よそ者から見た田舎町
■「団地ゾンビ」
・・・ガコンッ。
工作機械が急停止する音に驚き目を閉じた。
早く『アンドン』を鳴らして、監督者に機械の異常を知らせなければ・・・後ろから「あああっ!!!」という誰かの叫び声が聞こえる。
・・・きっと疲れていたんだと思う、ありえないミスをしてしまった。工場からの帰り道、肩を落として歩いていると均等に並んだ人工物の塊が目に入る。
ここにはもう十数年住んでいるのだが、未だにここで暮らしていることが信じられない。
団地と墓地はよく似ている。
深夜になると団地の中から這い出てくる、夜勤へ向かう工場作業員の群れは、生気がなく、いつも虚ろな目をしてる。あれはもちろん人間だけど、
死人との違いはさほど無い。すぐ傍で鳴り響いている轟音ですら、彼らにはまるで聞こえていないかのようだった・・
あの轟音はバイクとバイクとバイクとそれからバイクとバイクとバイクの音だ。改造されたバイクの群れは、音も形も大きく立派だが、乗っているのは15歳前後のまだ幼い少年たち。彼らは団地の子達だけで形成された暴走族だから、見つかると「一緒に来いよ」と誘われかねない・・・
見つからないようこっそり団地を抜け出し、その日も夜勤へ向かおうとした途中・・・バイクの少年と出くわしてしまった・・
・・・・幼馴染のDだ。
すっかり派手な金髪頭、いかにも暴走族という恰好だ。
「あぁ・・ひさしぶり・・」
それだけ言って去ろうとすると・・団地の前に、不釣り合いな高級車がピタッと停まった。すると団地の中から色の白い少年が駆け下りて来る。
・・・・幼馴染のSだ。
「チッ・・クソホモ・・」とDが小さな声で悪態をついた。Sがこちらに気づき、微笑みながら手を振ってくるが・・・
Dは目も合わせず、わざとらしくタバコに火をつけ始めたが、カチカチと音がするばかりで火は点かない。
こういう類のことには、まったく詳しくはないのだが・・近づいてくるSは、足の先から髪の毛の先まで、全てどこかのブランド品に違いない。
『アレ』に相当な金を貰っているようだ。
俺たちは生まれた時からずっと同じ団地に住んでいるのに、今では顔を合わせることすら滅多にない。Sは小走りのまま「じゃあね」とだけを言うと、
初老の男性が運転する高級車に乗り込み、暗闇の中へ消えてしまった。
Dもタバコを捨て「じゃあな」とだけ言うと、暴走族の群れと共に改造バイクに乗り込み、暗闇の中へ消えてしまった。
俺は一人・・・工場の灯を目指すことにした。
■「ヨソ者」
小学生の頃は、俺たち3人はいつも一緒だった。
根暗で無口な俺は、
よく同級生から虐められていた。
小柄で色白のSは、
よく同級生から虐められていた。
短気で粗暴なDは、
よく同級生から虐められていた。
・・まぁ結局、俺たち3人は
「よそ者」だから虐められていたのだ。
その他の虐める理由は、全部後付け。地元の子供たちは幼い頃から、「団地の子とは遊んじゃダメよ!」と、大人たちから教え込まれているせいだ。
・・それはもう、大人たちが「あいつらをイジメなさい!」と、子供に指示しているのと全く同じことだった。子供たちはちゃんと言い付けを守り、俺たち団地の子とは口も聞いてくれなかった。
それでも遊んでくれる子はいたけれど、ある日、一緒にサッカーをして遊んでいると・・・それを見かけた近所の坊さんが「ちょっときなさい!」と、
地元の子供だけを集めてなにかを耳打ちした。
・・・・・その後?
