見出し画像

合併の効果は需要次第:連載「実証ビジエコ」第4回より

『経セミ』2021年4・5月号から始まった連載、上武康亮・遠山祐太・若森直樹・渡辺安虎「実証ビジネス・エコノミクス」

その第4回(2021年10・11月号掲載)となる今回は、「合併の効果は需要次第:消費者需要モデルの推定[応用編]」と題してお送りします。

前回のクライマックスで、「あなた」は、カニバリゼーションの影響も含めて日評自動車の収入を最大化するための「ベータ―ド」のプライシングについて分析し、同社にレポートを提出したのでした。

しかし、ほっとしたのも束の間、「あなた」は日評自動車から上司とともに、このご時世にオンラインではなく、対面での会議に呼び出されました。議題は知らされないままでの呼び出しで、「分析にミスでもあったのか……」と心配に思いつつも、日評自動車へ向かうところで前回は終わりました。

果たして、日評自動車の急な呼び出しの要件は何だったのでしょうか?? このnoteでは、連載第4回の内容を少しだけ紹介したうえで、ウェブ付録の内容をご案内します。

前回までと同様、今回も紹介する分析手法はなぜ必要なのか、といったモチベーションの部分や、実際の分析の進め方を丁寧に解説していきます。サポートサイトでは、Rを用いた分析コード等々も提供していますので、ぜひ本誌の解説を読みながらトライしてみてください!(なお、第4回が掲載されている『経済セミナー』2021年10・11月号の特集は「国際貿易のゆくえ」。こちらもぜひご注目ください!)

本連載のサポートサイトは【こちら】です:

画像1

今回は、「実証ビジネス・エコノミスト株式会社」で経済コンサルタントとして働き始めた「あなた」が取り組んでいる、「日評自動車株式会社」の案件のクライマックス。まずは同社の会議室の場面、お話がスタートします。

それでは、第4回冒頭の内容からを覗いてみましょう!

■連載第4回・第1節より

画像5

前2回(2021年6・7月号、および8・9月号)、実証ビジネス・エコノミクス株式会社に入社したあなたは、初仕事として日評自動車のプライシングに関するコンサルティング業務に携わることとなった。この案件では自動車市場のデータを収集し、ランダム係数ロジットモデルを利用した消費者需要の推定を行うことで、各製品の自己価格弾力性だけではなく、製品間の交差価格弾力性についても推定して、製品間の代替パターンを分析した。その結果、この案件でプライシングの検討対象となっている車種「ベータード」の需要曲線と収入曲線だけではなく、「ベータード」の価格を変えたときに日評自動車の他車種の売上に及ぼしてしまう影響、すなわちカニバリゼーションも考慮したうえでの最適な価格を得ることができた。

無事に最初のプロジェクトを終えてほっとしていたところ、日評自動車側から、上司とともに事前に内容が知らされないまま対面での会議に呼び出された。分析に何か問題があったのではないかと心配になりながら日評自動車の会議室に出向いてみると、ライバル企業の合併を検討する極秘プロジェクトの話だった。その会議では、「消費者需要が推定でき、他車種へのカニバリゼーションの影響もふまえた『ベータード』の最適プライシングを考えることができるならば、現在のライバル企業と合併した際に、お互いの全車種の販売数について相互のカニバリゼーションの影響までを考慮した合併後の最適プライシングを行うことで、どのように売上と利益を現在よりも改善できるのかを考えられるのではないか」という議論が交わされた。

そして、その場で日評自動車から出された注文は、「この合併に際して競争当局の合併審査で経済分析が行われるとすると、それはどのような分析になるのかを示してほしい」というものだった。合併は、市場での自由な競争を阻害する可能性のある行為として、競争当局による規制の対象となっているため、企業としては当然この点をふまえて意思決定をする必要がある。また、競争当局による合併審査の俎上にのぼるのは、合併により競争が実質的に制限される可能性がある場合、すなわち合併後のマーケットシェアやハーフィンダール・ハーシュマン指数(Herfindahl Hirschmann Index:HHI)などの市場の集中度の指標(およびその増分)がある一定の値を超えるような場合であるが [1]、今回考えている合併は審査の対象となる可能性が高いため、日評自動車の経営陣は気をもんでいるようだ。

[注1] ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)とは、市場に存在するすべての企業のマーケットシェアの2乗を足し合わせたものである。仮に市場に企業がN社存在し、各企業fのマーケットシェアがS_f%ならば、HHIは 

$$
\displaystyle HHI = S_1^2 + S_2^2 + \cdots + S_N^2 = \sum_{f=1}^N S_f^2
$$

と表現できる。米国司法省が2010年にまとめたHorizontal Merger Guidelines、および公正取引委員会が2010年に公表した『企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針』では、HHIが1500から2500の間にあることが標準的な競争度合いであるとしており、それ以上の市場において、合併によるHHIの増分が200を超える場合には、市場支配力の行使とみなされる、と記述されている。

