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雑誌『教育と医学』(2023年3・4月号)「特集にあたって」「編集後記」公開

 雑誌『教育と医学』の最新号、2023年3・4号が、2月27日に発売されました。今号の特集は、「改めて、教育・教師の魅力を考える」です。
 教育に関するニュースはいま、「不登校・いじめの増加」「子どもの自殺」「教師の多忙化」 「ブラックな職場」「教員不足」等、ネガティブな情報が多くなっています。それもあってか教員採用の競争率は低下し、教員不足に拍車がかかっています。一方、新学習指導要領の実施以降、従来の枠を超え新しい魅力ある教育を模索している地方自治体・学校も多くあります。そんな日本の教育と教師の魅力を、教育行政・学校現場・教員養成の立場から、再検討・再発見する機会とします。
 「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。

●特集にあたって

学校批判は過剰な期待の裏返し──もう一度、教育・教師のありのままを見つめなおす
鈴木 篤

  近年、よく耳にする教育ニュースといえば、「不登校・いじめの増加」「教師の多忙化」「教員不足」等、ネガティブな情報が多いように感じられます。そして、こうした情報に触れ続けることで、私たちは教師や学校教育に否定的なイメージを抱くようになります。しかし、従来の枠組みを乗り越え、新しく魅力ある教育を模索している地方自治体・学校も多く、さらに教員の大量退職・大量採用を経て、数多くの元気な若手教員が学校現場に増えているのも事実でしょう。また、新型コロナウイルス感染症の広がりの中、オンライン授業なども急速に普及し、学校現場は急速な変貌を遂げています。そこで本特集では教育行政・学校現場・教員養成の立場から、日本の教育と教師の魅力(長所)について再度考えてみたいと思います。
 ところで、学校教育に関しては、なぜ明るく楽しいニュースよりも、ネガティブな情報の方が多く出回るのでしょうか。そこには様々な理由があるでしょうが、学校が家庭や社会から(時に過剰なほどの)期待を背負い、完璧な振る舞いのみを期待されているという事情も指摘できます。教育学者の広田照幸が『教育には何ができないか』(春秋社、二〇〇三年)において論じるように、家庭と学校の関係は当初(明治期以降)必ずしも良好なものではありませんでした。家庭は子どもにとって必要な教育を(村での生活を通して)自ら確保していましたし、学校が提供するカリキュラムは村の人々にとって不要なものと映りました。それが、高度経済成長期以降、人々は村を離れて都市周辺の新興住宅地等に暮らすようになり、村での人間的つながりを失ったことから、教育に関して頼れるのは学校や教師のみとなってしまいます。そして、学校や教師に頼ることが一般的になると、家庭ではなく学校こそが唯一のよりどころとなり、学校が家庭の期待に応えることも当然とみなされるようになりました。
 なお、政治学者の原武史が『滝山コミューン 一九七四』(講談社、二〇〇七年)において一九七〇年代の東京郊外を舞台に描き出したように、学校が家庭の期待に応えられる限り、学校と家庭の関係は良好であり続け、家庭も学校や教師を応援してくれます。しかし、学校がそうした期待に応え続けるためには、家庭の期待をあれもこれも全て引き受け、無制限にその仕事の範囲を広げていくことも求められたのです。

 このように考えてみると、私たちの身の回りに教育に関するネガティブなニュースがあふれているのは、「本来は応えてくれるはずの期待に学校が応えてくれていない」という不満足感が原因なのかもしれません。学校は「全てをうまくやってくれて当然の存在」であり、何かひとつでもこなせないことがあると、それは「ニュース」になってしまうのでしょう。

