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「Covid-19と経済活動」プロジェクトを支えるチーム(仲田泰祐・藤井大輔チーム、RAインタビュー)

2021年1月以降、仲田泰祐藤井大輔両氏をはじめとするチームが進めてきた「Covid-19と経済活動」プロジェクト。彼・彼女らは感染症対策と経済活動の両立に向けた中・長期的な見通しを提示すべく、2021年1月からその時点の最新のデータを使った分析結果を毎週火曜日に更新し、ホームページ上で公表してきた。

今回は、その「毎週更新」を支えるチームに所属する4名に、その活動の裏側をじっくり伺った。

プロフィール:
浅井寛之(あさい・ひろゆき)さん
東京大学大学院経済学研究科修士課程1年、都道府県別GDPチーム。
笠井美穂(かさい・みほ)さん
東京大学教養学部前期課程理科一類2年、都道府県別GDPチーム。
前田湧太(まえだ・ゆうた)さん
東京大学大学院経済学研究科博士課程1年、モデル分析チーム。
森公毅(もり・まさたか)さん
ミドルベリー大学3年経済学・数学専攻、モデル分析チーム。


1 はじめに

―― 本日は仲田先生と藤井先生の分析チームに所属する皆さまにお集まりいただき、「毎週更新」をどのように進めているのか、具体的な取り組みやそこで得られた学びなどについて、詳しくお伺いします。まずは、皆さまがこのプロジェクトに参加したきっかけなどからお聞かせください。

浅井 浅井寛之と申します。東京大学大学院経済学研究科の修士1年で、マクロ経済学を専攻しています。2020年の4月に仲田先生が東大に着任された時期から、先生のご専門である金融政策、中でもゼロ金利政策関連の研究でリサーチアシスタント(RA)をしていて、2021年の春休みに入ってから新型コロナ対策と経済活動の両立に向けた「Covid-19と経済活動」プロジェクトの分析チームに参加しました。主に都道府県別GDPの推計を担当しています。

学部から経済学がバックグラウンドで、工学部の授業にも出席したりしてプログラミングの経験もあり、仲田先生のRAの仕事でもコードを書いていたので、今回のプロジェクトにもスムーズに対応できました。

―― 最初に仲田先生のRAになったのは、どんなきっかけだったのですか。

浅井 仲田先生がTwitterで募集されているのを見たことです。私自身、実際にマクロ経済学の研究がどのように進められるのかに興味を持っていたのと、学部4年生のときにコロナの影響で授業がオンラインになり時間がとれそうだったこともあって応募しました。

―― ありがとうございました。次は笠井さん、よろしくお願いします。

笠井 東京大学理科一類2年の笠井美穂です。具体的にはまだ決めていないのですが、理系の専攻を予定しています。経済学に関する知識としては高校レベル以上のものはなくて、当初は正直ほぼゼロという感じでした。

このプロジェクトには2021年2月から参加しています。きっかけは、大学1年生だった2020年の夏休みに仲田先生が学生インターンを募集されていて、それに応募したことです。インターンではニュー・ケインジアン・モデルを使った論文を読んだり、それに関連する作業をして発表したりといった形の仕事に取り組みました。その後、仲田に先生「もしよかったら参加してみないか」とお声掛けいただき、私も今回のプロジェクトに加わることにしました。

―― 経済学にほとんど馴染みがないということでしたが、インターン参加の動機はどのようなものだったのですか。

笠井 もともと「計算社会科学」という分野に興味があって、そこでは経済学よりももう少し広く社会全体を扱うと思うのですが、それと関係する部分も多いのではないかと思って興味を持ちました。

―― とはいえ、事前の知識がなくてニュー・ケインジアン・モデルの論文を読むのはなかなか大変な気がします。

笠井 最初は本当に何を言っているのか全然わからなかったです(笑)。事前には「需要と供給」という言葉くらいしか知らなかったのですが、インターンの1カ月間で課題論文以外にもいろいろな文献をたくさん読み、徐々に消化できるようになっていきました。

―― ありがとうございました。次は前田さん、よろしくお願いします。

前田 東京大学大学院経済学研究科博士課程1年の前田湧太です。専門はマクロ経済学で、特にheterogeneous agent model(異質性のあるエージェントのモデル)を用いて不平等や格差の問題に取り組む研究に興味を持っています。修士論文もそのテーマで執筆しました。

