見出し画像

「力による安定モデル」の民主主義への応用:どうする独裁者 第6話ウェブ付録

このウェブ付録は、『経済セミナー』2024年6・7月号 に掲載された連載「どうする独裁者」の第6話「血塗られた安定」に関する補論です。まずは、第6話の本文を読んでください。

「どうする独裁者」の第6話「血塗られた安定」では、Acemoglu et al. (2008) の議論に基づきながら、権威主義下における「力による安定のモデル」を紹介しました。それでは、このモデルで民主主義体制での権力構造の安定性をどのように分析できるでしょうか? この付録で、詳細に見ていきます。


このウェブ付録のPDF版は【コチラ】からご覧いただけます。

連載「どうする独裁者」の サポートサイト では、各回の付属情報や分析を再現するためのコード&データを提供中。ぜひご覧ください!


 「どうする独裁者」の第6話では、Acemoglu et al. (2008) に基づきながら、権威主義下における力による安定のモデルを紹介しました。権威主義と民主主義を比較すると、どのような含意が得られるのでしょうか。

第6話2.2節において例②として紹介した、$${\{A, B, C\}}$$の3人で形成される社会を考えてみましょう。本文では、以下の数値例に基づいて解説しました。

$$
\gamma_A=3,\quad \gamma_B=4, \quad \gamma_C=5
$$

本文で述べたとおり、権威主義下ではこの3人の提携$${\{A, B, C\}}$$が支配提携となります。AとBが組むことでCを倒すことはできますが、そのあとにAはBに倒されることが予見されるため、Bと組んでCを倒そうとはしないためです。

権威主義下では、力と力が衝突し、支配提携に入れなかったメンバーは、その力を支配提携のメンバーに譲ることになります。命を奪われたり、国から追放されたりするためです。しかし、民主主義下では、政治家が殺害される、あるいは追放される可能性は極めて低いと言えるでしょう。民主主義にこのモデルを当てはめた場合、3人のメンバーは議会における政党と解釈することができます。ここで、それぞれの政党が有する力は、議会に占める議席比率などの政治的影響力とみなします。民主主義下では、選挙に負けた政党は消え失せるわけではありません。議会に野党として残り続けます。

ここで、予算など一定の資源を政党間で分け合う状況を考えましょう。議論を単純にするため、資源の大きさは1とします。予算承認のためには、議会の過半数の賛同を得ないといけません。また、資源は支配提携の中の議席比率にもとづいて配分されるとします。3人の提携では、先ほどの数値例に従って、AとBとCがそれぞれ 3/12、4/12、5/12 ずつの配分を得ることになります。そこで $${\{A, B\}}$$という部分提携が結ばれたとします。この部分提携の議席比率は過半数なので、法案を通すことができます。さらに、AとBだけで配分を山分けできるので、それぞれ 3/7 と 4/7 の配分を得ることができ、3人の提携のときよりも配分量を多くすることができます。

権威主義下では、$${\{A, B\}}$$の提携は安定的ではありませんでした。Cを倒した後に、BがAを倒すからです。しかし民主主義下では、Cは野党として残り続けています。よって、$${\{A, B\}}$$の提携が形成されたとしても、権威主義のようにBがAを倒すことはできません。民主主義において政権与党になるためには過半数の議席が必要ですが、Cが野党として存在している限り、Bが1党のみで政権与党になることはできないためです。よって、AにもBにもこの部分提携を形成するインセンティブがあり、2人の提携$${\{A, B\}}$$が支配提携になります。現実に即していえば、AとBの連立政権が組まれることになります。

議会のゲーム理論分析では、予算(資源)配分が主な政策課題であった場合には、最小規模の支配提携が成立することが指摘されており、最小勝利提携(minimum winning coalition)と呼ばれています。上記の数値例が示しているように、支配提携に含まれないメンバーが消えることがないことから、民主主義下では権威主義下よりも小規模な支配提携になる場合が多くあります。もちろん、選択民の規模が両者間で異なるため一概には言えませんが、権威主義の方が包括的な政府になる可能性があるわけです。民主主義下における議会のゲーム理論分析に関しては、浅古(2018)の第4章を参照してください。

参考文献

  • 浅古泰史(2018)『ゲーム理論で考える政治学――フォーマルモデル入門』有斐閣。

  • Acemoglu, D., Egorov, G. and Sonin, K. (2008) “Coalition Formation in Non-democracies,” Review of Economic Studies, 75(4): 987-1009.

  • Acemoglu, D., G. Egorov, and K. Sonin, 2009, “Do Juntas Lead to Personal Rule?” American Economic Review: Papers& Proceedings, 99(2): 298-303.

浅古泰史(2024年6月26日)


おわりに

「どうする独裁者」の第6話「血塗られた安定」を収録した、『経済セミナー』2024年6・7月号の詳細情報とお求めは、以下をぜひご覧ください!(電子版もあります!)


サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。