みんな「用事があるから」って、どこかへ行ってしまったよ。
■「鉄カス山」
団地の子は団地の子と遊ぶしかなかったんだ。俺たちの両親は、この田舎に仕事を求めてやってきた、土地を持たない、団地住まいの移住者だ。
ここに何年住もうが、半永久的に『よそ者』でしかない。よそ者たちは金が無い、地元の地主が建てたよそ者専用の古臭い団地に住むことになる。そして俺たちの親はみんな工場で働いたけど、いつも不安定な生活と不安定な立場だった。
正社員の殆どが、地元の人間から選ばれる。
さらに上の役職に就けるのは地元人間だけ。
もう何十年もここに住んでいるのに、よそ者だからと全く信用されないからだ。ある年末の夜、母がため息をつきながら作業服に着替えていた。
「休みなのに工場へ行くの?」
「うん、止まっている機械の掃除をするのよ」
・・・これは後に知ったことだが、その作業とは具体的には工場機械の隅にたまった切削液の中に沈んでいる『鉄カスの山』を、ひたすらかき集めるという過酷な作業だった。休日の静まり返った工場、狭い機械と機械の間に体を無理やりねじ込んで・・・グッ・・と手を伸ばす。そして伸ばした片手で懸命に鉄カスをガリガリかき出すのだが・・・
すぐにゴム手袋が裂けて穴が空く。
そして指先に鉄カスが刺さり、古い切削液が流れ込む。
あれは痛い。
清掃中に機械が誤作動して挟まれたこともあった・・・
地元の連中が、あの痛みを知ることは無いのだろうな。つらい仕事は全部、団地の人間がやることになる。一部の監視役の役職者を残して、連休を休めるのは地元の人間だけ。
膝と腰を痛めていた母は、いつも膝と腰をさすっていた・・・・
■「光るザリガニ」
田舎はそんなに温かくないし、大人も子供も優しくもなかった。
特に小柄なSは同級生から酷く虐められていた。俺は見て見ぬフリをしていたけど・・騒ぎを耳にしたDが隣のクラスから飛び出してきて、Sを殴ったやつを殴り倒した時はスカッとした。
・・・・ちょっと殴りすぎて、そいつの歯が欠けて、鼻の骨が折れたらしいけど。悪い奴を殴るのは良いことだから、Dは正義感の強い奴だったんだと思う。
Sは優しい奴だった。
Sは大人しくて、生き物が好きで、学校帰りに必ずウサギ小屋に寄って、綺麗に掃除して、エサも欠かさずあげていた。
「キャベツだけじゃ飽きるから」と、チョコを食べさせたウサギがひっくり返って動かなくなった時も、ワンワン泣いていた。だからきっと、Sは優しい奴だったんだと思う。
同級生はみんな悪いやつだったけど、あの二人だけは良いやつだった。
3人はいつも一緒。だけど遊びに出かけても・・遊ぶ場所がどこにもない。この町にあるのは山と川と、後はせいぜい田んぼくらい。そして広い空き地に建てられた大きな工場群。特に川は、工場が垂れ流した廃液で汚染され、
いつも『ドス黒い色』をしていた。
町の染物工場も、パーツの塗装工場も、その日の作業で染めた色をそのまま川へ垂れ流す。そして垂れ流した液体が混ざり合って、『その日の川の色』が決まるわけだ。
・・・川沿いを歩くだけで、の派手な色合いと臭いで気分が悪くなる。
なん十年も垂れ流し続けた工場廃液は、川底に沈殿してドロドロのヘドロになり、朝から晩まで町中に悪臭を放ち続けていた。
「・・この町そのものだよな」と、川を眺めながらDはそう言った。
「早くこんな町から出たいよ・・」
その言葉に3人ともウンウンとうなずいていた。
「金さえあればな~」とDが言うと。
「そうだ!すごいものがあるよ!」とSが言うから、橋の下へついて行くと・・・いつもの見慣れた川の中に、光輝く無数の『何か』がうごめいていた。
「・・えっ?なにこれ?」
「ザリガニだよ」
「ザリガニ?・・・光ってる?」
「たぶんこの川のせいだと思う・・」
