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「あしたのジョー」については書かずにいられない

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本当に好きな漫画について書きたい。

感情が乗りすぎるあまり、読む者に配慮した文章が書けないであろうことは許してほしい。

とにかく、「あしたのジョー」という大傑作の、本当に好きな漫画についての感情をどこかに吐き出したいのだ。

ただ、私ぐらいの若者(20代)になると周りにまったく読んでいる人がおらず、またスポ根があまりウケるような時代でもないため、共有できる相手がいない。

だから、文明の利器の力を借りて、感動を共有ないしは布教しようという魂胆である。

さて。

一番上に上げた画像であるが、これについては知っている人も多いものと思う。

今にも「燃えたよ……燃え尽きたぜ……」という声が聞こえてきそうな迫真の一枚絵だ。

この一枚絵とそれに付随するジョーのセリフは知っている人も多い。「あしたのジョー」、と言われれば、「ああ、あれね。主人公が最後燃え尽きるやつね」というのは私の世代でさえ共通認識としてある。

それぐらい有名な、漫画史およびアニメ史の歴史に燦然と輝く名シーンであろう。

しかし、

ジョーが真っ白に燃え尽きるに至った理由。

これを知らない人は本当に多いのではないだろうか。


ジョーがどんな生い立ちで、どんな思いを抱き、ボクシングの過酷なリングに上がったのか、


知らない人、知ろうとしない人は多いのではないだろうか。


あのシーンに至るまでは、それこそ本当に多くの、読者の心を揺さぶるジョーの孤独な闘い、そして奇妙な友人と青春、生命の輝きの発露があるのだ。


あなたがもし、「矢吹ジョー」という人間を知らないのであれば、他の何を置いてもとにかく知るべきである。


いや、知るべき、というより、

私が知ってほしいのだ。


偉大すぎる昭和の怪作。

一度読んだ者の心に一生残りうる傑作。

古典になりうる名作。


私なんかが何も言わずとも、この作品は歴史に残るであろう。

しかし、歴史にしか残らず、人々が名前だけ知っていて徐々に風化して教科書にのみ残るようになるようでは、あまりに悲しい。

であるから、私は筆を取った次第である。

以上。とにかく、この作品を読んでいただきたい。


【余談】

古人曰く、「同じ本を読む人は、遠くにいる」とのこと。あなたがもし「あしたのジョー」を手に取って結末まで追って、深い感動を覚えたとしても、共有する相手は近くにはいないかもしれない。あなたが若ければ若いほど尚更であろう。

しかし、それでいいのだ、とも思う。

私たちは「矢吹ジョー」という1人の大きすぎる漢を追い、ずっと憧れ続けて生きることにより、たとえ遠く離れていてもなにかしら繋がっている。

そう、信じたい。

矢吹ジョーという漢には、そう思わせてくれる不思議ななにかがある。



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