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制作費1話1億円"VIVANT"が地上波ドラマのルールを変える?:次世代ドラマのコンテンツビジネス戦略を紐解いてみた

はじめに

『VIVANT』は、2023年7月からTBS日曜劇場で放送されているオリジナルドラマです。

地上波ドラマでは珍しく、モンゴルなどでの海外ロケを敢行。壮大なスケール感が話題になり、さらには謎が謎を呼ぶ展開が毎回繰り広げられることで、今シーズンではもっとも注目度の高い作品になっています。

この記事では、「VIVANT」をコンテンツビジネスの観点から解析。また、アニメビジネスを引き合いに出しつつ、IP戦略についても掘り下げてみます。


【業界・市場分析】日本のテレビ業界のマクロ環境について

まず始めに外部環境の整理から。

日本のテレビ業界が現在直面している大きな課題を3つに分けて考えます。

①視聴率の減少
ストリーミングサービスやYouTubeなどのオンデマンドコンテンツが台頭してきた結果、テレビの視聴率は下降傾向にあります。

②収益モデルの転換
従来はスポンサーからの広告収益が主体でしたが、そのビジネスモデルも厳しくなり、新たな収益源の確立が必須となっています。

③内容の多様性と質
NetflixやAmazon Prime Videoなどが提供する高品質なコンテンツに対抗するためには、質の高いコンテンツを提供する必要があります。

これらを踏まえTBSグループでは、どういう方針・戦略を掲げているか?

次に、こうした環境下でTBSグループはどのような戦略を採っているかをみてみます。

TBSグループは、「メディアグループからコンテンツグループへ」というスローガンのもと、「TBS グループ VISION2030」という中期経営計画を策定。この計画では、主に以下2つのプランを推進しています。

  • コンテンツクリエイティブの革新
    (オリジナルIP重視とクリエイティブ強化)

  • 拡張戦略「EDGE」
    (コンテンツ価値の最大化を目指す拡張戦略)

つまり、「マスメディア」というハードから、「コンテンツ」というソフトへのシフトを強く意識した方向性です。

https://www.tbsholdings.co.jp/about/pdf/plan_vision2030.pdf?20220117

こうした背景を踏まえてTBS地上波ドラマの勝ち筋は?

さて、このようなTBSの全社戦略に基づき、地上波ドラマに求められるポイントはなんでしょうか?

①(Netflixや海外ドラマと同じ土俵で戦うことを念頭にして)いかに高品質なコンテンツを作り上げるか?
Netflixなどのような巨大資本による高品質コンテンツが乱立するなか、こうしたコンテンツを凌駕、もしくは、大きく差別化された品質(キャスト、脚本、演出、アイデアなど)を持った作品を生み出す必要があります。

②(高品質なコンテンツを支えるために)いかにファイナンススキームを構築するか?
当然ですが、高品質なコンテンツを作るには多額の制作費が必要です。その資金調達や収益化の戦略もセットになります。

③(広告収入が落ち込むなかで)いかに多角的なビジネスモデルを構築できるか?
テレビの広告費が右肩下がりになる中で、地上波での放映だけではなく、例えばグローバルの配信プラットフォームへの配信収入は重要です。

さらには、「TBS グループ VISION2030」でも掲げられているIP戦略、具体的にはIPを創出することで、タイアップ・書籍化・舞台化・アニメ化・グッズ化などの「二次利用」による収益での多角的なビジネスモデルの構築も重要になると考えます。

地上波ドラマに求められる戦略のキモとは?

まとめると、競争環境が更に厳しくなる中で、

いかに「クオリティ」「原資の確保」「多面的な収益」それぞれが最大化するスキームを構築できるか?

ということがキモになってきます。

しかしながら、言うのは易し。これらを既存のモデルで実現するのは、ほぼ不可能です。そのため、

「地上波ドラマのビジネスモデルの転換」
「(ハイクオリティさに加えて)それに見合うドラマコンテンツのあり方」

が求められていたのではないでしょうか。

こうした背景がある中で、「VIVANT」はどういったスキーム・打ち手を構築しているのでしょうか?


そもそも「日曜劇場」という放送枠とは?

