しゃーない。
十歳の秋。
返ってきた算数のテストの答案用紙に、一つだけ丸がついていると思った。
よく見たら、それは正解の丸じゃなくて、零点の零。
予想していたとおり、母さんは激怒した。
怖い、怖い、顔をした。
僕は、ますます勉強が嫌いになった。
十七歳の夏。
仏教系の高校に通っていた僕は、仏教のテストを受けた。
返ってきたテストの答案用紙に、一つだけ丸がついていると思った。
唯一、書いた答え、「親鸞聖人」に丸がついていると思ったのだ。
よく見たら、それは正解の丸じゃなくて、零点の零。
でも、裏面の論文は最高得点だった。
母さんに見せるかどうか迷った。
怒ればいいのか、褒めればいいのか、混乱させるだろうと思って、答案用紙を破棄した。
その直後、右足の小指を机の角に思いっきりぶつけた。
罰が当たったと思った。
十八歳の冬。
銭湯の女風呂に入ろうとしたら、警察に通報されそうになった。
その帰り道、スーパーの女子トイレに入ろうとしたら、なかにいたおばさんが悲鳴を上げた。
「紛らわしくて、ごめんね」と思いながら、ぽりぽりと頭をかいた。
十八歳の春。
卒業式の二ヶ月前に、椎間板ヘルニアの手術をした。
現役でサッカーを続けるために手術を受けたのに、失敗した。
執刀した先生は、失敗していませんと言った。
僕は、馬鹿野郎と思った。
ついでに、大学入試にも失敗した。
卒業式は、かろうじて出られたけれど、卒業証書を受け取ってすぐに体育館をあとにした。
「卒業式、出た意味あったのかな?」と思った。
二十二歳の夏。
すごく好きだった女の子に告白したら、お雛様に似ているから無理と断られた。
そんなフラれ方あるかよって思って、笑いながらその子を赦した。
そういえばあのとき、見返してやろうと思って筋トレを始めたんだったっけ。
三日坊主で終わったけれど。
まだ、まだ、いろんなことがあった。
そのたびに、しこたま悩んできたけれど、最後に辿りつく答えはいつも一つしかなかった。
「しゃーない」
それだけだ。
いちいち落ち込んだり、恨んだり、後悔したって、なんにも変わらなかった。
出来事や他人を変えようとしたって、なんにも変わらなかった。
というか、むしろこじれた。
だから僕は、望まない現実が目の前に現れたとき、とりあえず開き直ることにしている。
「しゃーない」
そうすると、心が少しだけほっとして、僕にとって大切なことを思い出す。
変えられるのは、
いつだって、自分だけなんだ。
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