仲田・藤井先生のチームには2021年3月の第1週くらいから参加しています。2020年にRAをしていた北尾早霧先生のプロジェクトが一段落ついたので他にRAの仕事を探しており、そのときすでにこのチームでRAをやっていた大学院同期の渋谷春樹さんから誘ってもらったことがきっかけです。その後、仲田先生との面接を経て参加することになりました。

―― ありがとうございました。最後に森さん、よろしくお願いします。

 森公毅です。日本の高校を卒業した後、アメリカのバーモント州にあるミドルベリー大学というリベラルアーツの大学に入学して、現在は学部3年生です。浅井さんと同じく2020年から仲田先生のRAとして働いていました。もともとはその年の夏だけを予定していましたが、RAの仕事が楽しくて長く続けることにし、現在は大学を1年間休学してフルタイムでRAをしています。

―― では、今は日本にいらっしゃるのですね。ご専門はやはり経済学ですか。

 はい。現在は経済学と数学をダブルで専攻しています。知識としては学部レベルの経済学と数学を勉強していたくらいでしたが、金融政策や財政政策の影響などをしっかり知りたいと思っていて、仲田先生がRAを募集された際に自分の関心と先生の専門がマッチしていると考えて応募しました。

2 チームで役割分担と協働

―― ありがとうございました。次は実際にどのようなチームで毎週の更新などの業務に取り組んでいるのか、詳しくご紹介いただければと思います。

 時期によってやや流動的なのですが、チームとしては大きく4つくらいに分かれています。そのうち、分析結果の「毎週更新」に深く関わるのは「都道府県GDPチーム」「モデル分析チーム」の2つです。今日のメンバーでは、浅井さんと笠井さんが都道府県GDPチーム、前田さんと私がモデル分析チームに所属しています。

毎週の大まかな流れは、GDPチームが更新用のデータをつくり、それを使ってモデル分析チームがMATLABでモデルを回し、その週の結果を整理してウェブサイトにアップロードして公表する、という感じです。

―― チームはそれぞれ何名くらいで構成されているのですか。

浅井 GDPチームは、当初は毎週手作業でデータを集めていたこともあり、5~6人くらいで担当していました。それでも結構大変だったのですが、6月上旬頃に岡本亘さん(東京大学大学院情報理工学系研究科修士2年)がRAに参加されてから大きく変わりました。岡本さんはウェブスクレイピング等の技術に長けていて作業の多くを自動化してくれため、現在は3人くらいで作業する体制になっています。もちろん、新しい分析のために新たなデータが必要になったときなどはスポットで増員されることもあります。

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浅井寛之さん

―― モデル分析チームの方はいかがですか。

 こちらは現在もだいたい5~6人で回しています。

前田 モデル分析チームはウェブサイトの毎週更新に加えて分析リクエストへの対応を行っているので、毎週更新に対応する作業以外を担っているチームと私たちの作業がオーバーラップすることも多いです。外部からの分析リクエストに対応する際にもモデルの基本的な部分を理解している必要があるので、中核で担当している5~6人プラス、このチームで経験を積んでもらってから別の分析に取り組む人も加わっています。

また、毎週更新対応とは別に大きな分析対象があった場合にも、メンバーが流動的に変わります。最近(2021年6月時点)では東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、五輪)開催の影響分析を進めていましたし、さらに世代間の異質性に着目した分析に取り組むチームも動いています。状況に応じて適宜チーム数やその人数が増減しています。

―― モデル分析チームには、経済モデルを考える人と実際にMATLAB等でコードを回す人がいるのですか。

前田 モデル自体は2020年12月頃に先生方が完成させたものがベースです。外部からの分析リクエストや、情勢の変化などに応じて新しい変数などを追加する必要が出てきたら、対応するデータも集めてモデルに追加するなどの対応はするのですが、基本的にはモデルとコードはひとまとめで作業しています。

―― 仲田先生や藤井先生も頻繁に作業の確認や指導などをされるのですか。

前田 毎週更新については、毎回必ず仲田先生が最終チェックをします。藤井先生もいらっしゃることがあります。また、はじめてチームに参加したときには藤井先生がコードやデータ収集に関してチュートリアルをしてくださいました。モデル拡張のためにコードを改修した場合なども、藤井先生が主に最終確認します。先ほどお話しした五輪分析や世代間異質性分析のプロジェクトでも分析コードを組むのですが、それらのチェックも藤井先生がメインに行っています。