そもそも「日曜劇場」はTBSにおいて60年以上の伝統を持つプレミアムなドラマ枠です。

ここで放送される作品は、しばしば社会的なテーマや深みのある人間ドラマを取り上げ、多くの話題作や名作を生んできました。

過去のヒット作には『華麗なる一族』『半沢直樹』『下町ロケット』などがあり、TBSブランドを象徴しているともいえる枠です。

こうした重要な枠を使って大きなチャレンジをするというのは、「TBSの本気度」を見せるための強いメッセージとなります。

【TBSドラマの勝ち筋①】(Netflixや海外ドラマと同じ土俵で戦うことを念頭にして)いかに高品質なコンテンツを作り上げるか?

■キャスティングについて

「VIVANT」では、数々の成功作を手掛けた名監督・福澤克雄さんがメガホンを取り、主演には堺雅人さん、その他にも阿部寛さん、二階堂ふみさん、松坂桃李さん、役所広司さんといった一流の俳優陣が出演しています。

こうした豊富なキャスティングについては、ギャランティを積んだからと言って実現できるものではありません。

もっとも人気俳優さんは忙しいことに加え、彼らはなぜ作品に自分が出演する必要があるのか?といった「意味合いや蓋然性」も重要視します。

そのため、このスター勢揃いの布陣は、

・福澤氏が過去に彼らと数多く仕事をしてきた信頼関係
・「日曜劇場」という枠のブランド力

だからこそ実現できるものであると考えられます。

■ダイナミックなストーリー展開と多くの伏線

「VIVANT」で繰り広げられるのは、Netflix作品のようなノンストップでダイナミックなストーリー展開です。

また、伏線も豊富に用意されていることも、この作品の特徴です。

そもそも、視聴者を引っ張り続けるためドラマに伏線は必須ではありますが、「VIVANT」ではとりわけ多いと言われています。

こうした背景には、

「配信サービスでの再視聴の促し」
「ネット上での考察による話題性/盛り上がりの演出」


を狙っていると推察します。

実際、放送後はSNS上で様々な考察が行われるため、強い口コミ効果が生まれていると考えます。

【TBSドラマの勝ち筋②】(高品質なコンテンツを支えるために)いかにファイナンススキームを構築するか?

「VIVANT」を観た方なら分かると思いますが、この作品の魅力はなんといっても度肝を抜く迫力のシーンの数々です(特に、モンゴル軍の戦車まで登場したバルカ編は超印象的でした)

それもそのはず、「VIVANT」の制作費は1話当たり約1億円と言われており、1時間ドラマの相場は同約3000万円であるため、通常の3倍以上も費やしていることになります。

なぜ、そんなことができるのか?

この背景にあるのが、U-NEXTとの配信契約スキームにあると言われます。

具体的には「VIVANT」はNetflixには配信せず、全話配信はU-NEXT独占の形になっています。

ここから推察するに、制作費の原資、及び、原資の見立てについては、TBSのドラマ制作予算と、U-NEXTからの独占配信によるディールによって賄われている(将来的に賄われる)可能性があります。

今年6月にTBSがテレ東と運営していたParaviは、U-NEXTに統合。TBSはU-NEXTの発行済み株式の20%を取得し、持分法適用関連会社になっているため、両者にはある程度強い資本関係があります。

つまり、

  • クオリティを支えるコンテンツの制作原資は、局のドラマの制作予算と、U-NEXTからの独占配信によるディールによってまかなう

  • その分、U-NEXTは独占配信権を得ることで、新規加入者増を見込む

という「地上波ドラマにおけるビジネスモデルのイノベーショ」にチャレンジしている可能性が高いのです。

「VIVANT」の話題化の背景には、こうした「スキームの妙」が大いに関係してると推察できます。

■「地上波ドラマ」「U-NEXTの配信」を組み合わせることが非常に重要

さらに付け加えると、配信プラットフォームとの付き合い方として「地上波ドラマ」「U-NEXTの配信」を組み合わせることも、非常に重要だと考えます。

というのも、数年前、Netflixはオリジナルアニメを量産していた時期がありました。当時は、Netflix独占という縛りはあるものの、制作会社にとっても、作品にとってもメリットが大きいということで注目されていましたが、最近ではあまり聞きません。

