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”怒り”からくる”恐怖”という感情の解放

私は誰かが怒ることをとても怖がっていた。
反射的に必要以上に怯える、というものがあった。

その瞬間に、とても心地よくない感覚、そして
大きな悲しみが襲ってくる。

この美しい中秋の名月の夜に、その解放が起きた・・・

解放した後、
”本当におめでとう”って私に伝えて眠ることができて
静かでありつつも、大きなお祝いになった。

実は私は、すごく大きく怯えている子どもが自分の中にいて
怒鳴る声に過敏に反応が出てしまう。

だから
同じことを誰かがしてても
私だけは違う扱いになることが多くて
私だけには、人は怒鳴ったり、怒ったり、そういう現象が起きる。
なんで私には、、って悲しくもあった。

その経験をしたときに
”私がそれを怖がっている”から、とはわかっていて
その人の向こう側にある”悲しみ””恐れ”があるのがわかった。

だけど

立場は違うが、私の中にも”悲しみ”や”恐れ”があった。
だからその人は責める、私は受ける側の現象が
人を変えて現実の中で繰り返される。

大人になったら人前で泣くこともできないから
なんとかして我慢したり、弱い立ち位置に向かう。
その自分の深い悲しみと恐怖感は、怒鳴る人から防御するための盾となっていた、
ということにとうとう気づいた。
今までは守るために必要で、自分でも手放そうとしてなかったのだった。

今回のきっかけとなったのは
普段はとっても優しくて怒ることもない心優しい旦那さんが
犬の躾のために、犬に対して怒った声。。

今はまだ若い犬のため、強く言う時は言わなければいけない、、それはわかっているが(と言っても実際には対して激しくない)
頭ではわかっても
体は反応が出てしまう。

さっと、湧き上がる”悲しみ”を見つけてしまった。

私に対してではなくても
私はこの怯える感覚を捉えてしまったので
これは”何か”だと感じた。
その内側を観ていたら、、

まず、
私が子どもの頃に感じていた
父が発する(母に向けて)怒鳴る声と
母が発するイライラした空気感やため息。

そこには、怯えて静かに見ている私の姿。

そしてさらに
父、母それぞれに感じ取って観ていくと

まず、父の深い悲しみがあるというのを観た。
悲しみから怒りへ転じた
赤ちゃんの頃の深い悲しみ。

そこと繋がってみたら
涙が出てきて
”悲しかったんだね、辛かったんだね”
慰めてあげたら落ち着いていきました。

その後に
母からも悲しみが届いた。
また違う種類の悲しみだった。
悔しかったのかなぁ、、って感じて
それに気づき、認めて寄り添った。

そしたら
二人からの悲しみが、涙と共に溶けていって
私と両親二人の間に繋がっていたものが
切れた。
必要ない感情の鎖のようなもの。
そして、彼らと私とは別であり、境界線があるということを意図した。

すると、私の子宮のあたりに感じていた苦しさが
ふわ〜っと解放されていった。

最近特に、夫はよく私の下腹部あたりに
手を触れておきたくなるようで(手が勝手にそこにって感じるらしく)
癒してくれていたんだけれど
今回それを解放した後に
そこが変化が起きた、と言った。

そして私は
”悲しみを使って守ってきたこの盾は、まだ要りますか?”
”いいえ、もう要りません”
そう心で会話することができた。

私たちは
世代を超えて受け継いでいる感情がある。
私たちはそれを、
子供に引き継ぐのか
自分で終わらせるのか?
それは選択次第。

父の両親も
母の両親も
その時代ではその時代のやり方があったり
そのまた上の世代も戦死したりなどの事情もあって
苦労をしながら
最善と思って精一杯したことだったことだったと感じる。
だけど、子供には悲しみが残って、引き継がれていった。

今回、長いこと持っていた感情に寄り添うことができて、
受け継いでしまったパターンを終えることができた感覚があった。

私に”おめでとう”
って、とても素直に、自分に言ってあげることができた。(涙)

浄化の強い満月に助けられたように感じています。

感謝🌕


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