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【いだろぐ655】基準はモヒカン。

どの大学を卒業したかよりも、どの大学を受験したかの方が、人生の満足度に相関があるという話を聞いたことがあります。

一度決めた基準は、合格するかしないかに関わらず、自動追尾のミサイルのように目標に向かって進む力となります。

たとえミサイルが目的から外れた方向に進んでしまっても、正しい方向に修正して戻っていくものなのでしょう。

我々の基準は、所属する母集団の影響を強く受けます。

クラス内で、テストの点数が高いグループは点数の高さを競い、点数が低いグループは点数の低さを競う、それが基準となります。

私の高校時代は、ユニークな基準を持っていました。

高校2,3年の間、一緒のクラスだった友人たちは、ほとんどがパンクロックが好きでした。

一人の友人がパンクに夢中になったことから、まるで伝染するように、私たちもその流れにのまれました。

結果、私のグループの友人たちは、皆モヒカンにし、鋲ベルトをつけて学校に通っていました。

外から見れば、「大丈夫か?」と思われていたかもしれませんし、担任からは冷たい仕打ちを受けたこともありました。

しかし、私たちの基準はモヒカン、となっていたのです。

そんな友人たちも、実際には非常に優秀で、今ではそれぞれが素晴らしいキャリアを築いています。

それは、母集団がそれなりのレベルを持っていたからかもしれません。

今でも集まった時に話をするのは、キャリアよりもむしろパンクや音楽の話です。

それは今でも、基準がモヒカンになっているからかもしれません。

一人でモヒカンになるのも、裸になるのも、恥ずかしいことかもしれません。

しかし、それが基準になれば、恥ずかしくはありません。

新しいことに一人で挑戦するのは、不安や焦り、恥ずかしさを感じるものです。

でも、同じ志を持つ仲間に囲まれると、それが基準となります。

変化変容することが難しいですが、変化変容することが基準の環境を選ぶことで、新しい自分に出会うことができます。

「全裸になりたいなら、全裸の友人に囲まれるべし」。

このような環境や仲間に恵まれていることに感謝し、今日も新たな一歩を踏み出していきたいと思います。

良い1日をお過ごし下さい。

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