折しも、日本の競争当局である公正取引委員会は、合併審査における経済分析のさらなる活用を考え、今年(2021年度)から「外部の専門家等を活用した高度な分析の実施関係」として新たな予算がついたタイミングでもあった [2]。そのため、このような合併に関してどのような分析が行われるのかを把握したうえで検討していきたいということのようだ。

[注2] 公正取引委員会「令和3年度歳出概算要求書」の50頁参照。

* * *

今回は「消費者需要モデルの推定[応用編]」として、前回までの連載で推定した消費者需要モデルの代表的な利用方法である合併シミュレーションについて説明していきたい。合併シミュレーションとは、合併後の企業がどのような行動をとるかについて、前回までに推定した消費者需要モデルに加えて、供給側である企業行動のモデルを同時に推定し、この推定されたモデルに基づいて、合併という現在起きていない状態のもとでの企業と消費者の行動を予想した反実仮想分析を行うものである。今回の事例は、本連載で解説する最初の構造推定に基づく反実仮想分析である。

------------- 第2節以降は、ぜひ本誌をご覧ください -------------

■連載第4回のウェブ付録

第4回は、上記のような問題を解決していくために、これまで本連載では焦点を当ててこなかった、企業の行動を表現する供給サイドのモデルを導入します。そして、この供給モデルと前回までに議論してきた消費者需要モデルを組み合わせることで、2つの企業が合併してできた企業が利益を最大化できるプライシングはどうすればよいか、を考えます。

また、このように供給行動と需要行動をモデリングすることで、仮想的に合併が行われた状況を作り出して、シミュレーション分析を行います。反実仮想分析とも呼ばれ、ここが今回の目玉になります。そのシミュレーションに基づいて、企業側の利潤最大化の視点のみならず、競争当局の視点に基づいて、合併がどのように価格を押し上げ、消費者に不利益を与えるのかどうかについても分析する視点を提供します。

今回も、モデルや推定については直観的な解説を重視してお送りしています。また、実際の推定方法の詳細と結果については、解説付きでアップしているRのコードをご覧いただくこともできるように設計しています。

また単純化のため、今回は合併後と合併前で同社の提供する製品ラインナップが変わらないという設定で解説していますが、より発展的な研究として、製品ラインナップの変更を考慮した合併シミュレーションを行った研究(Wollmann 2018)と、製品品質の変更を考慮した分析を行った研究(Fan 2013)の解説記事もアップロードしています。

第4回のウェブ付録は、【こちら】からご覧いただけます:

画像3

Rによる分析コード:

画像4

発展的研究の解説記事:

遠山祐太「新製品の導入・撤退を通じた市場競争の実証分析
遠山祐太「製品特性・品質の変化を考慮した企業合併シミュレーション

なお、本連載では、Rの初心者向けのオンラインリソースとして、宋財泫・矢内勇生先生たちによる「私たちのR: ベストプラクティスの探究」を推奨しています。Rのインストールについては、同リソース内の「3. Rのインストール」に、OSに応じたインストール方法が詳細に解説されているのでご参照下さい。

■おわりに

以上、経セミ連載=上武康亮・遠山祐太・若森直樹・渡辺安虎「実証ビジネス・エコノミクス」の第4回の内容とウェブサポートのご案内をいたしました。本連載では、今後も実践的な側面を重視しつつ、一歩ずつビジネスで活用できる経済学の理論と実証分析についての学びの場を提供していきたいと思います!

なお、第4回を掲載しているのは『経セミ』2021年10・11月号です!

特集は「国際貿易のゆくえ」。コロナ前から、保護主義の台頭など激動する環境の中で揺れ動いてきた貿易の現在・過去・未来について、以下のようなさまざまなトピックを取り上げて解説します。デジタル化の進展、米中対立のゆくえ、経済安全保障、人権や環境などなど、非常に幅広く最新の経済学研究との関連もふまえた内容を、対談と解説記事でお送りします。こちらもぜひご注目ください!

【特集:国際貿易のゆくえ】
【対談】新型コロナ危機を超えて、
    貿易のあるべき姿を考える……伊藤萬里×椋寛
貿易を取り巻く情勢と政策的課題……木村福成
グローバル・サプライチェーンは変わるのか……伊藤恵子
国際貿易は雇用と格差をどう変えるか……笹原彰
サービス貿易の重要性――その現状と今後……伊藤由希子

その他の詳細目次は以下のサイトで。ぜひともご覧ください!


サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。