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盗撮事件での500万円を超える示談と不成立時の対応について

盗撮被害にあった女性が、500万円を超える被害弁償を受け取る条件で示談することになったものの、示談書締結の席で弁護人とトラブルになり、現金だけ受領する形になったことが、議論を呼んでいます。
事案の詳細は分からないので、あくまで個々の論点を一般化した形で、それぞれの問題点と対応を考察したいと思います。

盗撮事件と示談金の「相場」

性犯罪の示談金額は、少し古いものの千葉県弁護士会編『慰謝料算定の実務〔第2版〕』にアンケート結果が載っており、拙編『先を見通す捜査弁護術 犯罪類型別編』でも検討しています。
ただ、「相場」というのはあって無きが如くで、個別事件によるところが大きいというのが私の結論です。

犯罪被害者の代理人として著名ならめーん氏は、以下のツイートをされています(ツリーや前後のツイートも大変参考になります)。

一連のツイートは頷ける部分が多々あります。
ただし、(罰金等に影響する)前科・前歴の有無で示談金額が変わって良いのかといった問題意識もあり、被害者が実際に被った損害や、民事訴訟の裁判例を目安とする考えも一理あります。
盗撮事件の公開裁判例は少ないが、データベース上は、デリヘル接客中に客が従業員を盗撮したとされる事例で慰謝料50万円を認容した例があります。また、盗撮機を設置して約2か月間盗撮したとされる事例では100万円の慰謝料が認容されています。

いずれにしても、盗撮の法定刑は、東京都迷惑防止条例では1年以下の懲役又は100万円以下の罰金であることから、示談金が500万円だと相場を大幅に超えているとは言えそうです。
とはいえ、双方が合意したのであれば、原則として有効でしょう。

被害弁償と刑事処分(量刑)

相当額以上の被害弁償を被害者が受領した場合、刑事処分が軽くなるとの結論にほぼ異論はないのですが、理論的な説明はいろいろあるようです。
なお、実務では、各説の当否を厳密に詰めることはなく、それぞれの論拠を複合して結論を出していると思われます。


①被害回復により、行為の違法性が減少する(違法性減少説
②被害回復により、行為者の人格的非難が減少する(責任減少説
③量刑は、行為責任で定めた量刑の幅を前提に、一般予防・特別予防や損害賠償等の刑事政策的情状を考慮する(刑事政策説
④被害回復が努力や反省の一貫としてなされた場合、特別予防の必要性が減少する(特別予防説


盗撮事件では、金銭賠償をもって被害回復といえるかは問題であり、財産犯のように「被害弁償によって違法性が減少する」とは簡単に言えません。
一方、身体犯でも「十分な治療により全治したような場合は、被害回復性があると評価できる場合があろう」(横田信之「被害者と量刑」『量刑実務体系2』57頁)とされます。
盗撮事件においても、画像拡散などの二次被害がないケースでは、被害弁償を量刑上、相当に考慮して良いと思っています。

示談不成立と検察官の対応

冒頭のケースでは、相場を上回る金銭を被害者が受領しているが、示談が成立していません。
この場合に、検察官がどのような対応を取るかが問題となります。

一つのスタンスは、「被害弁償しても、示談が成立していないので、被害者は刑事処罰の希望を維持している。このままでは不起訴にはできない」というものです。
検察官は、もう一度話し合うように当事者に勧告するでしょうが、それでも正式示談に至らないのであれば、被疑者を起訴することになります。
処罰意向の有無という形式を重んずるスタンスといえます。

対照的なスタンスは、「相当といえる被害弁償がなされているので、不起訴(起訴猶予)にする」というものです。
ただし、起訴猶予の前に被疑者本人を呼び出し、画像消去と、被害者に二度と接触しない旨を誓約させることは多いでしょう。

もちろん実際の検察官の動きについては、上記2つのスタンスのどちらかというわけではありません。
行為自体の重さや前科・前歴の有無、余罪の有無も重要なファクターです。
被害者の具体的な心情や、弁護人の出方で左右されることもあります。
不起訴にして、交渉破綻したら再起する、という中間的処理もある。
身も蓋もない話ですが、検察官は役人ですので、異動が近づくと呼び出しもせず不起訴にしてしまうこともあります。

示談不成立と被害弁償金の返還請求

最後に、弁償金の返還請求問題について少し考察します。
弁護人が、示談の席上で現金500万円を置いたが、被害者との間でトラブルとなって示談が成立せず、被害者は現金を自己の支配下に収めたものの、示談書も領収書も弁護人に交付されなかったと場面設定します。
(繰り返しますが、あくまで設例です)

裁判所が、具体的事情に基づき、弁護人がその意思に基づいて500万円を被害者に交付したと認定した場合は、被疑者側が500万円全額の返還を請求するのは困難でしょう。
弁護人が、被疑者の代理人として現金交付したことになるので、詐欺とかでない限り、弁護人から被害者に返還請求するのは難しく、被疑者からの請求になると思われます。
そして、被害者は、被疑者に対して損害賠償請求権を有しているので、弁護人による500万円の交付は弁済に当たります。弁済でなくても500万円と損害賠償請求権を相殺できるはずです。
示談不成立である以上、損害賠償額は客観的に判断されますから、たとえば裁判所が賠償額を50万円と認定したのであれば、被疑者は、差額450万円を返還請求できることになると思います。
なお、不法行為の損害賠償額は一律に決まらないので、盗撮事件の相場を明らかに超える被害弁償金を交付したからといって、「債務の存在しないことを知っていたとき」(民法705条)にはあたらないと思います。

他方、弁護人は現金をテーブルの上に置いただけであって、示談書や受領書などと引き換えでなければ交付する意思は無かったと裁判所が認定した場合は、弁護人が被害者に現金を「交付」したとは言えなくなります。
いわば被害者が現金を無断で持っていった、という評価になるわけです。
このときは請求の主体や法的根拠によって結論も変わりそうです。
弁護人から被害者に請求する構成では、500万円全額の返還が認められる可能性が高いと考えています。

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