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銭湯のクライマーと祖母の矜持

銭湯が好きで、休日のテニス後などにたまに行く。
先日、馴染の銭湯で一人の”クライマー”に出遭った。

湯船に浸かり、テニスで疲れた臀部にジェット水流があたるよう中腰になって丹念にマッサージしていたところ、視界の右端に鬼気迫る気配を感じた。
壁を伝いながら、ゆっくりゆっくり、カタツムリのような慎重さで近づいてきたのが彼女だった。

彼女は、左手で浴槽の隣にある電気風呂のドアをつかみ、右手を壁伝いに伸ばしていた。
その先にあるのは、湯船の壁に取り付けられた銀色の手すりだ。
上半身の筋力で体を支えながら、体幹を意識しつつ右手を秒速1センチメートルの速度でそろそろと伸ばす。
確実に手すりを握ったことを確認してから、今度は右足をゆるりと上げ、湯船の縁にかけて体勢をととのえたのち、縁を越えて片足を入湯。
次に、右手の手すりで体を支えながら体の向きを左に向け、両手で体を支えながら左足も入湯。
ゆっくりと体を沈め、壁伝いに湯舟の奥へとゆるゆると進む。
ジェット水流の吹き出し口へ到達したところで彼女の表情がほどけた。

この間、およそ3分ほどであろうか。
一つひとつ支点を確認しながらゴールを目指すさまは、頂きを目指すロッククライマーの如し。

たどり着いた頂きでの眺望を味わうように、腰に水流のバイブレーションを感じながら湯船での憩いのひとときを堪能しているようだった。

私が隣の水風呂との温冷浴を2セットしたあたりで彼女は、ゆっくりと腰を上げた。
復路であり、次なるゴールである洗い場へ向かう道を、来たときの逆を辿りながら同じように慎重に進む姿から発せられるオーラは、アスリートの真剣勝負そのもの。
その神々しい後ろ姿を、女子ダブルスを2時間楽しんで乳酸のたまったふくらはぎにジェット水流をあてながら、同志にエールを送る思いで見守った。

80代後半だろうか(もしかしたら90代かも)。
洗い場に座り込んで体を丁寧に洗う彼女を見ながら、憧憬の念が湧き上がる。

あんなふうに、いくつになっても一人で銭湯に通えたらいいな。


その数日後、母方の祖母と会った。
祖母は、昨年のクリスマスに満98歳になった。
実家近くの民間の老人ホームで暮らしている。
隣の区だから、母が祖母を訪ねるときに合わせて私(や行けるときは息子)も一緒に行き、帰りは両親と食事をして帰る、というのが近ごろの月一回のイベントになっている。近所に住む妹と甥と一緒になることもある。

訪ねて行くと、きちんと靴を履いて、布団を背もたれのように仕立ててソファのようにしたベッドにちょこんと腰かけ、たいてい雑誌『文藝春秋』を読んでいる(『週刊文春』ではない。芥川賞が掲載されるぶ厚い雑誌のほう)。

いつもニコニコしていて、
「ここは(掃除や食事やお風呂も)みんなしてくれるから」
「お医者さんも来てくれて安心」
と言う。
昔ほど、たくさんはしゃべらず、私たち孫の前では愚痴や悪いことは言わない。母(実の娘)には、辛いことをこぼしたり、注文を言ったりするらしい。相手を見てその場の雰囲気を配慮する気遣いを感じる。
昔から外面のよい人だったから、ホームのスタッフさんにも「いつも笑顔で体操もイベントも前向きに取り組まれていて、こちらが励まされています」とお世辞半分ながらもけっこう愛されているようだった。

無垢な瞳で、私や母や他の家族らの話に耳を澄ませ、口は挟まずともしっかり聞いている。
昨年の秋頃に訪問したとき、韓国のハロウィンイベントでの事故の話になると、
「153人(当時)も亡くなったってねぇ」
と具体的な数字まで出てきて、おばあちゃん、頭しっかりしてるわぁ、と改めて感心した。

とはいえ、やっぱり身体には寿命があるらしい、と思うことも増えた。
以前から近くの公園への外出時などは車椅子を使っていたが、階を隔てた移動にも使うようになり、部屋の中では転ぶことも増えた。
顔に大きな青あざができていて、「今はもう痛くない」と笑って言っていたけど、びっくりしたときもある。
ここ一年ほどで、祖母は少しずつ小さくなっていった。

訪問した日、帰り際に母と施設のスタッフとの打ち合わせに同席した。
母は祖母の要望を確認し、施設のスタッフと相談してリハビリも増やす話などをしていた。
本人の希望にそった生活をするための基本方針を確認しながらの話で、それらが書き留められた書類を私も目にした。彼らにはお馴染みの共通認識だが、書類に書かれたある文を見て、私は自分でもびっくりするような衝撃を受けた。
それは、

「最後まで自分でトイレに行きたい」

という祖母の言葉。

当然のことのように思って意識に上らなかった(無意識に避けていた?)ことだけれど、言語化しているのを目の当たりにして、心が震えてしまった。

祖母の意志、願い、プライド。
矜恃、といってもいいかもしれない。

「日々の営みを自分のペースで、最後まで続けたい」
そうお祖母ちゃんは思ってるんだ。

祖母の穏やかだけどゆるぎない瞳の意味を想った。

現実は、そのときの状況で自分が望むようにはすべてはいかないのかもしれない。そうなったら、それはまたそのとき。
まずは、「こうありたい」という思いを明確にすること。
当たり前だけど、すごく大事なことだ。
すごいな、いいな、と思った。

銭湯のクライマーの彼女と同じ意志を感じた。

***

先日、祖母は体調を崩し、家族みんなでホームに集まって最期のときを過ごせた。
寝たきりになったのは2日弱。
手足をもんだりさすったり、声掛けしたりして、家族がぞんぶんに触れ合える時間をくれた。
苦しそうだったけど、その時間は長くはなかった。

祖母が急変したのが、私の誕生日前日、永の眠りについたのが誕生日翌日の早朝。
誕生日当日の朝、祖母の顔を拭きながら、
「おばあちゃん、目ヤニとれたね~、キレイになったよ。おばあちゃんシワ少ないよねぇ。色白でシミなんて私よりないんじゃない? おばあちゃん、キレイねぇ」
と話していたら、にっこり笑って、
「ありがとう」
と言ってくれた。
すごくかわいい笑顔で脳裏に焼き付いている。

お祖母ちゃんからの最期のプレゼントです。




祖母や銭湯のクライマーさんの域へいく前に、
まずはアラフィフの今を上手に過ごしたい。
というわけで、、、

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著者は、NPO法人ちぇぶら代表の永田京子さん。更年期は英語では、「Change of life(ちぇんじおぶらいふ)」。そんな更年期へのポジティブな向き合い方を広めたいという使命から「ちぇぶら」が生まれたそうです。国内での活動だけでなく、国際閉経学会(そんな会議が!?)などの国際会議にも参加、またM1グランプリ出場するなど『楽しくて 健康的で 役に立つ』をモットーに、あらゆるボーダーを越えて活動されてます。

NPO法人ちぇぶらについては、こちらをどうぞ。⇩













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