことに留意しておきたい。
伝説のイタリア人ヴァイオリニストであるパガニーニがウィーンで演奏会を行なった時には、シューベルトは貧困と病気に苦しみながらも、大切な本や家財を売り払って高額のチケットを入手し、その演奏を聴きに行った。その人間離れした超絶技巧から、リストやシューマン、ショパンといった、多くの音楽家たちに強烈な影響を残したパガニーニだが、シューベルトはむしろパガニーニの奏でるアダージョ(緩徐楽章)に「天使の声を聴いた」という言葉を残している。シューベルトにとってヴァイオリンがあくまで歌う楽器であることを示唆しており、また明快で美しい旋律で聴き手を魅了するイタリア・オペラのスタイルに惹かれていたことがわかる。事実、シューベルトは同時代のイタリア・オペラの巨匠ロッシーニを敬愛していた。
しかしシューベルトはまた、歌曲を創作活動の中心に据えながらも、彼にとって「歌う楽器」であるはずのヴァイオリンを、安易に歌曲における歌のパートに見立てて扱うことは、慎重に避けていた。全6曲残されたヴァイオリンとピアノのための作品は、ふたつの楽器によって奏でられる歌曲でありながら、縮小された交響曲であり、同時に室内楽でもあるという、充実した内容を示しており、シューベルトの音楽を知る上で非常に重要な指標となっている。

・モーツァルトとヴァイオリン
一方のモーツァルトは、シューベルトとは異なりまぎれもなく優れたヴァイオリニストであった。偉大なヴァイオリン教師であるレオポルド・モーツァルトを父に持ち、若い時分にはヴァイオリニストとして活躍した。名高い5曲のヴァイオリン協奏曲はいずれもモーツァルトが19歳の時に集中的に作曲され、彼自身それらを演奏したという。その内容は明らかに、ヴァイオリンという楽器の奏法に根ざしており、優れた音楽であると同時にモーツァルトのヴァイオリニストとしての姿を伝える数少ない貴重な記録であると言える。
というのも、モーツァルトはその後、ある時期を境にヴァイオリン奏者としての活動を中断してしまうからである。その理由はいくつか考えられるが、やはり大きなものとして、父親への反抗心が挙げられるだろう。モーツァルトがヴァイオリンを深く理解していたことは明白であるにしろ、父の庇護から自立するにつれて、自らの表現手段の中心を「父親の楽器」であるヴァイオリンからピアノへと移行させていったことは象徴的である。事実、その後作曲されたピアノとヴァイオリンのためのソナタのうち多くは、その名の通りピアノ独奏のためのソナタにヴァイオリン声部を補完する形をとっており、ヴァイオリンパートの作曲法を見ても、もはやそこに「ヴァイオリニスト・モーツァルト」の姿は見られず、ピアノと旋律楽器のための純然たる室内楽作品の一形態として結実している。

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