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【短編小説】ノスタルジックカレー


(※この作品は、web記事風のフィクションです。)
webサイト「ウィークリー・カレー・ディクショナリー」
20xx年x月x日の記事より

スパイスカレーとブルースのお店「ノスタルジックカレー」

 善閣寺を擁する、長山県北部に位置する県都、長山市。主要駅であるJR長山駅は、1990年代に新幹線が開通し、アクセスも便利になった。この駅からほど近くの、とあるカレー屋を取材した。

 その店を訪ねるため、長山駅に降り立った。
 駅前には商業ビルが建ち並んでいるが、その向こう側には山並みがそびえ立っている。四辺を見回すと、盆地である上に、それらの標高が高いため、どこを向いても山に見つめ返されるという、不思議な景観に出迎えられる。

 店を経営するノスタルジック佐倉(本名:佐倉良樹)さんは、長年、東乃都(ひがしのみやこ)に住み、独自にスパイスカレーを研究。このたび、故郷である長山市に帰郷し、東乃都で開発したスパイスの配合と、郷土の食材を融合させた、唯一無二のカレー屋「ノスタルジックカレー」をオープンさせた。

カレーを通してブルースを学ぶ

 お店のBGMは、店主が作成した、ブルースを中心としたプレイリストだ。また、彼自身もブルースマンであり、時折お店を閉めては、各地に演奏旅行に出かける。

 また、日によってBGMは「戦前ブルース特集」、「モダンブルース特集」など、テーマに沿った特集が組まれる。

ブラインド・レモン・ジェファーソン(※1)特集」の日は、レモンにちなんでレモンライスのカレーが供(きゅう)され、「トウモロコシの殻剥き歌(※2)特集」の日にはトウモロコシのカレーが供される。

 このように、カレーを通して、楽しみながらブルースの歴史を学ぶことができるのも、ノスタルジックカレーの醍醐味のひとつだ。

地元ならではのスパイスと食材

 また、スパイスは、インド式カレーでは一般的なクミン、ターメリック、コリアンダーなどのほかに、地元の七味唐辛子メーカーであり、江戸時代より続く老舗「柳家蟻五郎(やなぎやありごろう)」の販売する唐辛子や、ゆず七味、山椒なども使用する。

「蟻五郎さんの本社が実家の近くにあって、よく前を通ってました。だから親しみが持てますし、何よりここの七味唐辛子は、本当においしくて、他とは一味(ひとあじ)違うんですよ。いや、七味(ななあじ)違います。七味(しちみ)だけにね。こりゃまいった、タハハ!」

 額に手をあて、こすりながら、下らない駄洒落を交えて話す佐倉さん。うすら寒さが背中を走るが、取材を続けた。

 長山県ならではの食材を取り入れた「野沢菜カレー」や「馬肉カレー」もユニークだ。時期によっては山菜やキノコを材料にしたカレーも出されるが、それらはしばしば店主自ら山へ赴き採取してくることもあるそう。

「スパイスカレーも、ブルースも、抑圧の歴史を生き延びた、人類の貴重な遺産です。それを郷里の人たちに楽しんでもらえるお店を出せて、本当に嬉しい。」

 今度はくだらない駄洒落を言わずに、遠い目をしながら、真面目に語る佐倉さん。彼の料理と音楽をめぐる旅は、まだ、はじまったばかりだ。

(文:阿久津徹)

店舗情報

スパイスカレーとブルースの店「ノスタルジックカレー」

営業時間:10:00-19:00
住所:長山県長山市西石堂78-4 桃木ビル2階
電話番号:0268-××-×××

CD情報

ノスタルジック佐倉によるオリジナル・アルバム
『スパイス&ブルース』
2015年発売、全10曲収録。地元ミュージシャンたちもゲスト参加し、ライブハウス「ランプホール」にてレコーディングされた。
ノスタルジックレコーズより通販限定で、2000円にて販売。
お問い合わせは店舗電話番号にて承ります。

本文注

(※1)ブラインド・レモン・ジェファーソン…戦前ブルースマンの中でも最重要人物のひとり。B・B・キングやブッカ・ホワイトがその楽曲をカバーしている。後進ブルースミュージシャンへの影響力ははかりしれない。
ボブ・ディラン、グレイトフル・デッド、ルー・リードなどのロック勢にも楽曲をカバーされている。

(※2)トウモロコシの殻剥き歌…奴隷制時代のアメリカ南部で、奴隷たちの息抜きのレクリエーションとして行われたイベント、「トウモロコシの殻剥き大会」で歌われた「殻剥き歌」のこと。

参考文献/動画

ウェルズ恵子『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ』(岩波書店/2014)

ギター弾きのサニー/動画『そもそも、ブルースとは何か?音楽の裏に潜む意味は?』(URL:https://www.youtube.com/watch?v=jAWRlpllHEI)


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