見出し画像

出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第3話 獲得と保持 【1,2】

<2,100文字・読むのにかかる時間:4分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。第1話 第2話はこちら。

【 1 】

 その日の阿佐ヶ谷研究所のダイニングエリアは、アゲダシドウフの淹れる玄米茶の香りに満ちていた。
「いやぁ、大浦堂は最中も美味いですからね」
 阿佐ヶ谷博士は、くちびるを最中の皮のかけらでパサパサにしながら言った。
「特にこの、はみだし最中は最高ですよ。だって、つぶあんが収まりきらずにはみだしているんですよ。なんの中にも入ってないのに最中とはこれいかに、って感じですよ」
「ご愛顧いただき光栄ですよ。まぁ、前職ですけど」
 トリカワポンズは、ひとかけらも溢さずに口に運ぶ。

「僕はちょっと苦手でして、最中」
 湯呑みを傾けながらナンコツが言う。痩身で長身の彼は、座っていても他の人々より頭一つ高い。
「え? どうしてです?」
「口の中の水分持っていかれる感じが、どうも」
「皮はずしちゃえばいいんじゃないですか」
「博士、それはもう、ただのつぶあんです」
「主役はつぶあんなんだからいいでしょ」
「それは僕よりひどい。最中の全否定です」
「悟空さえいれば、クリリンとかどうでもよくないですか?」
「もうつぶあんを買えばいいじゃないですか」
 ふたりのやりとりを微笑ましく眺めていたアゲダシドウフが、お茶のおかわりを淹れるために立ち上がった。
 ちょうどそのとき、壁掛けのテレビモニターから、ワイドショーのオープニングジングルが流れ「インフルエンサー謎の同時多発死」というテロップが表示された。
「今日もやってますね」
「まぁ、大事件ですからね」
「赤坂の報道がこれで下火になるってのも、皮肉なもので」
 ワイドショーでは名物司会者が、深刻そうな表情をしながら深刻さの足りない声を張り上げていた。好奇心を煽って視聴率を上げつつも、不謹慎と咎められない範囲のシリアスさを保つというバランス感覚が、名物司会者たる所以なのかもしれない。

「結局、60人のインフルエンサーがミイラ化してたんですよね」
「ええ、全員、北原しほりと同じ状態です。死後一ヶ月」
「ミイラはアルケウスと一緒に消滅したのかと思いました」
「アルケウスに取り込まれたのは欲望のほうです。インフルエンサーになるくらいの人たちですから、もともと自己顕示欲は強かったでしょう。そこだけを抜かれて、実体のほうは殺され、放置されたってことです」
「一ヶ月前から乗っ取られていたのに、誰も気づかなかったんですね」
「なかなか巧みでしたからね。テレビなどの別メディアで露出があるようなインフルエンサーには手を出していません。基本的に自宅から投稿するタイプばかりが狙われました」
「それにしても。家族や友人とか」
「千堂くんがまさにそうでしたけど、離れて暮らしている場合、気づくのに時間がかかるのは仕方がないでしょう。いまは簡単に連絡がつくからこそ、それが途絶えたからと言って、一時的なことだろうと考えますから」
「確かに、既読にならないからといって、家まで行きませんからね」
「そういうことです」
 お茶を注ぎ終えたアゲダシドウフが、おもむろに口を開く。
「アルケウスじゃなくても、家出少女をSNSで誘って殺したなんて事件もありましたしね」

【 2 】

「詳しいですね。アゲダシドウフ」
「いや、私の前職は情報通信系なので」
「ああ、そうでしたね」
「SNS系の事件があると資料が来るんですよ」
「なるほど」
 博士は頷き、そしてティッシュでくちびるを拭った。

「家出といえば」
 お茶を飲み干したナンコツが、メガネのブリッジを中指で触りながら呟いた。レンズが湯気で曇っている。
「皆さんは、日本の年間行方不明者数がどれくらいかご存知ですか?」
「どうかな。交通事故死者数が三千人くらいだろ。その半分くらいじゃないの?」
 トリカワポンズが指を折りつつ答える。
「とんでもない。年間ざっと八万人です」
「八万?」
「はい。横浜のマリンスタジアムが三万人収容ですから、いかにその規模が大きいか、わかりますよね」

 トリカワポンズは感心した顔で、ナンコツを見つめる。
「なんでそんなこと詳しいんだ?」
「趣味です」
「趣味?」
「ええ。Wikipediaを巡る旅。それが僕の趣味です」
 ナンコツのメガネは曇りが取れていた。
「趣味かぁ」
「ええ。趣味です」
「地味だけど、人に迷惑かけてないしな」
「ええ。ギャンブルとかは最悪ですよ。あと何気に、コレクション関係もこじれるとやっかいな趣味だと思います」
「ああ。散財するし、家族にはゴミ呼ばわりされるやつな」
「そうです。その点、僕のはネットがあれば完結しますので」
「ドヤ顔で言うようなことでもないけどな」
「皆さんは日本住血吸虫症という名記事について知ってますか? 知らなければこれからレクチャーを……」
 そのとき、アクアリウムが一気に色を変えた。巨大水槽が藻で覆われたかのように、透明から緑色へ。その光を受けて、それぞれの顔色も緑に染まった。

「ちょうどよかった。アルケウスが出現した」
「ちょうどいいってどういうことです?」
 釈然としないままのナンコツには目もくれず、博士は立ち上がる。
「ジェントルマン! 出動だ!」
 腕を振り上げた瞬間、白衣の袖が湯呑みを倒した。そのせいで出動が三分遅れた。

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)