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書評:ジャスティン・リン『貧困なき世界』(経セミ2017年4・5月号より)

ジャスティン・リン[著]、小浜裕久[監訳]
貧困なき世界――途上国初の世銀チーフ・エコノミストの挑戦
(東洋経済新報社、2016年10月発売、A5判、372ページ、税別3400円)


評者:島田 (しまだ・ごう)
   明治大学情報コミュニケーション学部准教授

比較優位に即した産業政策を説く
経済発展のための新たな処方箋

どうして経済成長に成功する国と失敗する国があるのか。産業政策はどうして失敗するのか。本書において元世界銀行チーフ・エコノミストの著者は、こうした古く新しい課題に、理論および実践の両面から野心的に答えようとしている。

本書は、従来の新古典派のワシントン・コンセンサスも「古い」構造主義経済学も成功しなかったとし、「新」構造主義経済学が必要だと論じる。新古典派に対しては、民間企業が自らインフラなど経済成長上の障害をすべて解決はできない以上、政府の役割が重要だと反論する。また「古い」構造主義経済学も、政府主淳の輸入代替を強調し比較優位を考慮しなかったため失敗したとする。本書はそれらに対し、インフラの改善などによって要素賦存構造に将来的に変化が生じる「助的な生較優位」に基づいた産業政策の重要性を強調する。

本書はさらに、産業政策で支援するセクターの決め方について、次の6つのステップからなる「成長分野識別・促進フレームワーク」を提唱する。(1) 要素賦存構造が似ていて所得水準が自国の2倍の国に焦点を定め、20年以上成長している質易セクターをみつける、(2) 自国に同様の産業があれば、その産業の成長の障害を排除。(3) その産業が自国になければ海外直接投資を誘致、(4) 民間企業のイノベーションを支援、(5) 産業クラスターの形成支援、(6) 以上のプロセスで特定したパイオニア企業を支援する、というものである。

ここで注目すべきは、本書が「新」構造主義経済学として曲調する「動的な比較優位の重視」は、実は1990年代前半に繰り広げられた世銀-OECF(海外経済協力基金、現在のJICA:国際協力機構)論争の際に日本側が主張したことそのものである点だ。今回提案されている6つのステップは、HRV(ハウスマン=ロドリック=ヴェラスコ)モデルとして知られる「成長診断フレームワーク」の議論を一歩進めたものと評価できるだろう。

しかし、議論がまだ荒削りで、さらに改良が必要な部分も多い。第1に、動的な比較優位の予測は難しい課題で、この6つのステップで本当に有望な産業が失敗なく特定できるか実証研究が必要であろう。とくに、現代ではアフリカも含め、人も資本も国境を越えてより大きく移動するようになってきたため、要素賦存構造の変化も大きく、予測がより困難になっているからである。

第2に、この方法では新技術を使ったこれまでとは異なる成長のあり方が見いだせない。たとえば内陸国であるルワンダなどは輸送費用が高いためICTを中心とした経済成長を試みているが、過去に似たような発展をした国があるわけではない。

第3に、制度や政府の能力といった面への考慮が少ないが、レシピがそろっていても皆が同じ味の料理を作れるわけではない。政治権力との癒着や汚職なども考慮する必要があるだろう。また、直線的な制度進化が無条件に前提とされているように思われるが、アジアと欧米だけをみても市場と制度の関係は大きく異なる。では、たとえばアフリカではどのような制度が望ましいのか。

本書の主張をめぐって、著者は世銀内の主流派に鋭く対立し、最終的に2012年に世界銀行を去ることになったが、長く国際援助コミュニティでタブー視されてきた産業政策の見直しの契機を作った。こうした動きと並行して、JICAもエチオピアとの産業政策対話などを実施してきた。本書は今後、こうした議論を積み重ねていく上で基礎となる本であり、強くお薦めしたい。


『経済セミナー』2017年4・5月号からの転載。



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