 加えて、五輪分析や重症患者数に関する分析について、モデルへの理解を深めたうえでどうやって説明・プレゼンテーションしていこうか議論するときには、仲田先生が中心になって、発表スライドを見ながらコードをライン・バイ・ラインで確認していくような作業も行っています。

―― 先生方も含めて、チームでのミーティングは頻繁に入りそうですね。

 そうですね。結構忙しくなるときもあって、週末も含めて毎日議論していた時期もあります。

前田 特に五輪分析のときは相当大変でした。

:五輪(東京2020オリンピック・パラリンピック)開催が国内の感染に及ぼす影響について、仲田・藤井チームは以下の分析レポートを公表してきた。プロジェクトのホームページでは分析のバックデータや観客数等に関するスプレッドシートも公開されている(以下、日付はすべて2021年)。
(5月21日)五輪開催の感染への影響:定量分析
(5月24日)[リスクシナリオ追加版]五輪開催の感染への影響:定量分析
(6月14日)五輪観客数試算
(6月17日)五輪による国内感染への影響:総括
(6月17日)五輪による国内感染への影響:直接的影響(with 千葉安佐子)
(6月17日)五輪による国内感染への影響:間接的影響
(6月17日)補足資料1:コロナ禍の大規模イベント
(6月17日)補足資料2:オリンピック開催に伴う人流増加がもたらす感染拡大効果(千葉安佐子)
(6月17日)補足資料3:直接的影響分析の詳細

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―― GDPチームの作業は、具体的にどのような形で行われているのですか。

浅井 都道府県別GDPチームの方は、モデル分析チームに比べると作業が過密になることはありません。私たちのチームは、基本的には都道府県別のGDP推定するコードをつくっておけば、後は毎週データを集めて、コードを回してエラーなどが生じていないかチェックするという作業になるので、これを毎週のルーティンとしてやっています。だいたい、週末にトータルで5~6時間程度作業をして、平日には関連する論文を読んでブラッシュアップのための検討をするという感じです。推定に使うコードは2021年の春休みに集中して完成させたので、現在はそれほど時間を要する作業はありません。

―― 都道府県別のGDPなどは、チームでデータを集めて推定しているのですよね。

浅井 はい。公表されている都道府県別GDPは年別で、リアルタイムの分析にはとても使えません。なので、人出などを含めた20系列以上のデータを収集し、それを用いて推定しています。使っているデータが更新され次第随時集めて、それをもとに毎週GDPの推計も更新するという作業を行っています。

笠井 データの収集で私が主に今まで担当してきたのは、都道府県ごとに公開されている鉱工業生産指数(IIP)の月次データを集めるという仕事です。これは、他のデータと違って都道府県ごとに月末の1週間くらいの期間で一気に更新されるので、その時期にそれぞれのサイトに行って集中的に集めます。空いている時間は、別のチームの仕事をスポットで手伝うようなこともあります。時間的には、週に約2~3時間くらい掛けていると思います。

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笠井美穂さん

―― モデル分析チームの作業は、毎週のデータを受け取ってから火曜日のウェブサイト更新までが特に忙しいのでしょうか。

 はい。毎週月曜日にウェブサイトの更新作業をしています。それ以外の日は、政府など外部から分析リクエストへの対応やコードの整理、また五輪分析や重症患者数分析などといった新しいテーマの分析にも取り組みます。確かに毎週月曜日のウェブサイト更新作業はなかなかハードです。作業自体はだいたい午後からスタートするのですが、データの整理に1時間くらい、モデルが変更される場合も多いのでそのチェックとデバッグに数時間、そのうえでパラメータを調整して、モデル分析の結果が現実にきちんと対応しているかをチェックしたりもするので、最低でも6~7時間くらいはかかっています。作業の終了が深夜になることもあります。

―― 毎週そんな感じですか…。細かいバグ取りなどは特に時間がかかりそうですね。

 そうですね。たとえば、ワクチン接種データの扱いが大変でした。われわれのモデルで想定している接種予定人数と実際の接種人数にズレがあることもあり、そうするとワクチン接種予定者数がマイナスの値になってしまう場合もあるので、そういうエラーを調整していく必要があります。他にも、こんな感じの細かい調整事項がいろいろあります。

