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書評:依田高典著『データサイエンスの経済学——調査・実験、因果推論・機械学習が拓く行動経済学』(経セミ2024年4・5月号より)

評者:坂口翔政さかぐちしょうせい
東京大学大学院経済学研究科講師

昨今のデータサイエンスブームや21世紀からのエビデンス重視の実証革命を背景として、経済学分野でも、データサイエンス、機械学習、エビデンスという言葉を冠した書籍がたくさん出版されてきた。しかし、「どんなに座学でデータ分析の手法を学んだところで、実際のデータの作り方、使い方を習得しなければ、データサイエンスをマスターできないのに、経済学分野ではそうした視点から書かれた教科書・専門書はまだ少ない」(p.v)。このような不満に応えるべく、本書は、著者の過去20年間の実証研究を題材として、データの作り方から機械学習に関連した最新の計量経済学的手法とその応用までを解説した1冊である。

ここでは、本書の特色を2つ取り上げる。第1の特色は、実証分析の第一歩となるデータの作り方、特にアンケート調査とフィールド実験の設計方法の解説である。本書では、著者の実証研究を題材として、リサーチ・クエスチョンや計量経済モデルとの関連から、アンケート調査やフィールド実験の設計方法を分かりやすく解説している。自身の研究でどのようにアンケート調査やフィールド実験を設計・運営したかが、当時の著者の思考過程や研究環境とともに説明されており、読者は実践的なイメージを持って学習することができる。

本書の第2の特色は、「異質性効果」を切り口とした先端的な統計的因果推論の手法とその応用の解説である。今日では、たくさんの実証研究がJoshua Angrist, Jorn-Steffen Pischke, Mostly Harmless Econometrics (Princeton University Press, 2008)で取り上げられているような標準的な因果推論の手法を使いこなしている。そのような手法を使うことで、対象集団における平均的な介入効果を知ることができるが、その背後にある介入効果のメカニズムを知るにはさらに進んだ分析が必要である。異質性効果は個人レベルで異なる介入効果を表し、異質性効果を知ることは介入効果のメカニズムの分析を可能とする。さらに、異質性効果を通して政策介入が効く人と効かない人が分かれば、「誰に介入すべきか」という政策ターゲティングを決めることもできる。「異質性こそ研究の最先端」(p.14)である。

本書では、異質性効果や政策ターゲティングの計量経済学的手法として、限界介入効果、コウザル・フォレスト、経験厚生最大化という3つの先端的手法が解説されている。電力消費に関する著者のフィールド実験研究の題材は、これらの手法が経済学的問題の解明にどのように役立てられるかを示している。異質性効果の因果推論は機械学習と計量経済学が密接に関わるフィールドでもあり、本書は機械学習と実証経済学の関わりについても議論を展開している。異質性効果分析を取り扱った書籍は和書・洋書ともにほとんどなく、本書は貴重である。

本書は、データの作り方から、最新の計量経済学的手法の応用に至る幅広いトピックを扱っているが、行動経済学研究の発展の軌跡とともに解説されているため、ストーリー性があり読みやすい。また、興味に応じて字引的に読むこともできる。実証経済学、行動経済学、因果推論に関心のあるすべての学生・研究者・実務家に本書をお薦めしたい。とりわけ、アンケート調査やフィールド実験に興味のある方や携わる方、標準的な因果推論の学習を終えて先端的な手法を学習したい方、実証経済学のフロンティアを知りたい方にとって、本書は大変有意義な1冊となるであろう。

『経済セミナー』2024年4・5月号からの転載。


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