ボードゲームの箱に最適な形はあるのか?
世の中には色々な研究がある。それこそ研究されていない事象は無いと言ってもいいくらいだ。だから論文をチェックしていると時々「えっ?」となるような研究テーマに出くわすことがある。先日、学術誌Natureにも紹介された論文のテーマは、「ボードゲームの箱に最適な箱の形」であった。えっ、それってどういうこと?
Natureの紹介記事のほかにもPhysicsに紹介記事があり、こちらの方が面白いのでこれをもとに内容を要約する。
元の論文はこれ。
Jolet de Ruiter, Emil Visby Østergaard, Sean Marker, and Kaare H. Jensen, "Fluid physics of telescoping cardboard boxes", Phys. Rev. Fluids 7, 044101 (2022)
出版日が4月1日なので、紹介記事ではエイプリルフールネタのようだといじられているが本当の研究だ(ネタとしては地味だし)。
家にあったボードゲームでやってみた。ドイツの低年齢向けのお買い物ゲーム。子供たちはもう遊ばなくなってしまったなあ。iPhoneの箱はさすがの工作精度でなんとなくもったいなくて捨てられない。
Physicsの記事にも動画があるけど、カタンとかああいう箱のふたって確かに空気がなかなか出ていかなくてこういう閉まり方するよね、と思う。また、研究室にそんなに沢山ボードゲームを常備しているとはさすがヨーロッパやな~とか、ただの箱みたいなありふれたものにもまだまだ分かっていないことが潜んでいるんだね!とか、専門以外の人にも色々とウケる要素がある面白い話だなあと思った。
でも、ちょっと待って。箱だよ?紙の。
人類が恐らく百年くらいは使ってきたであろうただの紙の箱の形に、単純な直方体以上の最適解があるというのは、もしこれが本当だったら凄いことではないだろうか。下手したら世の中のすべての箱の形が変わる可能性があるということだろう。そして実際に理想的な形の箱を作ってみたら、使用感とかはどう違うんだろうか。もしかしてだけど良すぎて「もう今までの箱には戻れない!」とか思ってしまうかもしれない。あと、もしそんないい箱の形があるのだったらなぜこれまで発見されていなかったのだろうという疑問もわく。とくにこういうことにかけては変態的に改善することに熱心な日本人がこれまで気づかなかったのはちょっと不思議だ。
そんなことを考えはじめると、すごく検証したくなってしまった。
まずは箱を用意しないといけないのだけど、こういう箱は意外と100均とかには売ってないので、自分で作ることにした。用意したのは厚さ2 mmのボール紙とマスキングテープ。上から見た形は正方形で、サイズはふたの天板が150 mm四方で高さが5 cm、箱の底面は144 mm四方で高さは6 cmにした。計算上は箱と蓋の側面の間にそれぞれ1 mmの隙間が空くことになる。用意できた材料の関係上、普通のボードゲームの箱よりちょっと小さくなってしまった。また今回、素材は近いけれど、手で切ってテープで止めていることから工作精度は本当のボードゲームの箱よりは低い。またボードゲームの箱はすべすべに表面コートや印刷している場合が多く、そのために隙間の部分もかなり狭くできるため、空気がゆっくり出て行ってよりスムーズに閉まっていく印象だ。それでもまあ、ありがちな箱の代表という感じには作製できたので満足だ。
それでは箱を閉めていこう。まず普通の箱(箱とふたの側面が平行のもの)。
通常の平行型の箱は、そこそこ閉まるのにもたつくが、おそらく大きさと形状の精度のせいでボードゲームの箱ほど時間はかからなかった。閉まった後のがたつきもなく安定感があって、扱ってみると普通にいい箱だよね、という感覚があった。単に自分で作ったから愛着が湧いたためかもしれないが。
次に、箱の開口部が底面よりも一辺4 mm小さいテーパー型の箱。側面の2辺を斜め切断することで同じように作製した。
開口部の方が狭いテーパー型の箱は明らかに速く閉まる。というかスポッっという感じで全くためらいなく閉まる。ただ、この実験には明らかな欠陥があって、それはテーパー型の場合、ふたと箱の隙間の大きさの時間平均は、平行なときに比べて大きくなる。隙間の大きさが大きくなれば空気が出やすくなって速く閉まるのは当たり前だ(ちなみに論文ではちゃんと隙間の平均はそろえて考えている)。また、これも当たり前なんだけどこのテーパー型の箱、中の方で箱とふたの間に遊びがあるために閉まった状態でのがたつきが目立ってしまう。
そこでこれらを改善するために、ふたの一辺を1 mmだけ小さく作って、同じテーパー型の箱にかぶせてみた。結果、この場合でも閉まる速度はほぼ瞬時で、また閉めた後のがたつきも多少は抑えられた感じだった。
最後に、箱の開口部が底面よりも一辺4 mm大きい逆テーパー型の箱。底面は140 mm四方と小さくなっている。
開口部の方が広い逆テーパー型は、ちょっと引っかかりやすいけど閉まる速度は平行のとそれほど大差ないという印象だった。ただ逆テーパー型は閉めた時のがたつきがさらにひどいうえに、ふたのサイズも変えられないのでどうしようもない。
箱としての使用感だが、テーパー型だと開口部が(少しだけだが)狭いので、それだけでなんとなくものが入れづらい。ほんの少しだけど容積も小さくなってしまうので、普通の箱だとギリギリ入るものも入らなくなりそう。ものを取り出すときもすこし入り口に引っかかる感じがしてしまう。ふたの開け閉めは確かに楽で、単純にふたと箱の隙間を大きくするよりは閉めた時のがたつきが(ふたを少し小さくすれば)小さいのは好印象だ。逆テーパー型はものを入れやすく取り出しやすいが、やはり容積は少し損をしているのと、閉めた時のがたつきが気になる。
というわけで検証の結果、論文の結論のようにテーパー型の箱の形は確かに閉まりやすいが、使用感などを総合して考えると、すべての箱にこの形を適用して嬉しいかというと微妙で、作成の手間をカバーするだけのメリットはないのではないかと感じた。そんなこと実験やる前に気づけよ!と言われそうだが、こういうのは検証することで気づくこともあるのだ(たぶん)。しかし、Apple製品の箱のようにめちゃくちゃ形状の精度が高くてタイトに閉まるすべすべの箱だったりしたら、形状を変えることに開けやすさに対する多少の意味があるかもしれない。
ただ色々考えていると、そもそもこの形の箱って頻繁に開け閉めする場合にはそれほど使われないということに気づく。PCとかスマホの箱はこの形が多いけれど、一回開けたらほぼそれっきりだ。良く開ける箱は、ふたが浅い場合が多い(開けやすいからね!)。ボードゲームは良く開けるけど、これは箱を落としたりしても自然に開きにくいことが重要なために敢えてこのタイプの箱にしているのだろう(小さいコマとか入っているし)。つまり、「ボードゲームに最適な箱」=「速く閉まる箱」ではないという、至極当たり前でストーリーの前提を覆す結論が出てきてしまった。もちろん、論文の著者らもそんなことは百も承知だろうし、ボードゲームの箱は話のつかみとして使っているのだろうけど。
いずれにしてもこの研究によって世界が(すぐには)変わりそうもないのは残念だが、個人的には気になっていたことが自分なりに解決して一安心した。これからは箱を作るときは自信を持って直方体にしようと思う。
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