―― そういう中で、新しい分析リクエストにも対応していくのはかなり大変そうです。

 分析リクエストは結構頻繁にいただくので、5~6人のチームメンバーを分けて、2~3人で1つの依頼に対応しています。

3 チームの充実化と学業との両立

前田 私の担当も基本的に森さんと同じです。私が2021年3月に参加した当初は森さん私、それともう1人の学部生の方の3人がモデル分析チームでRAとして作業していました。このときは春休みだったので皆さん時間が確保しやすかったのですが、4月に入って学期が始まると同じように時間を使うのが難しくなります。それで人数を増やさなければということで、3月末以降増員されて現在の5~6人体制になりました。

そのおかげで、毎週更新を行いつつも分析リクエストにも対応できるようになり、1カ月に1回程度は交代で毎週更新のお休みをいただくこともできています。私や森さんの場合は現在、仕事の割り振りなど中間管理職的な仕事も任されています。また、新たに参加された方も大きな即戦力となっていて、独力で分析リクエストに対応できるメンバーも増え、いろいろと楽になってきています。

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前田湧太さん

―― 3月末から6月末現在までの約3カ月でかなり体制が整備されたのですね。

前田 修士課程の学生でMATLABに詳しい方も加わりましたし、先ほども登場した岡本さんは本当にすごくて、五輪分析や世代間異質性分析で活躍されています。また、共同研究者である長沢賢一さん(ウォーリック大学経済学部アシスタント・プロフェッサー)にも、上記の五輪分析や世代間異質性など、さまざまな分析作業にご協力いただいております。

―― 学部生から研究者の方まで、チームのメンバーにはかなりの幅があるんですね。

 はい。モデル分析チームは、私を含めて学部生が2人、修士課程が2人、前田さんが博士課程、もう1人が長沢さんですね。

―― 毎週更新作業は、確かに授業が始まると両立は大変そうです。

前田 4月以降は休みをいただけるときもあるのですが、状況に応じて対応もかなり変わります。たとえば、モデルを大きく変える必要があった場合などは全員参加して理解しておいてもらわないと次週の作業ができなくなったりするので、そういうときにはなるべく全員で作業するようにしています。しかし、どうしても学業の予定で拘束されることもあります。私自身も今週はプレゼンテーションの予定が2つあったので、一昨日の更新作業はお休みをいただきました。こういう感じでフレキシブルに対応できるのですが、それはチームの人数がある程度確保できているからだと思います。

―― 浅井さんと笠井さんは4月に入ってから学業とのバランスはいかがですか。

浅井 GDPチームの方は私と高倉一真さん(東京大学大学院経済学研究科修士課程1年)が中心になってGDP推定の更新作業をしているのですが、基本的には授業との両立がすごく大変だという感じではないです。中心になれるメンバーが2人いるので、どちらかが忙しい場合にはフォローしあえますし。中間管理職的な仕事も多いですが、その辺りもうまくシェアして進めています。やはり、チームの人数が多いから余裕をもって回せているのだと思います。

笠井 2~3月中と現在(6月)とでは、実は今の方が集めているデータが少ないので楽になっています。2~3月はかなり細かくデータを集めていたのですが、それがあまりに大変すぎるのと、データ自体も都道府県ごとに基準がバラバラだったりして統一的に扱うのが難しいこともあり、収集するデータが絞られることになったからです。
たとえば、以前は鉱工業生産指数を業種別で集めていたのですが、都道府県ごとに業種の基準が違ったりして使いにくいので、結局はそれを更新せず、全国版の指数だけを集めることになりました。そういう事情もあり、4月以降は負担がかなり減りました。

―― 森さんは現在も休学中で、前田さんの場合は博士課程だと授業負担自体はそれほど多くないのでしょうか。

 はい。ですので、そういう意味ではあまり両立などは気にしていません(笑)。ただ、東京大学の授業をいくつか聴講させていただいていて、それらと両立していくのはなかなか大変だろうなという印象は持っています。

前田 博士課程の場合は授業を履修することはあまり多くはなく、現在は仲田先生の金融政策の授業と関数解析の授業のみで、おっしゃる通り授業負担は大きくないです。そのため、より重要なのは、自分の研究時間とのトレードオフです。4月以降は、このチームの作業に平均的には20時間程度を充てています。多いときは週40時間ほどになることもあり、あまり自身の研究時間がとれない時期もありました。