 では、私たちは学校教育とどのように向き合っていくべきなのでしょうか。学校も本来は生身の人間である教師たちによって支えられる組織であり、そこには様々な不完全さも伴うはずです。私たちは学校教育に過剰な期待を抱き、学校は家庭との関係を良好に維持するためそうした期待に無制限に応えようとしますが、当然ながらすべての期待に応えられるわけはありません。そのため、学校に対する期待それ自体は悪いことでないとはいえ、そうした期待が満たされて当たり前と思うことは、教師を疲弊させ、学校を弱らせることにつながりかねません。私たちは少し後ろに引いて、学校のありのままの姿をもう一度見つめなおすことも必要なのでしょう。今回の特集では、そうした見つめなおしの一例として、現在の苦境の中で奮闘する学校教育・教師にエールを送りたいと思います。

鈴木 篤(すずき・あつし)
九州大学大学院人間環境学研究院准教授。専門は教育学、そのなかでも社会システム理論に基づく教育実践の分析。広島大学大学院教育学研究科。博士(教育学)。研究業績に「ニクラス・ルーマンの学級論に関する検討:非対面型授業の対面型学校教育への代替可能性と限界」(『教育学研究』)など。

▼特集の内容はこちら
●特集●「改めて、教育・教師の魅力を考える」
「学校・教育を問い直し、教育の魅力を再発見する」
 松下良平(武庫川女子大学教育学部教授。専門は教育学・教育哲学)
「日本の教育の魅力とは何か──Society5.0及びVUCAの時代と教職への期待」
 藤岡達也(滋賀大学教授。専門は科学教育・環境教育・防災教育等)
「教師の魅力を高めるために──教員研修機関の取組から」
 猪瀬宝裕(茨城県教育研修センター所長)
「教員養成学部一年生にとっての教職の魅力と不安を考える」
 園部友里恵(三重大学大学院教育学研究科准教授。専門は教師教育学、表現教育)
「特別支援教育の教員養成で魅力を伝える」
 小田浩伸(大阪大谷大学教育学部教授。専門は特別支援教育)
「学校の未来を創る若手教員の力と成長を信じて」
 牧 英治郎(大分市立森岡小学校校長)
「魅力ある教育実践とは何か──二つの事例を通して考える」
 増田健太郎(九州大学大学院人間環境学研究院教授。専門は臨床心理学・教育経営学)

●編集後記

 2022年10月28日に文科省から発表された不登校児童生徒の数は前年度から24%増えて過去最高の24万4,940人でした。いじめの認知件数も過去最多になり、暴力事案も増えています。調査の対象にはなっていませんが、いわゆる「学級崩壊」も増えているのではないでしょうか。教員の精神疾患での休職者数も前年度より1,448人増えて、1万944人と過去最多になっています。特に20代の割合が年代別では一番高くなっています。それぞれの事象は根底でつながっています。

 不登校やいじめなどの児童の問題、保護者のクレーム、教師の指導力の問題など、多くの問題・課題を学校は抱えています。そこに、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が4年目に入り、学校現場の多忙感は、想像を超えるものになっていると思います。最大の問題の一つは教員数が少ないことではないでしょうか。少人数学級になっても教員配置が行われない、産休・育休や精神疾患などで休職しても、代替の教師がなかなか見つからない等、教員の定員数さえも満たされない状況です。教員の人数を増やすことが課題ですが、教師になりたいという絶対数も不足している現状があります。

 教育現場の状況は統計上「危機的な状況」だと言えます。数値に現れる統計上の情報はネガティブなものが多い印象です。人の脳裏にはよいことよりも悪いことの方が記憶に残りやすいことも影響していると思われます。また、「質」は数値には表しにくいからです。しかし、魅力ある教育実践を行っている魅力ある教師は全国にたくさんいると思います。時々、新聞や教育雑誌に掲載されていますが、統計の数値以上にインパクトがなく、また、印象に残りにくいものだと思います。そこで、今回は、「教育と教師の魅力」について特集しました。年度末から新年度の準備に向けて忙しい時期だと思いますが、自らの教育を振り返り、4月から新しく出会う子どもたちへの教育実践のために本特集を参考にしていただければ幸いです。(増田健太郎)

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