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最高裁判所裁判官の国民審査と在外国民審査訴訟 【2021衆院選】

衆議院議員総選挙が公示されました。同時に実施される最高裁判事11名の国民審査にも注目が寄せられています。SNSでは「あの裁判官にバツを付ける」という投稿も増えています。

一方、今年6月、最高裁は、在外邦人に国民審査の投票権が認められていない問題について大法廷での審理を決定しました。大法廷は基本的に法令違憲の審査で開かれるため、違憲判断を示す公算が高いです。

国民審査は衆議院総選挙のタイミングしか実施されません。せっかくの機会ですから少し掘り下げたいと思います。

最高裁判所裁判官の国民審査とは

最高裁判所裁判官の国民審査とは、憲法79条2項及び3項で規定されている制度です。裁判官の任命後はじめて行われる衆議院総選挙に実施されます。

最大の特徴は「裁判官を選ぶ審査」ではないということです。
審査対象の裁判官のうち「罷免を可とする」裁判官に✖(バツ)を付ける制度なのです。
ですから、全員罷免の選択でも良いし、全員バツを付けない(全員信任する)ことも可能です。

歴史上この制度で罷免された最高裁裁判官はいません。
最もバツを付けられた人でも15%余りとのことです。
そのため「形骸化している」「機能していない」という批判が絶えません。

裁判官の「落選運動」はできるのか?

国民審査に関する法律が、最高裁判所裁判官国民審査法です。

この法律を読むと、議員の選挙と同じように「利益供与等の罪」「審査の自由を妨害する罪」「虚偽の事実を公にする罪」が罰せられていることが分かります。公職選挙法の罰則もいくつか準用されています。

ただ、国民審査には「選挙運動」という概念はありません。公職選挙法のように、特定期間以外は選挙運動をしてはならぬとか、18歳未満の選挙運動は不可といった規制はないのです。
「審査に関し運動をする者」に妨害を加えてはならないといった若干の規定があるだけです。
もともと公職選挙法の「選挙運動」に落選運動は含まないとされています。

よって、事実に基づく限り、最高裁裁判官の「落選運動」はOKということになります。

審査対象の裁判官の情報は?

今回は対象裁判官が11名もいるということで判断が大変です。
冒頭のNHK特設サイトは分かりやすいと思います。

また、司法ライターの長嶺超輝氏のTwitterでは、任命されて間もない最高裁判事の情報も積極的に載せてあり、参照価値が高いと思います。

投票時のポイント

罷免したい最高裁裁判官は、名前の上の欄に「✖」(バツ)をつけます。
注意点として、信任する裁判官に「○」(マル)を付けてはいけません。
無効票になってしまいます。
信任する裁判官の欄には何も書かないのが正しいです。

期日前投票(不在者投票)や郵便投票も可能です。

在外国民審査訴訟

最高裁大法廷平成17年9月14日判決(民集第59巻7号2087頁)は、在外国民に対して国政選挙の選挙区の投票権を認めていないことは、憲法15条1項、3項、43条1項、44条ただし書きに違反し、憲法違反であると判断しました。
これにより国政選挙では、在外投票権制度が確立されました。

一方、国民審査では在外国民の投票は認められていません。
国民審査法に在外投票を認める規定がないからです。

在外国民の審査権を求める訴訟が一度起こされましたが、2011年(平成23年)4月26日の東京地方裁判判決では、憲法違反の疑義があるとしつつも、請求は認められませんでした。

その後、2018年(平成30年)4月に改めて在外国民審査権を求める訴訟が提起されました。
この訴訟では、東京地方裁判所令和元年5月28日判決において、在外国民に国民審査への投票を認めないことは違憲であるという判断が出ました。
さらに、控訴審の東京高等裁判所令和2年6月25日判決でも、同じく違憲判決が出ました。
結論は1審と少し変わり、次の最高裁裁判官の国民審査の際に、在外国民の原告に審査権を行使させないことは違法であることを確認する、というものでした。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/723/089723_hanrei.pdf

東京高裁判決に国と原告が上告したところ、冒頭のとおり、今年の6月に入って最高裁大法廷での審理が決まったのです。
ただ、現時点で最高裁の判決期日は指定されておらず、いつ結論が出るかは決まっていません。

違憲状態が解消しないまま国民審査?

東京高裁判決は、訴訟の原告について、次の国民審査で在外審査権を行使させないことは違法であることを確認しました。
次の国民審査とは、まさにいま、2021年衆院選と同時実施される最高裁判事11名の国民審査のことです。

この訴訟で、仮に最高裁大法廷(15名)が違憲判断をするのだとしたら、そのうち11名の裁判官は、自らの信任投票において違憲状態が是正されていなかったにもかかわらず、当該審査結果で得た地位に基づいて判決を下すことになります。
自分で自分を裁くようなことになるのですね。

現実的には、在外選挙人名簿の登録者が10万人程度であることから、在外審査権を認めなかったことによって最高裁裁判官の罷免・信任の結論が左右される可能性は極めて低いと思われます。
とはいえ、高裁判決が出たのは2020年6月ですから、他にも重要な事件があったとはいえ、何とかできなかったのか、という疑問も残ります。

罷免の結論に不服のある裁判官は?

国民審査法というのは法曹にとっても馴染みのない法律で、眺めるとなかなか興味深いものです。
たとえば、審査で罷免の判断をされた最高裁判事は、審査手続きに違法があった場合、審査無効の訴えを提起することができます(国民審査法36条)。
また、罷免の効力に疑義がある場合、罷免無効の訴えを提起することもできます(国民審査法38条)。
この審査無効訴訟や罷免無効訴訟は、法律上、東京高等裁判所に出訴することになっているのです。
公職選挙法と平仄をあわせたのかもしれませんが、どのみち上訴になったら最高裁自身が審理するわけですし、最高裁が最初から自分で裁けば良いような気もします。
なお、最高裁判事が懲戒となる場合の分限裁判も、最初から最高裁大法廷で行うことになっています(裁判官分限法3条2項1号、同法4条)。

また、審査無効や罷免無効の訴えが提起されたら、東京高裁は、他の訴訟の順位にかかわらず速やかに審理しなければなりません(国民審査法39条)。
しかし、公職選挙法のようないわゆる百日裁判の規定(裁判所は事件を受理してから100日以内に判決をするように努める)は、ありません。

それもこれも国民審査制度が影の薄かったことのあらわれでしょう。
今回の選挙そして在外国民審査権訴訟をきっかけに、国民審査制度の意義やあり方について関心が高まることを願います。

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