その理由は、結果的に作品が盛り上がらなかったから、と言われています(もちろん、例外もたくさんあります)

盛り上がらなかった理由は、作品個別の理由も大きいですが、一番は「盛り上がり(トレンド)をつくりにくいこと」にあるとされています。

というのも、例えば深夜アニメであっても、ある程度の層が同時に視聴することで、SNS上には一定のトレンドがおきます。そうした大なり小なりのトレンドは、他の人が作品を視聴するための動機づけになっていたのです。

ところが、Netflixはオリジナルアニメでは同時視聴は基本的には存在しません。よって、SNS上でのトレンドが起きにくいことに加え、そもそもNetflix登録者でないと観れないわけですから、結果的に盛り上がった作品が少なくなったと言われています。

そのため、地上波で放送しつつ、U-NEXTで配信するというのは、トレンドをつくるという意味においては非常に重要な戦略だと考えます。

【TBSドラマの勝ち筋③】(広告収入が落ち込むなかで)いかに多角的なビジネスモデルを構築できるか?

SNSで「VIVANT」の感想を眺めていると、

『アニメっぽい』

という印象を受ける視聴者が多いようです。

たしかにキャラクターの立ち具合、スピーディーな展開の速さ、ダイナミックなアクションシーン、多くの伏線……などの演出は、まさにアニメっぽいです。

加えて、本作品のナレーションは、なんと綾波レイ役などでお馴染みの声優:林原めぐみさんです。

こうしたことから、本作品はコロナ禍の中で大きく増えたアニメファンを取り込もうとしているというのは明らかです。

さらに、「VIVANT」はアニメのようなキャラクターや世界観が立った作品に仕立てることで、アニメビジネスのような、IP(知的財産)戦略を構想していると筆者は妄想します。

※ちなみに冒頭で紹介した「TBSグループ VISION2030」の中でも、「オリジナルIP開発の推進」は強く訴求されており、「VIVANT」とIP戦略を繋げて考えても不自然ではありません。

■アニメのビジネスモデルとは?

近年のアニメではスポンサーからの広告収入が見込めない代わりに、Netflixなどのプラットフォームへの配信料や、グッズやタイアップなどの収益や、原作の漫画本への跳ね返りの売上によって大きく収益を挙げます(そのため、今日のアニメでは視聴率はさほど重要視されません)

そうしたことから、昨今のアニメビジネスでは、IP(知的財産)戦略が重視されています。

IPビジネスとは、自社が生んだ知的財産によって、グッズ販売やコラボイベントなどにより、ライセンス使用料が得られるビジネスのことです。

■IPビジネスをドラマに持ち込むことで生まれる多面的なビジネス

こうしたモデルを持ち込むことができれば、ドラマの稼ぎ方は放送局やスポンサーからの制作費や広告収入、放送権料やDVD・Blu-rayの販売収入以外にも、例えば、

・書籍化
・舞台化
・グッズ化
・アニメ化
・ゲーム化

など、多角的な収益を得られます。「VIVANT」の場合、「書籍化」「舞台化」については既に企画が動いている可能性が高いです。

※現時点は「『VIVANT』のゲーム……??なにそれ?」と思うかも知れません笑。ですが今後、劇場版や続編、スピンアウト作品が作られれば、スターウォーズのように世界観が強固になり、そうしたメディアミックス展開はありえるかも……と思います。

配信プラットフォームによるグローバル展開

現在はU-NEXTでの独占配信ですが、放送終了後はNetflixやAmazon Primeでのグローバル配信も始まると考えます。

そもそも、クオリティの箇所でも述べたように「VIVANT」のスケールや展開は、十分に「国際標準」にあります。

加えて、例えば本ドラマでは神社が印象的に登場しますが、こうした演出はグローバルの観客に「これは日本の作品」と印象づける狙いがあると言われています。

まとめ

今シーズン、夏ドラマの話題を独占している「日曜劇場 VIVANT」。

このドラマには、数多くのビジネスモデルのイノベーションが包括されているように思います。

まさに最後まで目が話せないドラマであり、日曜日が待ち遠しいです!

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