第九話 今もこれからも、大切にしたいこと
この記事はシリーズものです。
最初からお読みになりたいかたは、こちらから。
三畳ほどの狭い独房で、一人考える。
自然と頭の中に浮かんだのは、たった一つ。
大切な人を大切にすることだった。
でも、僕にとってそれは何を意味するのだろう?
あれこれ考えているうちに、わからなくなっていく。
何をどうしたら、大切な人を大切にしていることになるのだろう。
鉄格子のついた窓から見える銀杏の木に、ふと目をやった。
柔らかな風に乗って、黄金色の葉が優雅に宙を舞っていく。
そこだけ時間がゆっくりと流れているようだった。
きっと毎年こうやって、この銀杏の木は僕らを魅了するのだろう。
ああ、そうか。
僕は気づいた。
こういう他愛のない時間を、大切な人と一緒に過ごしたいんだ。
そんな時間を丁寧に重ねていくことが、僕にとって、大切な人を大切にしていることの一部なのだと。
そういう時間を過ごす人は、誰でもいいわけじゃない。
そこにこだわる理由は、僕の家族に起因する。
僕の家族は、みんなで過ごす時間が極端に少なかった。
だから、どこかに出掛けるとか、何かを買ってもらうとか、そんなことよりも、ただ、ただ、一緒に過ごしたいと思っていた。
一緒に過ごすといっても、特別なことは何もいらない。
美味しいねと言いながらご飯を食べること。
他愛もない話をして笑い合うこと。
いたずらをして叱られること。
テストで0点を取って謝ること。
珍しく宿題を片付けて褒められること。
朝いちばんに、今日は天気がいいねと会話をすること。
そういう他愛のない日常のひとコマを、できるだけ一緒に過ごしたかった。
なぜならそうすることで、家族とのつながりを感じられたからだ。
もう一度、僕は銀杏の木を見つめた。
ここから自由になり、自分の道を歩みはじめたら、僕はあることを必ず叶えようと決めた。
不器用かもしれないし、他の人とは違うやり方かもしれないけれど、僕なりの方法で大切な人を大切にしていこう、と。
相手は美紀ではないかもしれない。
それは残念だけれど、それでもいいと思った。
僕が心から大切に想う人であることが、何よりも重要なのだから。
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