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現代経済学の最良入門書!『新版 市場を創る』

全米の新聞各紙の書評に取り上げられ、ニューヨーク・タイムズで「その年でもっとも注目すべき本(Notable Book of the Year)」の一つに選出された名著の翻訳版『市場を創る』。

このたび当社より、『新版 市場を創る』として、装いを新たに刊行されました。訳文をより読みやすく工夫したほか、各章の要旨を追加することでより内容を理解しやすくなるよう改良を重ねています。

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『新版 市場を創る』各章要旨の一部

現代経済学への本格的かつ平易な「入門書」であるとともに、超一流の理論家・実践家が提示した深い市場観・経済観が提示されている「経済思想」の書としても読むことのできる内容となっています。

このnoteでは、訳者・瀧澤弘和氏による解説より一部を公開します。2002年に刊行された原著を、20年以上経ったいま改めて読む意義について解説します。

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現代経済学への最高の入門書

 21世紀の劈頭に執筆された本書を,それから20年近くを経た現在,改めて読むことの意義は,どのような点にあるのだろうか.上述したように,本書は平易な現代経済学の解説書としての側面と,著者のオリジナルな経済思想の側面という両面を持っている.そこで,最初に現代経済学の解説書としての側面から見ていこう.
 今日でもたいていの大学における経済学の入門教育では,需要曲線と供給曲線を使った市場メカニズムの学習が多くを占めているはずである.そこではまず市場均衡の概念を用いて,市場がもたらす資源配分の効率性が説明される.しかし今や経済学は,需要曲線と供給曲線の図でイメージされるような市場メカニズムの学というイメージを大きく超えて,きわめて多様な展開を遂げている.こうした展開の中でもっとも重要な出来事は,1970年頃まで主に,新古典派によって市場メカニズムの理論として展開されてきた経済学が,それ以降,ゲーム理論を内部に浸透させることによって,市場と市場を取り巻くさまざまな制度に関する学,そしてそれを応用した制度設計の学へと様変わりしてきたことである(20世紀後半における経済学の展開の素描に関しては,瀧澤[2018]をご覧いただきたい).
 この展開が持つ重要な意義については,本書の第1章において,著者自身の言葉で見事に語られている.新古典派理論は市場を対象としながらも,そのコアをなす交換のプロセスについては,ほとんど語ってこなかったとしたうえで,「現代経済学は市場の働きについて多くのことを語ることができる.理論家たちが需要と供給のブラックボックスを開き,その内部を観察してきた.交換のプロセスに関しては,ゲーム理論が持ち込まれた.市場を至近距離から調べている新しい経済学は,市場の摩擦の存在と,その摩擦がいかに抑制されているかを強調している」(p.11)と述べている.「摩擦」とは「取引費用」のことである.ゲーム理論によって,経済学者は取引のプロセスをより精細に分析するようになり,市場が必ずしも上手く機能するとは限らないこと,市場が機能する上ではそれを支えるさまざまな制度が必要であることをよりよく理解できるようになったのである.
 本書においてマクミランは,こうして出現した現代経済学の到達点とその教訓をもっぱら具体例を通して語るという徹底ぶりを示している.たとえば,オランダのアールスメール花市場に始まり,古代アテネのアゴラ,モロッコのバザール,インドの牛乳市場,ベトナム・ハノイの露天商,ルアンダ人の難民キャンプ,グローバルな製薬産業,日本の築地魚市場や大阪で生まれた世界初の先物市場,インターネットの電子商取引,シリコンバレーのイノベーション活動,海洋漁業の市場,スポーツ・リーグの労働市場,カリフォルニア電力市場,二酸化硫黄の排出権市場等々を通して,市場の成功例や機能不全の例が理論的に語られる.また,ソビエト連邦や改革開放以前の中国など社会主義経済の内情もまた,当事者の証言をもとにして,見事に「検死解剖」されている.
 こうした例を用いて語られる経済学的な内容を,教科書的なトピック風に項目別に挙げるならば,競争市場の理論はもちろんのこと,情報の非対称性の理論,ゲーム理論を応用した契約と組織の経済学,オークション理論,マッチング理論,サーチ理論,実験経済学,マーケット・デザイン,経済成長に関係する制度的要因の計量分析などが網羅されている.これら最先端の経済学の内容を,数式を1つも使うことなく(例外はアインシュタインのE = mc2だけだ),具体例を通して解説する本書は,経済学部や商学部・経営学部の学生のみならず,現代経済学で何ができるのかを知ろうとするビジネスパーソンにとっても,最適な経済学入門となるだろう.
 本書で展開されるアプローチ――ゲーム理論とその応用としての「市場設計アプローチ」――は,現代経済学に多大な影響を与えており,2000年代以降,多数のノーベル経済学賞受賞者を生み出してきた.2002年に刊行された本書では,2001年に「情報の非対称性を伴った市場分析」を授賞理由として,ジョージ・アカロフ,マイケル・スペンス,ジョセフ・スティグリッツが受賞したことは言及されているが,それ以降もこのアプローチに関連して多数の受賞者が出ている.2005年の「ゲーム理論の分析を通じて対立と協力の理解を深めた功績」に対するロバート・オーマン,トーマス・シェリングへの授賞,2007年の「メカニズム・デザインの理論の基礎を確立した功績」に対するレオニド・ハーヴィッツ,エリック・マスキン,ロジャー・マイヤーソンへの授賞,2009年の「経済的なガヴァナンスに関する分析」に対するエリノア・オストロム,オリヴァー・ウィリアムソンへの授賞,2010年の「労働経済におけるサーチ理論に関する功績」に対するピーター・ダイアモンド,デール・モーテンセン,クリストファー・ピサリデスへの授賞,2012年の「安定配分理論と市場設計の実践に関する功績」に対するアルヴィン・ロス,ロイド・シャプレーへの授賞,2014年の「市場の力と規制の分析に関する功績」に対するジャン・ティロールへの授賞,2016年の「契約理論に関する功績」に対するオリバー・ハート,ベント・ホルムストロームへの授賞,2020年の「オークション理論の改善と新しいオークション形式の発明」に対するポール・ミルグロム,ロバート・ウィルソンへの授賞である.もちろん,これらの人々の研究の多くが,本書で言及されている(これらの研究者の著書で邦訳のある主だったものを「参考文献」にまとめておいた).
 ただし,現代経済学の発展という観点から言うならば,2002年に執筆された書籍としての「限界」もある.実験経済学については各所でその知見が活用されているものの,当時発展しつつあった行動経済学や,因果関係を抽出するための新しい統計学・実験手法に基づく実証経済学の強力な展開については触れられていない(原著出版の2002年にはダニエル・カーネマンが,2017年にはリチャード・セイラーが行動経済学で受賞,また2019年にはアビジット・バナジー,エステル・デュフロ,マイケル・クレマーの3名が,「開発経済学における実験的アプローチ」で受賞している).しかし,市場や経済の本質論という観点からは,本書がカバーする現代経済学で十分と言える.
 本書が掲げる「市場設計アプローチ」は,現在日本においても,若手の経済学者を中心に「マーケット・デザイン」の社会的実装として展開されている試みを理論的にも思想的にも裏付けるものである.本書は今日でも,現代経済学の到達点を理解するうえで,必須の基準点になっていると言うことができるだろう.

(続きは本書にて……)

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