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新社会人へのメッセージ「正論ではなく持論を」 多様性への挑戦

皆さん、こんにちは。

新社会人としての第一歩を踏み出された皆様に、心からのエールを送りたいと思います。

この春、満開の桜の下で新たなスタートを切る皆さんに、特別なメッセージをお届けします。

「正論など存在しない」と知っておく

社会に出ると、多様な価値観と意見が交錯する場面を経験します。会議室からカフェテリアまで、様々な場で多くの「正論」が飛び交います。

皆さんは、なんとなく正論だと考える方の味方になったり、正論っぽい方に流されたりするかもしれません。

しかし、「正論ではなく持論が重要」なことを忘れないでください。

なぜなら、世の中に絶対的な正論など存在しないからです。

この社会に生きる人は、誰もが「自分の論理が正しい」と信じています。そのため、意見が衝突するのは、生きていく上で避けられません。

だから戦争や紛争は、この世界で永遠に無くなることはないでしょう。

「正論は、人によって正論ではなくなる」

「正論だが人によっては正論ではない事例」は、多くの場合、文化や価値観の違いによって引き起こされます。

一つの例を挙げるとすると、「動植物の権利」と「人間の経済活動」の対立があります。このテーマは、環境保護と経済発展のトレードオフが問題となり、よく衝突が起きます。

<動物の生息地保護と経済開発>

環境保護派の視点からは「すべての生物は生きる権利があり、その生息地を破壊すべきではない」という考え方が正論とされます。

森林を伐採してまで新しい住宅地や商業施設を建設するのは、動物の生息地を破壊し、生態系のバランスを崩すため、非倫理的であるというのが正論になるでしょう。

一方、開発を推進する立場からは、「人間の生活向上と経済発展のためには開発が必要」という見解が正論とされます。

経済的な発展が遅れている地域では、雇用創出や生活基盤改善のために、自然環境への配慮はしないことがあります。しかし、これもまた正論といえるのではないでしょうか。

<動物実験>

研究者の視点からは、「人間の健康を向上させるためには動物実験が必要」という考え方が正論です。

新薬の開発や医療技術の進歩のためには、動物実験を通じ、安全性と効果の検証が科学的な正しいアプローチとされています。

一方、動物保護の立場からは、「動物は実験のために利用されるべきではない」という考えが正論です。

動物も感情を持つ生き物であり、人間の利益のためだけに犠牲にされるべきではないという強い信念があります。

「正論とは、人の価値観次第である」

前述の事例から分かるのは、何が「正論」とされるかによって、必ず衝突は起きるということです。

ただ、それぞれの立場は自己の論理と価値観に基づいており、どちらの主張も間違ってはいません。逆に考えれば、どちらも正しいとは言えません。

つまり、普遍的な「正論」というものは存在しないことを浮き彫りにしていると思います。

ならば、何も言わない、伝えない方が余計な争いを起こさなくて済むと考える人がいるかもしれません。

しかし、自分の考えや価値観を伝えることを恐れてはいけません。
皆さんは持論を必ず携えておくべきです。

「持論によって、人と衝突したとしても恐れない」ことが、真のプロフェッショナルへの道を切り開くと私は考えます。

自分の考えをしっかりと持ち、それを周囲に伝える勇気が、成長の第一歩につながるのではないでしょうか。

結論:多様性とは衝突の繰り返しである

「互いの正論によって衝突が起きる」という現実は、社会人として避けて通れない道です。

しかし、それは悪いことだけではありません。

異なる意見の衝突から、新しいアイデアが生まれ、より良い解決策が見つかるかもしれません。

何も伝えなければ、発見も進歩もありません。ただ、誰かの言うことを聞くだけの人生になってしまいます。

私は、意見の衝突こそが多様性だと思っています。そして、衝突を繰り返すことで、自分の考えが整理されていくと信じています。

これが私の持論です。

皆さんが自分の意見を持ち、それを周囲と共有し、互いに刺激し合いながら成長していくことを願っています。

桜の花のように、一時の美しさに留まらず、常に新しい芽を吹かせる生き方を目指してください。新社会人の皆さんへ、心からの応援を送ります。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
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