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子宮筋腫、内膜症との出会い、治療

女性として生きてくことってたのしい。
ただ『楽』だと感じたことはないので『楽しい』とは言いたくない。

29歳の夏、救急車で運ばれた。
生理1日目か2日目だったかな?
友達にネイルをしてもらい、そのまま近くのお寿司やさんへ。
いつものように生タコを注文し口に入れた瞬間、一瞬で拒否反応が起こりその場に居られず、すぐに1番近くのお手洗いへ飛んで行った。
タコを噛むことも出来ずぴゅっと流しそこから2時間だったか長い時間出ることが出来なかった。
お尻丸出しで小さな個室で立ち上がり、しゃがみ、また立ち上がる動作を何十回と繰り返した。
子宮が焼けるように痛くお腹の中に火がついて燃えているようだった。

事態の異変に気がついた友達とその場に居合わせてくれた女性が119番してくださり大きな病院に運ばれた。その時の記憶はほとんどない。
その日被っていた帽子はそのトイレで失くした。

その後病院の検査で子宮に黒い影があることがこの時初めて分かった。
早めに婦人科を受診するように言われ、すぐに近くの婦人科で診てもらった。
この時初めて自分には『子宮筋腫』と『子宮内膜症』があると認識した。
筋腫の位置と大きさなどからすぐに摘出するほどではないがこの日から治療を開始した。
毎日同じ時間に服用するピル治療。1ヶ月タイプのもの。
これを1ヶ月使用し、翌月からは3ヶ月ごとに生理を促すものに変更。
この3ヶ月タイプを2種類ほど試した頃
胸、腰、お尻、太もも。
女性らしさを魅せる身体の部位に蕁麻疹が出た。
すぐにピルが原因だとは気がつけなかったので皮膚科に行き、
蕁麻疹というのは、外からの刺激よりも内側からくる拒否反応による可能性が高いことを知った。
私がここ最近で反応の可能性があるものとして、美容室でのカラーや食べ物や花粉によるアレルギーなどを出したが、先生はピル一択だった。
その可能性をまったく疑わなかった私は
『はて?本当に飲むの辞めたら治るのか?』

毎月の生理痛を和らげるために飲んでいた治療薬だったし、今までに薬の服用によるアレルギー反応なんてなったことがない。
飲むのをやめたら少しずつ痒くなる範囲が狭くなり3ヶ月経つ頃には痒みは一切なくなった。その代わり旦那さん以外誰には見られたくないと思うほどの跡だけが残った。先生には来年の夏(1年後)には綺麗になって忘れられるよー!と言われたが毎日自分の体を見ることが悲しかったのを覚えている。

ここまでが『子宮筋腫と子宮内膜症』であると認識し治療開始と終了まで。

しかもこの後も、もう1回救急車に運ばれたのよね。
子宮内膜症が分かったのはその時だったかもしれない。

20代の若い時に、生理中にお酒を飲んで腹痛で運ばれてから生理中のアルコールは禁止していたけどここまで悪化していたとは思わなかったのと、
誰しも思う『まさか私が。』
この話を友人にして実際に婦人科へ行ったのは5人中、2人。
3人はこの時までのわたしと同じように『まさか私が』って今でも思ってるんだろうな。



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