―― かなりの時間を割かれているのですね。

前田 ただ、負担の軽い時期は週に5時間くらいの作業で済むので、そういうタイミングで自分の研究を進めています。また、3月などの時期と比べると現在はウェブサイトの更新内容がかなり少なくなっています。というのも、以前は全国に加えて、東京都、大阪府、千葉県、愛知県、福岡県、神奈川県、埼玉県の見通しについても更新していたのですが、6月現在は東京都と大阪府に絞っているためです。都道府県ごとの性質にあわせてパラメータを調整する作業にはとても時間がかかります。たとえば愛知県の場合、特に自動車産業が盛んなこともあって人流と経済との関係が他の県と大きく異なったりします。そうした場合に適切な予測を立てるためにパラメータを調整しなければなりません。

―― コロナの状況は非常に不確実ですが、プロジェクトの期間も当初の想定よりも長くなっているのではないでしょうか。

前田 当初はワクチン接種が進むにつれて感染が収まると考えていましたが、変異株などによりなかなか感染が収まらず、プロジェクトも私が想定していたよりも長期化しそうです。今後もどうなるかは、状況次第かなと思います。

―― 人数は6月現在で約20名ですが、今後も増員されたりするのでしょうか。

前田 4~5月でかなり増員されたのですが、メンバーの出入りも結構あるので、それもふまえてだいたい現状の規模が維持されるのではないかと思います。

―― 学業との両立は大変な面もありそうですが、しっかり人数を確保して大きなチームで取り組むことで、それぞれの都合にあわせて柔軟な対応も可能となるのですね。人的なリソースをきっちり確保することは、プロジェクトの持続性やミスを最小限にするという視点でも重要な気がします。

4 プロジェクトに参加して学んだこと

―― ここまで、「毎週更新」を実際にどのように進めているのかを詳しくご紹介いただきました。ここからは、プロジェクトへの参加を通じて得た学びなど、皆さまのご経験をお伺いしたいと思います。リアルタイム分析の作業に加えて、メディア・一般とのコミュニケーションや政策現場との対話など、普段は近くで目にする機会の少ない場面も多いでしょうか。

浅井 まず、こういう分析を一般に発表する場合には、「どういう仮定を置いているか」という点をしっかり伝えることが重要で、それへのこだわりを強く意識しなければならないということを、プロジェクトを通じて実感できました。学術論文や研究者とのコミュニケーションでは、「こういう仮定のもとではこういう結果になる」という形で説明し、その議論がエレガントでインプリケーションに富んでいれば価値があるとみなされると思うのですが、新型コロナ分析のように政策的なインプリケーションが重要となるケースでは仮定が現実に照らしていい加減だと、その時点で価値がガクンと落ちてしまいます。だから、この点への配慮が非常に重要です。

いくつかの仮定のもとで複数のシナリオ分析を発表した際、「メディアがどのシナリオに基づく結果を使いそうか」をあらかじめよく考えておくことも重要です。この点を織り込んで検討しておかないと、私たちが発信したメッセージが元の意図とは異なる形で一般に拡散されてしまうことにもつながりかねません。こういうところから、アカデミックな場面で研究成果を発表することと、知見を一般に向けて広く発表することの間には、その意味や負うべき責任において大きな差があるということを強く感じました。

―― 仲田・藤井先生も一般に向けたコミュニケーションに非常に力を入れているとのことですが、実際に関わってみてかなり印象が変わったのでしょうか。

浅井 仲田先生の前職が市場とのコミュニケーションを重視しているFRB(連邦準備制度理事会)だからというのもあると思いますが、一般とのコミュニケーションを重視するという強い意思を感じましたし、実際にご本人もそのように話したり行動したりしています。こういう姿勢は、私にとってとても新鮮でした。

―― ありがとうございました。次は笠井さん、よろしくお願いします。

笠井 このプロジェクトに関わってまず思ったのは、「日本のデータは本当に集めにくく、使いにくい」ということです。これは自分がデータ収集の仕事を任されたからこそ、強く感じることができました。まず、どのデータがどこにあるのかがわかりにくい。たとえば、諸外国の新型コロナ感染者状況のデータを集めて分析する機会もあったのですが、それらと比べると日本には全国各地のデータを1箇所にまとめているサイトが存在しません。たとえばアメリカの場合は、中央政府が各州のデータを集計して公表するという形で非常にわかりやすくまとめられているのですが、日本の場合はそういうものがなくて、データを活用する際のハードルが非常に高くなっていると感じました。

