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雑誌『教育と医学』(2022年5・6月号)「特集にあたって」「編集後記」公開

 雑誌『教育と医学』の最新号、2022年5・6号が、4月27日に発売されました。今号の特集は、「子どもの健康を守る教育と医療の連携」です。
 新型コロナウイルス感染症により、子どもたちの日常生活は甚大な影響を被りました。環境の激変に伴い、睡眠や食欲といった基本的な生理的機能に変調を来す子どもも少なくありません。子どもたちの心身の健やかな成長のため、教育と医療の緊密な連携がかつてないほどに求められています。その現状と課題について掘り下げます。
 「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。

●特集にあたって

子どもと大人が安心して生きていくための教育と医療の連携
安元佐和

 今回の特集のテーマは、「子どもの健康を守る教育と医療の連携」です。
 私が所属する日本小児科学会は、小児科専門医の目指す医師像の一つに、子どもの代弁者(advocate)として、医療上の問題解決だけでなく、小児疾患に関わる社会的問題の解決にあたることを挙げています。教育と医療の連携も、子どもの代弁者としてのアドヴォカシー(advocacy)の実践の一つです。小児科領域ではこれまでにも、小児がんや慢性疾患で長期の入院治療を受けた子どもたちが、退院後の学校生活に戻りやすくなるように様々な連携を行って来ました。院内学級を介した医療者と本来の在籍校の教員とが、子どもの退院後の学校生活について情報共有を行うのもその一つです。それ以外にも学校健診での生活管理表や学校で医療的ケアを必要する子どもたちの指示書の作成、集団生活に馴染みにくい子どもたちの発達特性についての就学や学校での対応についての助言などが挙げられます。小児科医は、子どもの身体症状の背景にある子どもの思いを代弁する役目と、家族の思いと学校側の視点が異なる場合の調整を担う役目があります。しかしながら、教師と医師の多忙さも相まって、効果的な連携を行う好機を逃すことがあります。また、現在の連携が子どもやその家族に直接関わる教員あるいは医師の個々の裁量で成り立っていること、子どもの問題解決には少なからず子どもやその家族のプライバシーに立ち入ることになり、家族と学校との対立の危険を孕むこと等、連携の一歩を踏み出すための心理的ハードルの高さがあります。
 それに加えて、二〇二〇年に始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、今も終息の目処が立たず、人と人との関係を物理的距離だけではなく心理社会的距離も拡げています。このコロナ禍の社会生活への打撃は、大人にとっても大きなストレスとなり心までも蝕んでいます。そして、その皺寄せは最も弱い存在の子どもたちにもたらされ、子どもたちの心身の育ちに大きく影響し、虐待件数の増加も報告されています。虐待や子どもの自殺などの報道があるたびに、教育と医療あるいは行政とのスムーズな連携システムの構築は、子どもに関わる周囲の大人たちにとっても重要であると痛感します。
 また、ICTの発達した現代社会はインターネットを通して多種多様な情報が溢れ、子どもたちも容易にそれらの情報にアクセスできる状況です。このICTの発達により、現代人の脳は良くも悪くも溢れる情報に支配されている面があり、特に子どもたちへのリスクへの対応は追い付いていません。この情報化社会の急速な発展も、子どもたちの心身の健康に影響を与えている一因と言えるでしょう。
 今回の特集は、心身の不調を訴える子どもたちの背景にある不安や命のSOSのサインを見落とさないための視点と課題を取り上げています。子どもたちの家族を含め、教育と医療だけでなく、福祉や行政も巻き込み、コロナ禍であろうが多忙であろうが、子どもたちを守るための教育と医療の連携の安全な仕組みを構築することを目指しましょう。

安元佐和(やすもと・さわ)
福岡大学医学部医学教育推進講座主任教授。博士(医学)。専門は臨床小児神経学(てんかん、発育障害、脳波・誘発筋電図)、医学教育。福岡大学医学部卒業。福岡大学医学部小児科講師、助教授を経て福岡大学病院小児科診療教授。二〇一四年より現職。日本小児科学会専門医・指導医。

▼特集の内容はこちら

●特集●「子どもの健康を守る 教育と医療の連携」
「子どもの健康を守る教育と医療の連携──現状と課題」
 桃井眞里子(自治医科大学名誉教授。専門は小児神経学)
「小児心身症と学校生活での留意点」
 永光信一郎(福岡大学医学部小児科主任教授。専門は小児心身医学)
「特別支援教育と医療の連携」
 堀口寿広(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所公共精神健康医療研究部 保健福祉連携研究室長。専門は障害福祉論)
「子どものワクチン接種に関する教育のあり方──HPVワクチンを例に」
 鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授。専門は疫学、公衆衛生学)
「子どもの摂食障害──学校―病院の連携」
 大谷良子(獨協医科大学埼玉医療センター子どものこころ診療センター助教。専門は小児発達障害、小児心身症)
「スクールカウンセラーからみた学校と病院の連携」
 山桝義剛(神奈川県立鶴見養護学校自立活動教諭(心理職)。専門は臨床心理学)

●編集後記

『教育と医学』は、今年創刊70周年を迎える。この雑誌は、終戦後間もない1953年7月、当時の九州大学教育学部と医学部の教員有志が集い、教育と医学が緊密に連関し、「真の健康人」を作るために相互の専門家の協力体制を構築するという趣旨のもとに発足した「教育と医学の会」の機関誌として発刊された。
 本誌創刊号の巻頭言において、会の発起人のひとりであった平塚益徳は、健康の概念について、「身体的、精神的及び情緒的な面を含んだ身体諸器官の望ましい在り方、しかもそれが個人的な面だけでなく社会面をも包括し、その結果個人的ばかりでなく社会的にも幸福感が随伴するような在り方」をいうのであると述べている。この説明は、当時、発効して間もない世界保健機関(WHO)の健康憲章に倣ったものであり、本誌は創刊時より健康教育に重点を置いてきた。したがって、本号の特集である「子どもの健康を守る教育と医療の連携」は、図らずも創刊時の原点に回帰したものであるとも言えよう。
 本誌が創刊された1953年は、テレビ放送の開始など、明るい話題もあったが、わが国はまだ敗戦の痛手から回復しておらず、世相はなお騒然としていた。国際的には、年頭に北大西洋条約機構(NATO)軍最高司令官を務めたアイゼンハワーがアメリカ大統領に就任すると間もなく、ソビエト連邦の最高指導者、スターリンが死去し、東西冷戦の構造に激震が走った。
 折しも、現在(2022年3月)、ロシアのウクライナ侵攻により世界は第三次世界大戦勃発の予兆に怯えている。おぞましい戦火を逃げ惑い、傷ついたウクライナの子どもたちの報道に胸を痛める。彼らの「身体的、精神的及び情緒的な面」での健康回復は、本誌の使命とも無関係ではない。信じがたい今日の悲劇を目の当たりにする時、『教育と医学』が創刊された時代を想い、改めて教育と医学の連携の大切さを噛みしめている。(黒木俊秀)

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