光の正体は、川に流れ込んだ工場廃液に浸かり続け、汚染されつくした『汚染ザリガニ』そのザリガニたちは日の光が当たるたびに、まるで透き通った宝石のようにキラキラと輝くのだ。
「きれい・・・」
「すげぇ・・・」
「ねえ・・・これを売ろうよ!」とSが言った。
話を察した3人の目が、宝石のように輝いた。
「中学生になったらコレを売って、
そのお金でこの町から出よう?」
「・・・そうだ・・・そうしよう!」
「そうしよう!そうしよう!」と3人で喜んだ。
・・・それから毎日のように3人で橋の下へ行き、光輝く透き通ったザリガニたちを眺め続けた。ときどき給食の残りをちぎって与えながら、
「ザリガニを売ったお金で何を買おうか?」
「ザリガニを売ったお金で何をしようか?」
・・・そんな話をするのが楽しかった。
この光るザリガニが俺たちを救ってくれる・・・
そう思うと、団地のことも、小学校のことも、この町のことも、嫌なこと何もかも忘れられた。あの光は希望そのものだった。
・・・だけど、そんな夢はすぐに冷めた。
歳を重ね・・・現実を知ったのだ。気付けば誰も、あの光るザリガニの話をしなくなった・・・そして中学に入る年齢になると、それぞれ別々の道へと進んでしまった。
■「フラフラ」
結局、人が生きるために
お金を稼ぐ方法は2つしかない。
「働く」か「奪う」かだ。
俺は結局、中学に入れる歳になっても地元を離れられず、近所の工場で働き始めた。正義感の強かったDは屈強な仲間を集めて、町の交通安全のために通行料を取ったり、重たい荷物を持ったお年寄りのバッグなんかを、代りにどこかへ運ぶことでお金を稼いでいたらしい。
そして優しかったSは・・・・・
いつも高そうな車に乗った初老の男性と一緒にいた。
・・・まぁつまり、
俺は普通に「働いた」
Dは「奪う」ことを選んだ。
Sは「働いている」とは言えないし、
「奪っている」とも言えなかった。
・・だから俺から見れば、Dは「ただの怖いやつ」
Sは「ただの気味が悪いやつ」になっていた。
・・・私たちはもう、15になる頃には、お互いのことが何もわからなくなっていた。そして、ぼんやり生きているうちに気付けばとっくに20歳を過ぎていた。
俺は相変わらずで、地元を離れられず、近所の町工場で黙々と働き続けていた。夜になると、団地からフラフラとあふれ出てきた人々が、それぞれの工場へと向かう。そして朝になると、工場からフラフラとあふれ出てきた人々が、それぞれの団地へと向かう。工場の毎日は、同じことの繰り返し。
毎日、毎日、毎日、毎日、毎日・・・・・
■「眠り」
Dはその後、何かの犯罪で刑務所に入っていたらしい。
Sはその後、何かの病気で病院に入っていたらしい。
まったくバカな奴らだと思ったよ。
真面目に働くのが一番なのに・・
「・・・・・・・・」
・・・・ガコンッ。
機械が急停止する音に驚き目を閉じた。
後ろで「ああっ!」という叫び声がする。
早く『アンドン』」を鳴らして監督者に機械の異常を報告しなければ・・・
年末、疲れが溜まっていたせいだと思う。
作業中に疲れて眠ってしまい・・・
あの光るザリガニの夢を見た。
もう10年以上顔も見ていなかったのに・・
隣にはちゃんとSがいてDもいて・・・
二人とも若い10代の姿でままで・・・・
それから・・・それから・・・・
フッと明かりが消えて、目を覚ます。
そして肩を落とし縦長の家に帰る。
・・・あっという間だった、
気付けばもう30年が過ぎていた。
不景気のせいか地元の工場は軒並み潰れ。
仕事が減り。移住者が減り。団地も減った。
「環境に悪いから」と、廃液を流す工場もなくなった。
・・・結局今は、3人とも同じ工場で働いている。
透き通ってしまったあの川に・・・
光るザリガニはもういない。
おわり
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