もう1つは、事前に想像していた経済学のイメージが変わったということです。私は経済学専攻ではないので、経済学と言えば主に金融政策などをイメージしていましたので、仲田先生が新型コロナ分析に取り組んでいるのを見て、最初はなぜこんなことを始められたのかよくわかりませんでした。しかし、実際のモデル分析に触れることで、経済学の応用範囲は事前に自分が思っていたよりもずっと広く、社会にインパクトを与えられるような分野なんだなと思い直しました。

加えて、私はまだ学部生で、授業以外で研究者の方々とコミュニケーションをとる機会があまりなかったのですが、この機会を通じて仲田先生をはじめ日々忙しく過ごされている先生方の生活や考え方に触れて、研究者として生きるとはどういうことなのかをなんとなく実感できました。この点も、自分にとっては非常によい収穫でした。

後は余談ですが、参加当初と比べて月日を追うごとにメディアに取り上げられる頻度が上がっていって、母親も毎週のように「仲田先生がまたテレビに出ている」などと言っていて、本当に一般にどんどん届くようになっているんだなと感じる機会も多かったです。

―― ありがとうございます。それでは前田さん、よろしくお願いします。

前田 このモデルをはじめて見たとき、現在の経済学研究で用いられるモデルで一般的となっているミクロ的基礎付けを全部落としていることに衝撃を受けました。それは、毎週更新を目的の1つとしているためだったのですが、その意味は実際に自分で作業してみてよくわかりました。もし個人の最適化等を含めたミクロ的基礎付けのある、より複雑なモデルを使っていたら、とても毎週更新は無理だったと思います。ですので、こんな方法もあるんだということを知れたのは大きな学びでした。

また、特に私の専門分野では、過去のデータを見て経済の動向をリプリケート(再現)するモデルをつくり、それに基づいて反実仮想を想定した政策シミュレーションを行うといったスタイルが多いので、パラメータを決める際にも過去のデータの平均値を充てることが多いのですが、それで現実的な予測ができるとは限りません。今回、短期の現実的な見通しを提示するにパラメータを調整するという経験をはじめてすることができ、この点も新鮮な経験でした。

毎週データを更新して分析結果をアップデートする際に、場合によってはフォーマットまで変わってしまうという点も重要なポイントです。たとえば、ワクチンの種類がファイザー製に加えてモデルナ製が出てきたときや、新たに職域接種がスタートしたときなどには、それによりスプレッドシートの形状が大きく変わることもあり、データの取り込み方や分析コードも作り直す必要があります。このように、毎週何らかの形でデータが変わり、それに対応してモデルやコードを修正していくということの大変さも知ることができました。

また、このプロジェクトで取り組んでいるのは感染症対策を扱う学際的な分野なので、仲田先生たちが感染症・公衆衛生分野の先生方と頻繁にコミュニケーションをとりながら進めているのも興味深いポイントでした。

リアルタイムで政策現場や一般・メディアに向けて発信するために毎週ウェブサイトを更新する作業は、毎回非常に緊張します。毎回ミスがないか何度もしっかりチェックして、仲田先生のチェックも経てから公開しているのですが、それでもミスが出てしまうことが過去に何度かありました。できる限りミスのないように努力し、みつかったときにはすぐに修正版を公表するということを、チーム全体で心掛けています。

―― そのためにも、やはり大きなチームでしっかりした体制をつくることが重要なんですね。

前田 そうですね。実際コードを動かすのは1人なのですが、それをチームの複数名で見ることで「そこは違うんじゃないですか?」といった形で、おかしなポイントを指摘して修正することができます。そのためには、やはりある程度の人数は必要だと思います。

―― 最後に森さん、よろしくお願いします。

森 私からは3点お話しします。2点はチームで分析することについて、もう1点はモデル分析に関して思ったことです。

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森公毅さん

まず、他のメンバーから得る学びの量が非常に多いのだということを、実際にチームで取り組む中で実感しました。2020年秋も仲田先生のRAをやっていましたが、そのときは先生と1対1で私自身もあまり経験がなかったので、今考えてみると先生の期待に十分に応えられなかったと思います。一方今回はチームを組んで、前田さんをはじめ大学院生の先輩方から、どのようにレポートをまとめるか、どうやってプレゼンするか、どれくらいのスピード感でどの程度の質のものを提出する必要があるのか、といった点を実際に学ぶことができ、非常によい経験になっています。

