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在宅医療のキモは、価値観・人生観にフォーカスすること

前回は訪問診療という新しい医療の分野の中でも、看取りに向き合う心構えについて紹介しました。その続きです。

そもそも在宅医療は、ご自宅での生活を基本に提供していく医療なので、患者さんやご家族の方がホームグラウンドの場所であり、私たちがお邪魔している形になります。ここが病院の構造と異なるところであり、通常イメージする病院のルールを遵守することの逆で、ご自宅ルールを大事にする必要があります。

例えば、最期までタバコを吸いたい方を無理に止めることはしなかったり(もちろん家族がやめるよう訴えかけている場合はまたアプローチが異なりますが…)、糖尿病・腎臓病の高齢者といえどもあまり厳格な食事制限はしなかったりします。

これらは、全て人生の最期に差し掛かっている患者さんや家族の「価値観、人生観」を踏まえて行われていくことが大事だと考えていて、タバコを吸う価値観、最期まで好きなものを食べたい価値観に対して病気の状況と合わせて加味し、判断していきます。なので、医療のエビデンスを当てはめる判断をしてしまうと往々にしてうまくいかず(色々と失敗経験、苦い経験があります・・・)、私もこの辺りの医療判断は慎重に行い、あまり断言しないようにして、患者さんやご家族がまずどう思っているか察知するように努めます(医療の指示はそのままだと、どうしても制限する方向になりやすいため、相談していく中で合意していくのが大事だと思っています)。

これが癌の末期状態になると進行スピードが速いことから、短期間のうちに価値観・人生観を把握する必要があり、それが方針に色濃く出る印象があります。癌の末期状態の最後についてのイメージは、以下のサイトがわかりやすいかと思いますので、参考までに。

(1)がん(悪性新生物)
がんは日本人の死亡原因の第1位(約3割)とされています。この経過の特徴として、およそ亡くなる1~2ヶ月前までは身体機能が保たれます。つまり「寝たきり」の期間はおよそ1~2ヶ月ということになります。もちろん個人差はありますが、中には亡くなる数日前まで仕事や趣味の時間を過ごされる方もいます。このことから、がんの最期の経過を「ピンピンコロリ」の範疇と捉える方もいます。

概ね、我々のところに癌の末期状態で紹介されてくるときは、体が動けなくなってきた時が多く、上記のように、短い人で数日〜1週間、長くても2-3ヶ月の期間になるのが経験上です(昔から在宅医療をしている先生から言わせると、かなりはやい段階で紹介されるようになったとのことですが…)。その間に在宅医療として初回の訪問から本当によーいドンという感じで、速やかに価値観・人生観を把握し、信頼関係を構築して、水先案内人として、今後の流れを示していく必要があります。(これが難易度が高く、関わる医療者は一定の熟達が必要だと感じています)

そんな時間制約に対応するべく、私自身が意識していることがいくつかあります。例えば、そもそも価値観・人生観を開示してもらう前段階としての関係性を築くために

患者さんやご家族との共通項や価値観を探るコミュニケーションをとる

という方法をとります。

あくまで自分の中の型、いわゆる暗黙知の部分になりますが・・・

①まずは病院からもらった診療情報をもとに、経緯を確認しつつ、効果的な相槌を重ねていきます。
②病気に対する捉え方や病院での医療体験に始まり、患者さん・ご家族のこれまでの生活についても話を振ってみます。加えて、自分からも内容に関連した話題を出してみたり、似たような経験事例を参考としてシェアしたりします。
③すると、「Yes/No」で返答が返ってきたり、少し笑いもあれば、険しい表情をしたり、とだんだん患者さんやご家族の反応が見えてきて、重ねていく中で、価値観・人生観が見えてきます。また、運よく共通項が見つかれば、距離もぐっと縮まります。(例えば、当該地域の特徴ですが、医師が家族・親戚にいることがしばしばあり、病院名や科の特徴などの話題に相槌を打つなどはしばしばあります)
④これを初回訪問だけでは完結しないため、同席したスタッフや、一緒に関わる他の職種と意見交換し、よりご本人たちの価値観を客観的に見定めることで、話し方や提案内容を考えていきます。毎回の訪問では、病状の現在地点の説明や薬の調整をはかりつつ、さらに価値観を深堀るアプローチを取っていきます。

では、どうしてこれらのステップが重要だと考えているのか?

実は私自身の経験から、薬物的な緩和ケアについて、そこまで大きな個人差を高齢者医療のなかの癌末期について感じていません(若い方は色々と薬を使うことが多く、手を尽くす感じになりますが…)。例えば、鎮痛剤の選択についても、どの薬をどのタイミングで繰り出すかということに関しては、いくつかのパターンで対応できることから、そこまで煩雑ではない印象です。

むしろ、それより患者さんとご家族の受け止めのプロセスに伴走すること、看取り期と呼ばれる予後が残り数日の期間の不安を軽減するための説明やサポートをすることが肝だと感じていて、なかなか意識していないとそれに必要な情報を掴むことができない印象ですし、価値観や受け止め方は本当に多岐に渡ります。

価値観・人生観を聞いて、医療者と患者さん・家族の距離を近くし、こういった職業の人であれば、こういった発言をするご本人または家族であれば、こういう方針の提示や最期をのぞむかもしれない、といった仮説思考を常に働かせること。特に最期を病院で迎えるか自宅で迎えるかは、多くの場合、介護や看病の物理的な負担と価値観のせめぎ合いの印象があり、そこを捉えていくことが大事と思います。

医療者は、教育的な構造上、技術職という側面が強くトレーニングされていきていますが、そもそも医療の選択肢が少ない在宅医療では、ハード面よりもソフト面のフォローが重要になってくると感じています(もちろん病院でもソフト面は大事ですが相対的な意味合いとして)。徐々に気づいてきた医療者もいますが、まだまだ少ない印象があり、一方で自宅で最期を迎えたいと願う在宅患者さんは右肩上がりに増えていきます。私はこうしてnoteで紹介するような在宅医療の暗黙知について普及啓発していきたいと思いますし、1人でも多くの方の気づきや考えるきっかけになればと考えています。



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