次に、前田さんも言われた通りチームで確認作業を行うことも重要だということです。モデル分析の結果を公表する場合、ミスがちょっとでもあると信用問題になりかねません。仲田先生からは、「どんな小さなミスでも起こさないように最大限努力しよう」と言われていて、そのためにチームで取り組んでいます。プログラムのデバッグなどを1人でやるのはかなり大変で忍耐力も必要ですが、同じコードをチームの4~5人で一緒に見ながら作業することで、社会に向けて自信をもって発信することができていると思います。

最後はモデル分析自体についてです。これまでは、自分の経験や実力の不足によるところもあると思うのですが、モデルが現実社会に直接対応している感触が得られないというか、「机上の空論ではないか?」と思うこともたびたびありました。しかし今回、疫学マクロモデルを使って、現実のデータとあわせて毎週結果を発表しているうちに、こんなにシンプルなモデルでも見えてくることが結構ある、私たちの出している中・長期的な見通しが世の中で役立てられることも少なくないんだ、ということを強く実感しています。モデル分析の有用な側面を肌で感じることができて、この半年間で自分の中でのモデル分析に対する印象は大きく変わったと感じています。

5 プロジェクトの経験を今後に活かす

―― それでは最後に、今回のプロジェクトでのご経験を経て、その後の学習やキャリアへの展望・ご希望などをぜひお聞かせください。

浅井 おおまかに2点あります。1つ目は学際的な研究への可能性です。これまで専門外だと思っていた疫学モデル(SIRモデル)も、論文を読んでみたら意外と理解できて、経済学への応用を考えていくことができるということがわかりました。こういう可能性は、他の分野にもあるのではないかと思います。今回の経験をきっかけに、他分野との学際的な研究に対する自分の中でのハードルを意識的に下げていければ、将来的にインパクトのある研究成果を出すことができるかもしれないと思いました。

2つ目は社会との接点についてです。仲田・藤井先生が社会との接点を非常に重視されている姿を目にし、外に出ていくのも研究者の生き方の1つなんだと感じ、そういう面でも研究者という職業をポジティブに考えられるようになりました。

笠井 私の場合はまだ専門課程にも進んでいないのですが、いろいろな人に求められる仕事や分析に関わることができて、それに取り組める研究者とはとてもよい職業だと思い、そういう生き方はすごくいいなと感じました。同時に、いろいろな方々からフィードバックを受けたりするプロセスはすごく大変だとも思いました。

前田 私は将来研究職に就きたいと考えているのですが、今後共著で論文を書く際などに、このプロジェクトで得たチームで仕事を進めるという経験は役に立つのではないかと思っています。

加えて、リアルタイムの政策分析もなかなかできない経験です。もし将来、たとえばFRBのような機関で働くことを考えた場合には、そういった観点が重要になると思います。また、実社会に役立てるために研究を政策と直接結びつけるようなやり方としても、今回の経験は大いに学びにつながっています。

一方で、私たちが発表する研究がどのように受け取られるかということへの配慮も重要です。一般・メディアの方々や政策形成の現場の方々に向けて、研究成果を発表する側にも大きな説明責任があるということも実感できました。

 今回の機会を通じて、じっくり数年間をかけてモデルを作り上げて研究成果を報告することも大事である一方、短い期間で実社会に役立つような発信をしていくことも研究者としての姿の1つだと思いました。もちろんどちらの営みも重要で、両者のバランスをうまくとりながらやっていくのもおもしろいなと強く感じました。特に後者について今回のプロジェクトで学ぶことができてよかったです。まだ学部生で、今後は経済や統計を中心に勉強していこうかと考えているところで、大学院に進んで研究をしてみたいという思いもあるので、じっくり考えていきたいと思います。

[2021年6月23日収録]

■おわりに

仲田泰祐先生、藤井大輔先生の「Covid-19と経済活動」プロジェクトを通じた取り組みを追いかけるシリーズ「政策と経済学をつなぐ」が、『経済セミナー』8・9月号よりスタートしています。第1回のタイトルは、「『Covid-19と経済活動』プロジェクトの船出」。

また特別編として、仲田・藤井先生がプロジェクトを通じ、当初から新型コロナと闘い続けてきた感染症・公衆衛生の専門家の先生方と、どのように交流・連携をとりながら進めてきたかを記録した記事を、以下のnoteで公開中です。ぜひこちらもご覧ください!


サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。